第4幕 夏休み・新宿「くつ底」銀座「ホコ天」の段


    (1)


 七月は、文楽の東京、大阪公演はなく、研修生も夏休みに入った。

 ヒロコは、秀美が預かっていたので、取りに行く。

 改めて、秀美は、中座でのヒロコの舞台出演を詫びた。

「でも、それで際物扱いで有名になったよなあ」

 上条が、妹をかばうかのような発言をした。

「何であれ、目立ってよかった」

「そうですかねえ。本流の文楽では全然目立ってませんけど」

「まず、一般人を文楽に向ける。その次だよ、肝心なのは」

「はあ」

「次の仕込み、何か考えてるの」

「全く」

「頼りないなあ」

「お兄さん、正樹さんに何でも押し付けたら駄目よ」

「はいはい」

 上条は、妹の秀美には弱かった。

「トンビ先生には、初日挨拶した方がいいよ」

「竹之輔師匠、梅太夫師匠にも云われた」

 竹松新喜劇は、7月は東京新橋演舞場での公演だった。

 毎年、年に一度上京するのだ。

「僕もついて行く」

「私も行きます」

 大きく手を挙げて秀美は答えた。

 ヒロコはここで鳴く。

「私も行く」

 正樹だけわかる猫言葉。

「ヒロコちゃん、何か云ったの」

「私もついて行くってさ」

「それ面白い」

「駄目だよ」

 結局、ヒロコはお留守番。

 正樹は上条兄妹の二人を伴って、新橋演舞場のトンビの楽屋を訪れた。

 初日は、ごった返していた。

 トンビ尋ねての人の挨拶、劇場関係者の挨拶、ラン、品物などの楽屋見舞が集中していた。

 3人の付き人が仕訳けていた。

 正樹の姿を見つけると近寄り、

「すぐにどうぞ」と声をかけて来た。

「でも順番待ちでは」

「いいんです」

 背中押されて入った。

「おお、文楽の星、元気か!」

 笑顔で応対してくれた。

「7月はどうするんや」トンビが聞く。

 また舞台に出ろと云われないか、正樹は身構えた。

「中旬まではアルバイトして、下旬には広島に帰ろうかと」

「バイト決まってるんか」

「いえ、これから探します」

「ほんなら丁度ええバイトあるんや」

 トンビは弟子に云って陽子を連れて来た。

「新宿三丁目のあのライブハウスの名前は何やったんかな」

「くつ底です」

「そうくつ底や」

「くつ底でウエイターですか、それとも厨房の中でコック見習いですか」

「違うがな」

 トンビは笑った。

「正樹君のウエイター姿見てみたい」

 陽子は、秀美を見据えてから笑った。

 くつ底は、各界の有名人が来る事で有名なライヴハウスだった。

 文豪三島由紀夫、川端康成も来ていた。

 陽子の実家の赤坂の料亭に、くつ底のオーナー園田京子が来ていて、

 大阪南地(富士屋)でのマジック文楽三味線弾きの少年の事が話題になった。

 有名料亭繋がりで、大阪(富士屋)→東京(春葉)へ情報が伝わっていたのだ。

 陽子の母親が、園田京子に云った。

「でもライブハウスで義太夫三味線なんか、人気出ますかね」

 半信半疑だった。

「それがええんねん」

「畑違いと云うか、客層が違うでしょう」

「何や君は、若いのに、考え方が古いなあ」

 トンビは呆れかえった。

「そうだわよ。誰も思いつかない、誰もやらないから面白いのよ」

 陽子はいつになく、積極的だった。

 とんとん拍子に出演が決まった。

 帰り、

「あの子、確か中座できみの付き人だったよね」

 上条が確認した。

「そう春葉陽子。赤坂の料亭「春葉」の娘さんらしい」

「へえ、凄い!」

 上条の話によると、「春葉」は赤坂のど真ん中にあり敷地300坪もあり、連日連夜、政財界の重鎮が集まっている。

 (春葉で、政治が決まる)

 それが永田町の符牒言葉だった。

 帰宅すると、照子から葉書が届いていた。


「正樹ちゃん、元気ですか。

 夏休みですね。

 いつ帰って来ますか

 お父さんもしつこく聞きます。

 やはり、あなたが東京に行ってから寂しそうです。

 実の親子じゃないけど、こころは埋まってます。

 一日でも早く帰って来て下さい。

 八月は休み取れますか。

 八月六日だけでも広島に帰って来て下さい。

 今年から岡山まで新幹線が出来ました。

 かなり早くなりましたね。

 博多までは、後数年かかるそうですけど、そうなると一直線に大阪、東京に行けて便利ですね」


 葉書を読んでいると、階下で電話が鳴った。

 家主の小町が出ていた。

 何やら話し込んでいた。

 小町の標準語は、どこかくせ、なまりがあった。

 広島弁ではないが、どこか似ていた。

(小町さんはどこの生まれなんだろうか)

