4-13 エンドロールまで席を立たない

「……解散っ!」


 サクラの号令により大星霊グレイトフルブレイバーはそれぞれの大星霊へと姿を戻し、役目を終えたとばかりに悠々と帰っていった。

 戦闘で活躍する勇姿を拝むことは叶わなかったが、合体することに役割があったのだから仕方がない。無血の勝利と考えれば理想的正義と言える。

 しかし、サクラはなんともしがたい無念な屈辱に打ちひしがれていた。


「起きて合体だけして帰るなんて許されないよぉ~……!」

「脅威を排除するという目的だけ見れば果たせたんだから良いじゃない」

「でもぉ……」

「そんなに悪者を倒したかったの?」

「違うよ! 変身や合体だけして終わっちゃうのが虚しいだけだよ!」

「正義って虚しいものよ?」

「そういう虚しさじゃなーいっ!」


 うぅ、と涙でも流しそうな勢いのサクラを呆れながら笑うノワール。そのままふわりと空中へ浮遊すると、薄い月明かりを頼りに方角を確かめる。


「じゃ、わたしは帰るわ」

「ええっ、どこにそんな魔力残って……もしかして!?」


 サクラも魔力が底を尽きた経験は数あるが、こんなにも乾ききった感覚は久しく味わったことがなかった。恐らくは合体時にサクラから容赦なく魔力を吸い上げたことで、ノワール自身は帰りの飛行分が余ったのだろう。

 そういえばサクラは変身が解かれているのに、ノワールは変身したままである。あの状況で加減しろとは言わないが、取りすぎた分を戻すように抗議する権利はあるはずだ。サクラは真上にいるノワールを見上げながら叫ぶ。


「返してよ! わたしの魔力でしょ!」

「イヤよ。だって明日は学校あるもの」

「こっちだってあるよ!」

「じゃあ、終電でもタクシーでも使って帰ったら」


 サクラはぴょんぴょんとジャンプしながらノワールを引っ張ろうとするが、ノワールは届かないギリギリのところでふわふわ揺れている。


「べつに一日くらい休んだところで平気でしょ? たまには観光がてら帰ってきなさいよ」

「それならノワールがそうすればいいじゃない!」

「わたしは無理よ。不登校が許されるようなキャラじゃないの」


 地上を見下しながら自慢げに小さく微笑むと、ノワールが一気に飛び上がり、夜空の背景に溶け込んだ。


「何よりもわたし自身が許さない。完璧であるからこそわたしなの。努力してるヤツに追い抜かれるような、平凡な優秀キャラになんか成り下がりたくないのよ」

「な、なんのこと……?」

「……戦隊ばっかにかまけてないで、魔法少女もしっかりやりなさいよね。ばーか」


 馬鹿にしながら飛び去っていくノワールを目で追うが、すぐに薄黒い空に混じって見失った。

 相変わらず去り際は冷たいと嘆くサクラに、慰めつつも怒っているような口調でシシリィが励ましの声をかける。


「なんですか、あの人は。協力してくれたと思ったら馬鹿にして。気にすることはありませんよ、サクラ」

「シシリィ……」

「無理やり魔法少女させられそうになったら言ってくださいね」

「……戦隊になったときのほうが、無理やりだったような」


 シシリィの強引で雑な説明を思い返し、釈然としない表情で眉間にしわを寄せるサクラ。

 不穏な空気を感じ取ったシシリィは声の調子を不自然に上げながら、誤魔化すように騒いだ。


「あー、いやぁー、それにしても魔力とココロエナジーがこんなに互換性があって代用が利くとは驚きですー! 案外、戦隊と魔法少女は相性がいいのかもしれませんね!」

「いいからって両方やってる人はいないと思うよ」

「それをしてるサクラはすごいですね!」


 素直に喜べない称賛を受けていると、変身を解いたダイチが腰をさすりながら歩いてきた。


「いやぁ、すごいと思うぞ。歳のせいか、全身がだるくて敵わん」

「それは年齢のせいじゃないと思いますよ? わたしだって魔力やエナジーを一気に放出したら、一日中だるくなりますもん!」

「そうなのか?」

「はいっ、ちゃんと寝れば元通りです! 二、三回繰り返すと持久力もつきますよ!」

「うーん、サクラちゃんは就職気をつけろよ? よくない適性あるから」


 苦笑いするダイチの後ろでは、ユズハとコモリが木に背中を預けて眠っている。サクラは心配して近寄るが、ダイチがシーッと人差し指を口元にあてる。


「起こすのはもう少し待ってくれ。まだ二人に話す言い訳を思いついてないんだ」

「ダイチさんはまたそんなこと言って……」

「それまで暇つぶしに話でもしよう、何がいい?」

(いいのかな……だけど、これがダイチさんの理想だもんね)


 サクラの理想を追求してくれたのだから、平和な日常を望むダイチのことも認めざるを得ない。べつにサクラは容認しないこともないのだが、コモリは知りたがるだろうな、と思った。


(……ん?)


