第六話

 そうして事態は冒頭に戻る。


 馬車に乗ってしまっている以上イザークが逃げられるわけもない。下車後はそのままホール中央までアデルナの怪力に引きずられてきた。


 イザークは思考をフル回転で考える。事が終わった後、俺は一体どうなるんだ?そうして最悪の結末に青ざめた。これは特別手当ではなく退職手当案件ではないか?それさえ出ないかもしれない。


「アデルナ!今日この場でお前との婚約を破棄する!!」


 ルートヴィヒの嬉々とした声がホールに響いた。

 めちゃくちゃ悪ノリしてる。ほんと姫にそっくりだ。そしてすごく楽しそう。こんな王太子でこの国は大丈夫なのか?


 イザークは初めて間近で王太子を見た。自分より一つ年上の背の高い男。魔導学校に通っていたから魔術に秀いているのだろう。艶やかな金髪に、整っていながらも我の強そうな顔立ちが印象的だ。


 こっちもモンスターか。これはお姫様と気が合いそうだ。


 相対するアデルナも腰に手を当てて交戦的だ。


「まあ、なぜ私が?」

「クリスタに嫌がらせをしていたことを知らないと思ってか?!」


 ルートヴィヒの傍にいたクリスタが真っ青な顔で首を横に振っている。

 クリスタ・シュテール子爵令嬢は眩い赤毛が印象的だ。光に透けるとストロベリーブロンドのような輝きを纏う。小柄で愛らしい少女といったイメージだ。特にアデルナに懐いていた取り巻きの一人だしそんな事実もないだろうに。


 あー、彼女も被害者か。


 偽装婚約のことはクリスタに話してあると言っていたが、この小芝居は話が別だろう。大好きなアデルナを貶めるつもりはなさそうだ。


 クリスタの様子にイザークは一抹の不安を抱く。

 この二人、本当に想いが通じ合ってるんだろうな?そうでなければこの小芝居こそ嫌がらせではないか?


「いやですわ、クリスタ様には貴族の礼儀作法を教えて差し上げただけですのに。嫌がらせなんて。」


 扇で顔を隠して太々しく言いのける。こっちも興が乗ってきている。もう悪役になり切っていると言っていい。

 そうしてアデルナとルートヴィヒがイザークを見た。イザークは慌てて記憶を辿る。


 俺のセリフか?えーと、私の愛しいお嬢様に限ってそのようなことありません‥‥って言えるか!こんなセリフを大衆の面前で!!

 二人の視線の圧にイザークは仰反るもセリフは出ない。

 痺れを切らしてアデルナがイザークの腕を取り威勢のいい声を出した。


「愛しい私がそんなことするはずがない、ってイザークも言ってますわ!」


 姫が代弁しちゃったよ。


「いじめられて怖かった、とクリスタも言ってるぞ!」


 ルートヴィヒがクリスタの肩を抱く。

 こっちも代弁か!


 かわいそうに、クリスタガッチガチじゃないか。一応王太子に縋っているから気持ちはあるみたいだな?

 そっちはまあまあ出来上がっているのならいいが、こっちは奴隷同然に強制参加。待遇に差がありすぎないか?


 二人は代弁含めシナリオ通り罵りあっている。これが姫のいう泥沼なのだろうか?ちょっと違う気もするが。もうこれはシナリオが終わるまで待つしかないのか。

 イザークは心の中で諦めて大人しくしていたのだが、次のセリフで血が凍りついた。


「だいたいその男はなんだ?従者といつもイチャイチャしやがって!俺というものがりながら不謹慎だろう?!」


 イザークとクリスタがびくりとする。そのセリフはシナリオにない。


「イザークは私の愛しい人。王太子であろうともその仲を裂くことなどできませんわ!」


 これも知らない。背筋を凍らせてクリスタを見やれば、クリスタも青ざめてかぶりを振っている。一方のルートヴィヒの勢いは止まらない。


「クリスタの嫌がらせに加え浮気まで!これは婚約破棄ではぬるいわ!王太子の名に於いてお前を国外つ‥‥」


 必死のクリスタが抱きつくフリしてルートヴィヒの口に手を突っ込んだ。王太子に対してすげぇな!

 早く行って!とクリスタがイザークに視線を送る。

 その隙にイザークもアデルナを縦抱きに抱き上げて逃走した。馬車まで一目散だ。アデルナから不満の声が出た。


「何するの?!まだ最後の捨て台詞が!!」

「んなもん要りません!何やってるんですか!!」


 そうしてイザークはアデルナを連れて公爵家へ逃げ帰った。

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