 ふと思った。

 しばらくして

「正樹くん、お母さんから」

 階下で小町が呼んだ。

 慌てて出た。

「今、葉書読んでた」

「あんた、いつ帰って来るん」

 正樹は、「くつ底」ライブハウスに出る事を云った。

「そうかあ。一日でも早く帰って来てね」

 照子の大きなため息は、失望を現わしていた。


 「くつ底」は、煉瓦作りの店で、中は木で出来ていた。

 木の廊下は味わいがあった。

「セットリストあるの」

 オーナーの園田京子が聞いた。

「何ですか、そのセットリストは」

「ああ、そうよねえ。あなた文楽だもんね」

 曲順の書いた一覧表の意味だと教えてくれた。

「ないです」

「あらっ大物ねえ。凄い!」

 手を叩いた。


 正樹の義太夫三味線独演会と思っていた。

 いざ、蓋を開けたらそうではなかった。


「くつ底サマー特別企画」

「義太夫三味線聞き比べ、腕比べ」


 正樹の他にもう一人いた。

 亀澤青磁だった。

 さらに気がかりなのは、その次の週は、正樹、青磁の他にもう一人名前があった。

「特別サプライズゲスト」

 と書かれていていた。

 青磁も知らないようだった。


「お前が出るとわかってるんなら、俺出ないのに」

 と云っていた。

「青磁さん、このサプライズゲストって誰なんですか」

「知りませーん」


 正樹は二大巨頭に睨まれた格好で始まった。

 演奏順番は、正樹、青磁、サプライズゲストだった。

 緊張の度合いはピークで、それは演奏にも表れていた。

 いつもなら口、義太夫三味線から音符が絶え間なく出て来るのに、今回は一度も出なかった。

 まさに肩透かしを食らった客だった。

 客は、普通の義太夫三味線演奏を聞きに来ていない。

 大阪道頓堀中座でやった、超マジックをも期待していたのだ。

 しかし、今回音符は口からも義太夫三味線からも出て来なかった。

 一番前で、ギターを小脇に抱えている長髪の若者がいた。

 正樹がどんなに義太夫三味線をかき鳴らしても、呻いても黙々と俯いて、弾くそぶりだった。

 正樹の古典演目 双蝶々曲輪日記 八幡里引き窓の段


 ♬

 出で入る月弓の

 八幡山崎南与兵衛の お婆

 我が子可愛かな  金を出させと調(うた)ひしを

 思ひ合はせば   その昔

 八幡近在隠れなき 郷代官の家筋も

 今は妻のみ    生き残り

 神と仏を     友にして

 秋の半場の    放生会

 宵宮祭と     待ち宵と

 掛け荷ふたる   供へ物

 母は神棚     しつらへば

 嫁は子芋を    月代(つきしろ)へ

 子種頼みの    米団子

 月の数程     持ち出づる


 最初の語りで早くも客席がざわつく。

 客が自分ではなく他の事に神経が行くのがすぐにわかった。

 パンフレット見る者、新聞見る者、中には文庫本取り出して真剣に読書に励む者もいた。

 一番前にギター抱えて座っていた若者は、正樹の語りが始まるとすぐに目を閉じて眠り出した。

 五分もたたないうちに、よだれ垂らして、頭を思いっきり後ろに倒して爆睡していた。

 さらに椅子から落ちて尻もちをつく。

 周りから失笑が漏れた。

 もはや誰も正樹の素浄瑠璃を聴いていなかった。

 顔には早く終わってくれよとはっきり書いてあるのを正樹は見えなけど見えていた。


 次に亀澤青磁が出て来た。

 披露する演目は、

「碁(ご)太平記(たいへいき)白石(しろいし)噺(ばなし) 新吉原(しんよしわら)揚屋(あげや)の段(だん)」だった。

 元々文楽、浄瑠璃の本場は、大阪だった。