 ふと、木に寄りかかるコモリの体勢がずれたような気がした。身じろぎくらいしてもおかしいことはないのだが――


「……そうだ。この数日、ダイチさんは何かしていましたよね?」


 昨夜、ダイチとの電話ではぐらかされた会話に、サクラはもう一度チャレンジした。ダイチは少しだけ渋った顔をするが、観念したように息を吐いた。


「その話か。うーん、まぁ……コモリも眠っていることだし、話そうかね」


 一瞬、ダイチの視線がコモリのほうへ向いたのをサクラは見逃さなかった。しかし、名前を出した相手を見ることに違和感はないはずだ。


「結論から言えば、調査依頼だ。探偵やってる知り合いに」

「へぇー、珍しいお知り合いがいるんですね」

「昔馴染みでね」


 警察官だった頃の知り合いだろうか、とサクラは制服姿のダイチを思い浮かべる。


「依頼内容はとある女性の近況調査。あ、勘違いするなよ?」

「しませんけど、その女の人ってどういう関係なんですか?」

「まぁ、その……家族と離れて暮らす原因になった女だ」

「えぇっ!?」


 思わぬ告白に驚いてしまい慌てて口を押さえるサクラ。とっさに振り向いてコモリの表情をうかがい、小声でダイチにたずねる。


「コモリちゃんの前でそこまで話していいんですか……?」

「寝てるときしか話せないからな」

「えっ、でも……」

「寝てるだろ?」


 わざとらしく念を押すダイチの台詞で、サクラはコモリが寝たふりをしている確証を得た。

 それでも話すということならサクラがとやかく言う必要はない。コモリのために聞き役に徹することをサクラは決めた。それでも少し思うところはあったので我慢しきれずに呟く。


「もうちょっと素直になればいいのに」

「大人は色々あるんだよ」


 さて、と疲れたような溜息をこぼしながら、ダイチが目を細める。


「その女との出会いは、彼女がストーカー被害を相談してきたことから始まった。彼氏との別れ話がこじれた結果……まぁ、よくあるケースだな」

「よくあるんですか……?」

「あぁ、いや、よくあっちゃまずいよな。サクラちゃんには縁遠い国の話だと思ってくれ。とにかく、その事件はたいしたことにはならなかった。忠告だけで彼氏側があっさり引き下がって解決したんだ」

「よかったですね?」


 恐らくよくなかったであろうことが容易に想像できたので、サクラの反応は曖昧なものになった。

 ダイチはサクラの反応を予想通りという風に受け止めながらも、複雑な顔で続きを話した。


「こういう事件は難しくてさ、証拠が残るような被害がなければ厳しく取り締まることはできない。精々、忠告や警戒がいいとこだな。しかも、介入することで加害者を刺激するパターンだってあり得る」