 近松門左衛門は、道頓堀竹本座を中心に多くの作品を発表している。

 そのため、語られる作品の多くが、大阪、京都が中心だった。

 そんな中でも、江戸を舞台にしたものもあった。

 青磁は、新宿のライブハウスで上演されると云うので、やはり江戸、東京を気にしていた。

 物語は、東北出身の姉妹が、江戸吉原で再会して、侍の敵討ちを取る話である。

 東京は東北出身者が多かった。

 江戸時代も同じであった。

 中々上手い選択だと思った。

 義太夫三味線の最初の出だしもよかった。

 大抵、文楽は(おくり)デンデンか(三重)ジャンジャンかである。

 この演目は、吉原の情緒をたっぷりと含んだ、義太夫三味線の音色一つで、光景が目に浮かぶものだった。

 客席の反応も上々だった。

 そして、ついに三人目のゲストを迎える時が来た。

 正樹も、青磁も最後の三人目の演者の名前を聞いた時、椅子から転げ落ちる気がした。

 文楽の義太夫三味線、太夫を出来る人は、文楽の世界外には、まずいない。

 二人とも、そう思い込んでいた。

 文楽も夏休みに入り、本公演がないので、恐らく文楽協会所属の技芸員が出るだろうと思っていたからだ。

 しかし、現実はそうではなかった。

「では本日3人目のサプライズゲストを紹介します」

 ここで司会者は言葉を区切り、客席を見渡す。

 この間を持ってくる辺り、プロの仕業だった。

「藤川トンビさんです!」

 客席も正樹らもどよめいた。

 青磁は正樹を見て、

「聞いていたか?」と叫んだ。

「いえ。兄さんこそ」

「俺も知らなかったぞ」

 トンビはステージの中央に立ち、何度も身体を深く二つに折り曲げてお辞儀をした。

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」

「藤川トンビさん、今月は年に一度の東京公演、新橋演舞場で行われてます、竹松新喜劇公演の真っ最中に駈けつけてくれました」

 もう司会者とのやり取りは耳に入らなかった正樹だった。

(完全にやられた)と思った。

 まだトンビが義太夫三味線を弾く前から、正樹と青磁は白旗を上げていた。

 道頓堀中座での「三業の人」でのトンビの腕前は知っていた。

 問題は、どんな演目をやるかだ。

「何を、東京の客に見せるのかな」

 同じ思いだったのか、青磁がつぶやく。

「では、トンビさん、今夜の演目は」

「はい、(冥途(めいど)の飛脚(ひきゃく) 淡路町(あわじまち)・封印(ふういん)切(きり)の段(だん))です」

「ではお願いします」

 司会者が引っ込む。

 トンビは、文楽が初めての人に対して、説明した。

 忠兵衛は、恋仲の遊女、梅川がいた事。

 ライバル八右衛門が250両で見請けしようとしていた。

 忠兵衛が、懐に持っている金は、自分のものではなくて、公金であった。

 封を切れば、公金横領で死罪となる。

 重要な人物、お金を極めて短く簡単に説明した。

「この忠兵衛は、公金、自分の金じゃないのに、封を切ってしまうんですねえ」

 じっくりと客席を眺めて、間を持つ。

「いつの時代も男は、金で苦労しますなあ」

 客席はじわりと、笑いの小じわがあちこちに生まれる。

 数年前、借金問題で、一時新喜劇を首になったニュースは、東京の人も知っていたからだ。

「私も借金で首が回らない時がありまして。舞台上手、下手に借金取りが、雁首揃えて団子のように、集まってまして。それを見たら現実に戻るんで、出来るだけ見ないようにしてました。そしたら、ほんまに首が回らんようになったんです」

 爆笑が生まれた。

 笑いが完璧に収まるまで待つトンビ。

「一つ気づいた事がありまして。私の首が回らん時でも、中座、新橋演舞場の舞台の盆は綺麗に回ってました」

 大きく目を見開き、ぐるぐる首を回す。

 大笑いの爆弾が投下された。

 客は手を叩き、足を踏んだ。

 トンビは、義太夫三味線の調律をしながら、喋り続ける。

「では、お聞きください」

 トンビが義太夫三味線を弾き始めた。

 あれっと正樹は思った。

 義太夫三味線の弾きの癖が、正樹と瓜二つだった。

 それは青磁も気づいたらしく、

「お前が教えたのか」と聞いて来た。

「とんでもないです」

「だろうなあ」

 青磁は笑った。

 暫くして、

「完全に盗まれたな、正樹君」

 青磁は大笑いしていた。

 トンビの語りは続く。


 忠兵衛 「何でこれがにせ小判や」

 八右衛門「わしは金のあるのが因果、お前は金のないのが因果、金のないのは首のな 

     いのも同じ事じゃ!」


     八右衛門にそそのかされて、忠兵衛はついに、公金の小判の封を切ってし

     まう。

     公金横領である。見つかれば打ち首の刑である


 忠兵衛 「五十両、百両」

    義太夫三味線の音が効果的に響く。


 忠兵衛 「百五十両、二百両」

 八右衛門「ヤ!」

 忠兵衛 「び、びっくりするな、まだあるわい!」


     義太夫三味線の音色が観客のこころを占めた。


 忠兵衛 「二百五十両、三百両、八右衛門どんなもんじゃ」


    ♬男の意気地で是非もなし

    ♬八右衛門気をのまれ


 八右衛門「ほんまにびっくりしたわい、イヤえらいもんじゃ、恐れいりました」


 いつもは、若者で賑わう「くつ底」が、今は完璧にトンビが作り上げた文楽の世界が制覇していた。

 あの最前列のギター男は、弾くそぶりをやめて、完全にトンビの作る世界に浸っていた。

 常々、トンビは云っていた。

 中座では観劇中、弁当を食べてもいい。

 弁当を食べているお客様の箸の動きを止めて見せるのが芸人の力だと云っていた。

 今回は、箸の代わりに、ギターの弦を動かす指を止めたのだ。

 正樹も青磁も、ギター男の素振りを止めさせる事は出来なかったのにだ。

 正樹は打ちのめされた。

 完全にノックアウト状態だった。

「俺たち、完全にトンビさんの、つま、附けたしだったな」

 青磁はあっさりと負けを認めていた。

 しかし、正樹は悔しかった。

 僅か、一か月前の中座の舞台での栄光が、今は光が完全に消えて闇の中にぽつんと立っている気がした。


「くつ底」の店名通り、正樹もまた、東京新宿で靴の底にでも隠れたい気分だった。

 店を出たら雨だった。

 傘は持っていなかった。

 そのまま濡れて行こうと思った。

「正樹君」

 振り返ったら、春葉陽子がいた。

「陽子さん」

「トンビ先生のお付きで来ました」

「じゃあさっきのライブ見てたの」

「見てました」

「やはり藤川トンビは天才だな。敵わない」

「それ違います」

「どこが、違うの」

 藤川トンビは、中座で正樹が義太夫三味線を弾いてるのを、音響係に云って、カセットテープに録音。

 毎晩、夜遅くまで聞いて、弾いていた。

 トンビは、中座公演の時は、劇場側は、ホテルを用意していたが、毎日楽屋に泊まっていた。

 テレビ新聞雑誌には必ず目を通していた。

 そして毎日正樹の義太夫三味線を聞いていたのだ。

「つまり、天才じゃなくて、トンビ先生は努力の人なんです」

「そこが天才なんだよなあ」

「いいえ、努力家です」

 子供のような喧嘩になってしまった。

「打ちのめされたなあ」

「いつになく、自信ないのね」

「負けました」

「負け犬でいいの?」

「いやいや、相手は天下の藤川トンビ。勝てるわけないでしょう」

「今日の正樹君、何だかとっても嫌い」

「今まで好きだったの」

「ええ大好き。でも今は大嫌い!」

 陽子は、傘を正樹に預けたまま走り出した。

「おい、この傘!」

「あげる。濡れ負け犬みたいで可哀そうだから」

「誰が負け犬なんだよ」

「フン!そう宣言したでしょう」

 陽子は、走って逃げた。

 正樹は何度も陽子の名を呼んだ。

 陽子は、雨の新宿の雑踏の中に消えた。


     ( 2 )