「でもそのときはそうじゃなかったんですよね」

「どうも彼氏は最初から別れるつもりで彼女に話を持ちかけていたようだ。それを拒んだ彼女に執拗に迫ったことで、被害を訴えられたってことだった」


 事実関係を聞き洩らすことなく頭に入れたサクラだったが、理解しがたい内容に思考が追いつかなかった。


「……彼女さんは別れたくない相手をストーカーとして訴えたってことですか?」

「そういう反応になるよな。オレもどうしてそうなったのかはわからん」


 ダイチは指を口元に持っていき、煙草を吸うような仕草で深呼吸をした。


「で、その事情を聞き出して一応の解決をしたオレ宛てに署へ手紙が届いた」

「被害者になった彼女さんからですか?」

「ああ」

「お礼の手紙ですよね。もしかして、その展開って」

「あんまり期待するなよ、ハッピーエンドじゃないから」


 サクラはダイチの警告にハッとして身体を縮こまらせる。

 あまり前のめりになって聞く話ではないと思いながらも興味は湧いてしまう。


「手紙は日を跨ぎ全部で四通届いた」

「……なんか思ったより」

「少ないか? けど一人の人間に送る謝礼の手紙としたら多くないか」

「そう言われれば確かに」

「だが当時も周りはそういう認識だった。全部が綺麗な文字で書かれた丁寧な長文で、内容におかしなところはない。被害者が警察官に好感を抱くってのもある話だしな」

「なんかマンガみたいですね」

「本来、警察として被害者と親密になることはご法度なんだ。彼女からのアプローチは続いたが、取り合うほうが下心があるって雰囲気だった」


 組織的に許される恋ではないからこそ、ドラマチックな構図になるのかもしれない。教師と生徒がいい例だろう。現実的なモラルに照らし合わせると不都合が生じる。

 サクラとしては少しくらいのドキドキがあったほうがロマンチックだが、警察官という立場ではそんなこと言ってはいられないことはわかる。


「……というか、それっていつの話です?」

「七年前くらいだな」

「じゃあ、そもそもダイチさん結婚してるし、コモリちゃんがいるじゃないですか!」


 ダイチはしれっと言ったが、中学一年生のコモリが小学生になる前くらいの出来事ということになる。

 前提からして不倫になってしまうので、どうあがいても盛り上がっていい話じゃなかった。


「そうだよ? だから、これはそもそも始まるはずのない物語だったんだ。オレが組織や立場を言い訳にして、楽観しながら逃げてなければな」


 相変わらずの溜息をつきながら、ダイチは重々しく言葉を吐く。


「逃げることで始まる物語っていうのもあるんだよ」

「……後悔してるんですか」

「そんなもん大人だったら誰でもしてるよ」


 サクラにだって後悔の一つや二つあるのだから、長く生きればそれだけ増えていくのも当然だ。そんな当たり前のことに大丈夫などと安い慰めは言えなかった。


「オレが逃げたせいで、みんな感覚が麻痺してた。ある日、彼女に誰かが言ったんだ。アイツには家族がいるから、いい加減に諦めなよってさ」

「お節介かもしれませんが、きっと善意で……」

「ああ、あくまで善意で、職場に何度も訪問する上、ラブレターを寄こす女に情報を与えたんだ」

「それは……」

「いっそオレが女で、相手が男だったら真剣に捉えてたかもしれないな」


 ダイチの表現は極端な解釈に過ぎない。しかし、叶わぬ恋のように見えた淡いラブロマンスが、一気にサスペンスホラーになったような気分だった。


「最後に送られてきた封筒に入っていたのが、外で遊ぶコモリの写真だった。それでようやく、こいつはヤバいって実感したわけだ。遅すぎるけどな」

「それでどうしたんですか?」

「警察に相談するのが筋だが、オレが警察官ってのがよくなかった。残念ながら組織として表沙汰にしたくないって意識が働いて、あまり協力的じゃなかった」

「そんな……」

「個人のトラブルを仕事に持ち込むなとさえ言われたよ」

「それは酷いです!」


 憤りを隠せないサクラだったが、肝心のダイチが落ち着き払っているので怒りの行き場がない。ダイチはそんなサクラに優しい笑みを見せる。


「七年越しでも怒ってくれて嬉しいよ。こうなると解決する方法は二つ。戦うか、逃げるか。サクラちゃんがいなかった当時のオレはどうしたと思う?」


 サクラが戸惑い、答えないのを見て、ダイチが自虐的に笑った。


「逃げたさ。戦うことで日常が壊れるのが嫌だったんだ。もっともらしい理屈をつけて、ユズハを説得して、厄介事を引き連れて逃げたんだ」

「……引き連れてって、まさか」

「退職して、ストーカーごと引っ越した」

「うわぁ」


 サクラは頭を抱えた。日常を守りたいと言っておきながら、守るべき日常に本人が勘定されていない。

 逃げると決めたらとことん逃げる覚悟というのは、戦うにも等しい勇気と思い切りが必要なのかもしれない。


「え、その人って今も?」


 背筋のゾッとする思いだったが、ダイチは意外にも首を傾げて「わからん」と一言で済ませた。


「転居して数ヶ月は手紙や付きまといが続いたから、追ってきたのは確実だろうが、ある日を境にぷっつりと途切れたからな。わざわざ、こっちから近況を知りたいとも思わん」

「……あれ? それならどうして急に調べようなんて――――」


 サクラは自らの発言の途中で降ってきた想像に絶句した。このタイミングで過去の事件を思い出したのは、何か――あるいは『誰か』をきっかけにそれを思い出したからだろう。

 ダイチは台詞の続きを引き取るように、淡々と答えた。


「関係あるんじゃないかと思ったんだ、あいつと……とりあえず、彼女は消息を絶っていた。一年前にふらっと出たきり、家に帰っていないらしい」

「いや、だけど……それがサイケシスになってるなんてあり得ないですよ!」

「まぁ、向こうもオレのことを覚えている素振りはないしな……杞憂だったかもしれん」


 サクラはサイケシスの幹部がどういう経緯でそうなったかを知らない。可能性の話をすれば限りなどなく、意味はない。

 それでも一度、脳内で生み出された想像は染みのようにこびりついて離れない。非常に感じの悪い気分が顔にも出ていたらしい。ダイチがほれみたことかと顔を緩ませる。


「なかなかのバッドエンドだろ」

「なんて話を……いや、わたしが聞いたんですけど」


 これをコモリに聞かせてよかったのだろうかとさえ思うが、建前としてはコモリは寝ているのだから気にしたって仕方がない。

 サクラはやり場のない感情を溜息とともに吐き出す。


「はぁ……てゆーか、まだ終わってなくないです?」


 メリーは消えただけで倒したとは言えないのだから、安心するにはまだ早い。

 ダイチもそんなことは百も承知で、朗らかなキメ顔を作った。


「そうだな、ちゃんとバッドエンドにしてやるよ。オレが始めちまったからな」


 それは理屈を武器に、理不尽からも絶望からも逃げ切ろうとした男の新しい覚悟だった。


「少なくとも、この件が終わるまでオレが戦隊を辞めることはないと誓うよ」

「……っ、ほんとうですかっ! 言質とりましたよ!?」

「はっはっは、オレの言動はサクラちゃんに悪影響だなぁ」


 おどけたように笑いながら、ダイチはさらりと言った。


「ま、期待せずに信じてくれ」

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