 正樹の下宿先に電話があった。

「青磁だけど」

「ああ、青磁さん」

「僕は(くつ底)への出演をやめようと思う」

 青磁は語り出した。

「藤川トンビは喜劇役者としては、日本一だよね」

「そうです」

「でも義太夫三味線弾きでは、素人だよね」

「そうです」

「その素人に僕らは負けたんだよね」

「負けました」

 一つ一つ事実を積み上げて、青磁は、正樹に同意を求めた。

 直球の正論を繰り出し、異論の余地はなかった。

 青磁は、いつもそうする。

 相手の反論を先に封じ込めるためだ。

「その素人に負けて、きみはくつ底で客にこれからも義太夫三味線を演奏するのか」

「出来ません」

「だろう!」

 正樹の(出来ません)の言葉を聞きたかったのだろう。

 電話だけど、正樹の満足そうな、口元に笑みを生まれさせているのが見えた。

「青磁さんは、これからどうするんですか」

「修行の旅に出ようと思う」

「文楽やめるんですか」

「きみは馬鹿か?やめるわけねえだろう」

「夏休み限定ですか」

「そうだ」

「修行の旅って、どこ行くんですか」

「まず、文楽発祥の土地、大阪。後は考えてない」

「僕も一緒に連れて行って下さい」

「嫌だ」

 即答だった。

 これも青磁らしかった。

「誤解しないでくれよ。きみが好きとか嫌いとかじゃない」

 珍しく、説明してくれた。

「どうしてですか」

「じゃあ二人で旅に出たとしよう」

「僕の方が年上で、芸歴も長い。年下の君は僕に気を使うはずだ」

「そうしますね」

「だろう!」

 青磁はここで一息ついて、薄笑う。

「僕の方もいつの間にか、その気遣いを最初は拒否してても、その内受けて、それが当たり前になる」

「甘えが出るって事ですね」

「そうだ。君も修行した方がいいぞ」

「旅ですか」

「別に旅に出なくてもいいけど。じゃあな」

 電話は一方的に切れた。

 正樹も同調して「くつ底」をやめた。

 園田京子は、残念がった。

 しかもアルバイト料を満額くれた。

「これはいただけません」

「じゃあ、先行投資として払っておく」

「すみません」

「出世して返してくれよね」

 ぽんと肩を叩いてくれた。


 それから、数日下宿で閉じこもった。

 そのまますぐに広島に帰ってもよかったが、そうすると負け犬のような感じがした。

 何かワンクッション欲しかった。

 正樹の引きこもりは、青磁から上条に伝わった。

 ある日、上条兄妹が訪ねて来た。

「おいおい、良い若者が、ふて寝かあ」

 突然上条が入って来た。

「正樹君、義太夫三味線練習は」

「暫く、お休み」

「(くつ底)撤退の件は、青磁さんから聞いたよ」

「別に嫌になってやめたわけじゃないでしょう」

 秀美は云った。

「はい」

「食当たりならぬ、藤川トンビの芸当たりってわけだ」

「いえもう食当たりみたいなもんで、せいも魂魄も尽き果ててます」

「そう云えば、何だか正樹くん、痩せたわよね」

「夏痩せか」

「いえ、食べる気力なくて」

「やっぱり」

 秀美は持参したものを袋から取り出した。

「何ですか、これは」

「カップヌードルだよ」

「そんなもんがあるんですか」

「君は、今年二月のあさま山荘事件知っているよね」

「ええ、広島でも朝から晩まで24時間やってました」

「機動隊員が食っていただろう」

「さあ。そうだったかなあ」

「これ高いのよ」

「幾らですか」

「一つ100円」

「ひゃっ百円!」

 ここで正樹は目が醒めた。

「袋麺は25円ですよ!4袋も買えます」

「それだけの価値がある」

 秀美は、やかんにお湯を沸かす。

 正樹は生まれて初めて、カップヌードルを食べた。

「上手い!」

「だろう」

「これ食べたら、もうやらなくては」

「何をですか」

「銀座ホコ天で義太夫三味線弾きよ」

「ホコ天って何ですか」

 今春、広島から上京したばかりで、この頃は情報があまり受け取るすべがなかった。

 二年前の1970年(昭和45年)に始まった銀座歩行者天国。

 車道を通行止めにして、歩行者に開放するのである。

「うちの親父とこの会社が、車道の一画で酒を販売するんだ」

「客寄せで義太夫三味線を弾いて欲しいの」

「いいですけど、もう僕には音符も背中から光も出ませんよ」

「それはいいの。義太夫三味線弾くだけで」

「親父いわく、ギターとかは、他の店もやってて新鮮味がないんだ」

「正樹くんの義太夫三味線をお父さんに、私云ったの」

「そしたら、親父乗り気でねえ」

「それならやります」

「じゃあ、出演料として、これを置いておく」

 上条は袋に入ったカップヌードル5個を置いた。

「こんなに沢山!」

「正樹君、そんなに自分を安売りしないの」

「はあ」

 ヒロコが来た。

「ヒロコとはどうなの」

「この頃は、泣き声しか聞けないんです」

「そりゃあ、大変だな」

 この時、ヒロコが鳴いた。

「おい、今のは何て云ったんだ」

「ニャーと鳴きました」

「こりゃあ、重症だな」

 上条は、秀美と顔を見合わせていた。

 二人は、うなづいた。


 日曜日。

 東急池上線で五反田まで出る。

 乗り換えて都営浅草線で東銀座まで出た。

 ここから、日比谷線に乗り換えて「銀座」に出る選択肢もあったが、運賃節約と、近いので歩く事にした。

 丁度、歌舞伎座の表に出た。

 上条酒造と書かれた酒樽が五段ずつ、上手下手に分かれて積み上がっていた。

 7月と8月の告知看板が出ていた。

 今月は通常の歌舞伎公演が26日まであった。


 25日「俳優祭り」修繕寺物語

 夜叉王・・・(島田正吾と松本幸四郎)

 かつら・・・(中村歌右衛門と水谷八重子)


 8月1日~29日

 第12回三波春夫特別公演

 三波春夫、三波豊和、扇千景、佐々十郎

 「縞の合羽に三度笠」2幕7場 作 花登筺


 そうだった。

 今は毎月歌舞伎座は歌舞伎を上演しているが、この昭和47年は、三波春夫ショーなどをやっていたのだ。

 会場まで歩いてた。

 銀座通りは、車の乗り入れが禁止されていた。

 銀座は車道と歩行者を区切る柵がない。

 だから通常の時も、どこからでも対面のお店に自由に行き来出来た。

 柵がないので、想像以上に広く感じた。

 それと電線地中化、電信柱の撤去。

 電線、電柱がないのは、街の品格を上げた。

 すでに幾つかのブースでは、即席のフォークソングステージ、手品、ジャグリング等も始まっていた。

 上条の会社ブースまで行く。

 すでに店舗と小さな舞台は出来ていた。

 舞台には赤毛氈が敷かれていた。

 マイク、スピーカーもあった。

 上手下手には、上条酒造樽が三段積み重なっていた。

 本物の酒は入っていなくて。空である。

 上条兄妹、父の光蔵もいた。

「正樹君、今日は頼んだよ」

 優しく声をかけてくれた。

「何を演奏するんだ」

「まだ何も。でも構成は考えています」

「全てお任せだから、頑張ってくれよ」

 義太夫三味線は二本用意していた。

 一丁は自分のもので、もう一丁は上条のものだった。

 さらにバスケットも持って来た。

 中には、ヒロコがいた。

 時間が来て、特設舞台に上がる。

 観客は、上条酒造特製の「一口酒」を持っていた。

 あちこちからフォークギターの演奏が聞こえていた。

「皆さんこんにちは。私は、文楽研修生です。はい、この中で文楽見た人!」

 誰も手を挙げない。

「じゃあ歌舞伎見た人!」

 100人程集まって、5人位手を挙げた。

「ギター弾ける人!」

 30人位、手を挙げた。

「凄いですねえ。じゃあここで義太夫三味線を解体します」

 少しだけ客がざわつく。

「マグロの解体ショーなら、後で食べられるんですけどねえ」

 客はにやけた。

「実は、三味線は三つに分解出来るんです」

 糸を外して、棹を三つに分解した。

「こうして、分解して持ち運び出来るんですよ」

 分解したのは、上条の義太夫三味線だった。

「日本って国は、折り畳みの文化ですよね。足が折り畳めて収納出来る円形のちゃぶ台、布団も折り畳んで押し入れに収納。着物も折り畳むでしょう。あと、折り紙もそうでしょう。皆折り畳むんです。

 江戸時代、死んだ人も手足を折って、樽の中に入れてました。

 扇子もそうでしょう。使わない時は折り畳む」

 袖で見ていた、上条光蔵は、

「若いのに、よく知っているなあ」とつぶやく。

「正樹くんは、他の若者とどこか違うの」

 秀美も同調した。

「そんな所が好きなんだろう」

 上条誠也に指摘された。

「好きだなんて」

 秀美の頬は急速に赤くなった。

 すぐに第2部へ移る。

「義太夫三味線の音色は、非常に身体にいいですから。身体によい、上条酒造のお酒飲んで、もう健康増進間違いないですから」

 義太夫三味線を弾き始める。

「ではお聞き下さい」


 創作浄瑠璃「銀座(ぎんざ)歩(ほ)行者(こ)天国(てん)参上(さんかする) 」

 ♬

 銀座ホコ天に  一の糸

 突如鳴り出す  義太夫三味線

 何事かと    振り向く先に

 摩訶不思議な  心地よい音色

 ああそれがね  義太夫三味線

 例え文楽を   知らねども

 例え歌舞伎を  わからねども

 身体に染み入る 音符魂だ

 今宵は縁側で  一献かたむけようか

 上条酒造の   吟醸酒

 新潟の良い   空気と水で

 作りました   どうぞ召し上がれ

 ああ上手い   ああ幸せ

 幸せ家族    ハッピー上条

 幸せカップル  ハッピー上条


 正樹の義太夫三味線の音が、アスファルトの道路を這う。

 そして観客の身体に絡み、次第に各人のこころのひだの奥まで染み渡り出した。

 例によって、即興だが、銀座ホコ天、集う人々を見ていると、頭から創作浄瑠璃の泉が湧き出ていた。

 語りの途中でバスケットの蓋が開いて、ネコヒロコが顔を出した。

 観客の多くが、猫はおもちゃだと思っていた。

 しかし、義太夫三味線の音色に合わせて、舞台を左右に走り回り、飛び跳ねていた。

 客席のざわめきが大きくなった。

「えっ本物?」

「猫って調教出来るの?」

 何人かがカメラを撮る。

 八ミリカメラ回す人もいた。

 まず正樹の口元、義太夫三味線から音符が飛び出した。

 音符は舞台を漂い、客席に降りる。

 ふわふわ浮かぶ。

 七色の色がついていた。

 観客は、手のひらで掴む。

 重力感が全くない。

 シャボン玉のように、空中でパチンと消える。

 ヒロコの跳躍は、義太夫三味線の音色を聞くに従って、ドンドン高く飛んだ。

 舞台から飛んで、正樹の頭に着地したり、テンポよく、正樹の左右の肩を行ったり来たりしたり、背後から足で、正樹の目を覆う。正樹の頭の上に自分の顔を載せる。

 さらに、客席にジャンプ。

 客の頭をピョンピョン飛び跳ねる。

 仰向けになったまま、ズルズル動く。

 二本足で悠々と舞台を歩く。

 時折、立ち止まって客席を睨む。

 舞台を周る。

 時計方向、その反対方向。

 多様な動きをした。

 さらに奇跡は続く。

 正樹と義太夫三味線、さらに猫ヒロコから幾筋もの光の束が出来て、一直線に伸び始めた。

「うおおおおおー」

 大きくどよめきが生まれて、観客を覆う。

 その光の束が舞台と客席を覆う。

 舞台の背後に虹が生まれた。

 上条酒造の酒樽の一番上にまで登り、最後はそこでうずくまった。

「ニャーン」

 演奏が終わる。

 背後の虹が一つから三つ、さらに七つと急激に増える。

 そのうちの一つが、猫の頭上に来て小さくなり輝く。

 上条酒造の樽一つ一つから光の拡散が続く。

 拍手が鳴り響く。

 次々と観客は立ち上がる。

 他のゾーンを取材に来ていたワイドショークルー、新聞マスコミが映像、写真を撮った。

 これは上条酒造にとって、最大の宣伝となった。

 翌日から電話が殺到していた。

「あの猫は、上条酒造の飼い猫か」

「ぜひコマーシャルに使いたい」

 社長の上条光蔵は、猫ヒロコをかたどったシール、ワッペンを作るようにした。

 何故、正樹は復活出来たのか?

 ヒロコの力だ。

 そう思った。

 自分一人では出来なかった。

 今回のステージにヒロコを同席させようと提案したのは秀美だった。

 多くのマスコミが、正樹を取り囲んだ。

「音符仕込みのからくり教えて下さい」

「あの猫の仕込みについて」

「虹が出たのはどんな機材ですか」

「光背、光の束のトリックについて」

 矢継ぎ早に来た。

「あれはトリックでもマジックでもありません」

「じゃあ何ですか」

「僕にもわかりません」

 囲み取材は、光蔵にも及んだ。

「上条酒造のマスコットキャットですか?」

「そうなると面白いですねえ」

「お酒と義太夫三味線との関連は」

「どちらも伝統と時代に応じた変化で、町衆に長らく愛されて来ました」

「上条酒造さんは、これからも文楽研修生を応援されますか」

「もちろんです」

 やっと解放されていると、

「正樹くん、良かったよ」

 見ると国文学者の桜原猛夫だった。

 その横には太夫志望の船田と義太夫三味線希望の仙仁がいた。

 それぞれ違う大学で、桜原の講義を受けたのだ。

「これ、史上初だよね」

 まず桜原が宣言した。

「何がですか」

「もちろん、銀座歩行者天国で義太夫三味線が演奏された事だよ」

「そうですか」

「そうです」

 まだ残っていたマスコミの人が答えた。


 お疲れさん会は、赤坂料亭「春葉」で開催された。

「ここは・・・」

 竹松新喜劇の若手女優、春葉陽子の実家だ。

 都心にこんな広大な庭園を持つ料亭があるのに驚いた。

 一つ一つ部屋が別れていて部屋専用の廊下があり、さらに部屋専用のお手洗いに行けた。

 お手洗いで他人と鉢合わせするのを避ける作りになっていた。

 政財界の重鎮がここで重要な案件を執り行う料亭として有名だった。

 ついた異名が「昼の永田町、夜の春葉」だった。

 今年6月に長年支配していた里野栄作首相が退陣した。

 7月7日、つい先日の事だ。

 中田丸栄第1次内閣が発足したばかりである。

 その案件も、実は「春葉」で話し合われた。

 桜原猛夫、船田、仙仁も呼ばれた。

 女将の挨拶に、陽子が一緒に来た。

 初めて見る陽子の着物姿だった。

 髪の毛を後ろに束ねて、きりりと引き締まった顔。

 まさに二代目に相応しい。

 挨拶が済むと、陽子が近寄った。

「復活おめでとう」

「見てたんですか」

「見てなかったけど、夕方のニュース全部の各局、正樹マジック義太夫三味線ショーやってた」

「マジックじゃないです」

「じゃあ何なの」

「僕もよくわかりません」

「あの猫、正樹さんの飼い猫なの」

「そうです」

「じゃあ近いうちに下宿に行きます」

「ええええええっ!」

「行ったら駄目なの。別の雌猫でもいるのかな」

 ふふふと小さく笑って別の席に行った。

 入れ違いに秀美がすっと来る。

「えらい楽し気だったよね」

 と云って、正樹のわき腹を軽くつねった。

「い、痛い!」

「もう大げさなんだから」

「すみません」

「あの猫、六月預かってたけど、何だか成長したみたい」

 先月大阪へ一か月行った時、秀美が預かっていたのだ。

「どんな風に」

「立派な雌猫」

 飲みかけのコーラを吹きそうになった。

「どうしたの」

「いや何でもない」

「何だか怪しい」

 陽子と秀美の見えないバトルが正樹には見えていた。

 そっちの方で緊張していた。

 上条光蔵が来た。

「今日の創作浄瑠璃よかったよ」

「有難うございます」

「さっき、桜原先生に聞いたら、義太夫三味線が銀座の公道で鳴り響いたのは、今日が初めてだとか。それで記念して、ホコ天で売っていた吟醸酒の名前を変えようと思う」

「何て名前にするんですか」

「(銀正)。銀座の銀に正樹くんの正。いい名前だろう」

「はあ」


 翌日の東都新聞


「文楽研修生、銀座ホコ天で義太夫三味線披露!」

「にゃんとも上手い!猫も踊り出す」

「桜原国文学者も絶賛!」


 全国ネットの朝のワイドショーは、一斉に正樹の銀座での義太夫三味線演奏を取り上げた。

「文楽研修生は、一体どんなマジックの種を咲かせたのか、どうぞご覧下さい」

 ビデオが終わって再びスタジオにカメラが戻る。

「全く仕掛け、種がわかりませんでした」

 スタジオにいた全員が同じコメントした。

「文楽駄目でも、マジシャンとしても立派にやっていけますね」

「坊屋正樹くん、文楽の種も見事に咲かせて欲しいですね」

 司会者がカメラ目線でそう云って、締めくくった。

 鼻から、音符、光背、虹現出をマジックとして取り上げていた。

 一般人は、現実としては、受け入れないのだ。

 二人から相次いで葉書が届いた。

 一人目は照子からだった。


「あんた、いつから手品師になったんかね。

 お父さんも、えらい心配しとる。

 わき道入っても、すぐに戻らんと。

 いつまでもわき道で道草しとったら、仕送りをやめるけんね。

 いつ帰って来るのか、知らせなさい」


 二人目は、亀澤青磁さんからだった。


「あれから、きみは元気で大活躍らしいね。

 旅先で、朝のワイドショー見てたら、きみが銀座で義太夫三味線を弾いている姿が映っていて驚いた。

 復活したのか?

 したとしたら、おめでとう。

 僕はまだ迷ってる。

 将来この先、ずっと文楽の城の中で生きて行く覚悟がまだ出来ていない。

 答えが出なくて逡巡、迷い道、逍遥の道だ。

 君には、飛び道具の手品があって羨ましい。

 でもそれを取得したいとは思わない。

 幾ら義太夫三味線、口から音符が本当に出てたとしても、それは一種のケレンだ。

 ケレンは最初は驚かれて、人々の注目を浴びる事だろう。

 しかし、すぐに飽きられる。

 文楽の義太夫三味線弾きなら、やはり義太夫三味線で勝負すべきだ。

 と僕は思う。

(何を妬んでいるんだ)

 ときみは、思うかもしれない。

 どう思おうと、それはきみの自由だ。

 僕は、大阪を離れて、さらに西へ。

 国鉄の惹句に似ているかも。

 健闘を祈る。

 追伸 大阪ミナミの島の内教会の牧師さんと知り合った。

 近日、きみを訪ねて来る。

 牧師さんの名前は田所修

 良い話だとだけ云っておく。 亀澤青磁より」


 久し振りに、照子に葉書を書いた。

 銀座での出来事を詳しく書いた。

 そして下旬には帰ると書いた。

 田所牧師から電話があり、東京駅丸の内南口で逢った。

 向こうは、正樹の事をテレビで見て知っていたので、田所から声をかけて来た。

 もう一人見知らぬ男がいた。

 喫茶店で名刺を手渡された。

「島之内教会 牧師 田所修」

「富士屋 イベントプロデューサー 八幡太郎」

 八幡は、正樹が富士屋で義太夫三味線を披露したのを知っていた。

「実は、そっと後ろで見てました」

「で、何でしょうか」

「正樹さん、8月文楽は大阪公演ですね」

「そうです。でも僕ら研修生は夏休みです」

「八月の日にちはお任せしますので、うちで義太夫三味線コンサートやりませんか」

「教会で、ですか」

 半信半疑で聞き返した。

「そうです」

「田所牧師は、アメリカ留学もされていました」

「向こうでは、色々な催しを教会でやってるんです」

「芝居、音楽、パントマイム」

「それを日本で、大阪でやろうと思うんです」

「お言葉を返すようですが、フォークソングコンサートなら入ると思います。でも大阪で文楽、しかもマイナーな義太夫三味線なんて入らないと思うんです」

「だからやるんですよ!」

 正樹の前で中年男が熱く語るのを不思議な眼差して見ていた。

「客の入りは心配しなくていいです」

「でも僕一人では決められないんです」

「長老会の許可でしょう」

「もう文楽協会も長老会も許可取ってる」

「て云うか、かなり乗り気なんだよ」

「本当なんですか」

「第1期生11人の中に、大阪出身者ゼロだったそうだね」

「文楽協会としては、是が非でも次の第2期生募集で、大阪からの募集ゼロを返上したいそうだ」

「それには宣伝。待っていても人は来ない」

「幸い、きみはマジックも出来る」

「しかも17歳」

「若い!」

「色々武器を持ってる!」

「武器は有効に使わないと」

「持ち腐れは、もったいない!」

 田所牧師と八幡は二人で畳みかけるように喋った。

 もう断る余地はなかった。

「わかりました」

「よし、ここで三人で握手しよう」

 何だか照れ臭かった。

「演目は、きみに任す」

「出演は僕一人ですか」

「誰かとセッションしたいのか」

「ええ、一人います」

 正樹には、一人の人物が思い浮かんだ。

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