4-7 愛しいほどに純粋な

 暗色で塗り固められた無機質な空間。境界線もわからないホロウのアジトへと、メリーは久しぶりに訪れていた。

 異質な空間にいるだけでストレスだというのに、その場には既にホロウとオーバードが待っている。

 待ち合わせの時刻など伝えられてはいないが、メリーは参列が遅れたことを詫びた。


「も、申し訳ありません……遅くなりました……」

「しょうがないよ。いつもの町とは別の場所にいるんでしょ? 空間をつなぐのに手間取ってたみたいだね」

「謝罪なンざ求めてねェから、話があるならさっさとしろ」


 ホロウはともかく、相変わらず粗暴な態度のオーバードに怯えながら、メリーは京都で実行中の作戦について経過報告をした。

 以前から考えていた戦隊の分断計画。それを実行に移したのは、監視していたダイチが出張で町を離れるという情報を得たからだった。

 ココロエナジーが無ければ、サイケシスとしての力は使えない。メリー自身、土地から離れると能力が落ちると想定していた。

 もとより自分の力に期待などしていないメリーは、交渉による戦力の分断を画策していた。しかし、想定を覆す潤沢なエナジーにメリーは計画を修正したのだった。


「目的は戦隊の戦力縮小です。その実現をより達成しやすくなると思い、人質を利用することを思いつきました。

 交渉材料にすれば優位に立てますし、スパイ行為を求めるという無茶な要求をしやすくなります」

「その無茶な要求ってヤツは通ったのか?」

「いいえ? しかし、当初の目的である戦力縮小を最低ラインとすることができました」

「ハッ……ハナからそういう魂胆だったってコトじゃねェか」


 オーバードは不愉快そうに腕を組みながら鼻を鳴らす。

 一方、ホロウは楽しげな笑いを漏らしながらメリーの話に関心を持っている様子だった。


「いいねぇ、メンタル様もキミのそういうところに期待してるんだと思うよ」

「……恐縮です」

「ところで、この町以外でキミが力を使えるほどのエナジーがあったってことかい?」

「はい。戦隊の人間はココロエナジーと呼称しておりましたが……」


 ふーん、とホロウは頷きながら考え込む素振りを見せる。白く無機質で、口も鼻もない仮面をつけたホロウからは、一切の表情が読み取れない。

 それでもコミュニケーションが成立しているのは、ホロウがわざとらしいオーバーリアクションを取るからだろう。

 何かを思いついたように、ホロウはピンと人差し指を立てながら言った。


「不思議だね? ココロエナジーの発現はこの町特有のものだと思っていた。

 いいや、そのはずなんだ。サイケシスの活動にはエナジーが必要で、それが最も顕在化した土地が戦場となってきたのだから」


 外見が子どもサイズのわりに古参の発言をするホロウ。

 唯一、首領であるメンタルとコンタクトが取れることからも、エナジーのことに詳しいことも頷ける。

 意見を求められていると感じたメリーは、数個ほど考えられるパターンを挙げた。


「次点でエナジー顕在化率が高い町なのでは……?」

「星霊のやつらも戦力を集結させるだろうから、そんなことにはならないはずだよ」

「……では、グリーンが京都に移動したからですか?」

「時系列的におかしい。エナジーはそうすぐに顕在化するものじゃない」

「それでは……不思議、ですね」

「そうなんだよ」


 ホロウはココロエナジーについてご執心のようだったが、メリーとしては正直、あまり興味はなかった。

 かつてメリーのことを邪魔したグリーンと、戦隊の主軸となっているピンクへダメージを与えることが興味の対象だった。

 それでも先達であるホロウの話を遮ることなどできない。話題を変えられずに困っているメリーを見かねたのか、それともイラついたのか、オーバードが口を挟んだ。


「簡単な話だろォ? すぐには顕在化しないエナジーが豊富にあるってこたァ、昔からそうだったってだけのことだ」

「オーバード。それならその京都って場所が戦場になっているはずなんだ。それなのにボクたちは違う町で戦っている」

「そンならこの町は京都よりもエナジーがあるってことだ――――戦場になるはずの町を凌駕するほどのエナジー、それに相当する"ナニカ"がな」


 オーバードは前提の情報から筋道を立てて話をしたに過ぎない。

 それでも含みのあるオーバードの発言に、その場は一時静まり返った。


「……何か、って心当たりでもあるのかい?」

「知るかよ。ただの推論だ」


 ぶっきらぼうに吐き捨てたオーバードの言葉で会話の流れが途切れた。

 メリーは息を落ち着かせると、予め用意していた提案を切り出した。


「お話したように計画は実行中です。皆様にお願いしたいのは、計画の成否に関わらず手出しを控えてほしいのです……」

「心配しなくてもテメェと協力する気なンてねェよ」


 サクラが京都にいる以上、ピンクの力に興味があるオーバードは、彼女のいない戦場に用はない。オーバードと意見が一致することは予想できていた。

 メリーが懸念していたのはホロウのことである。首領メンタルに近いホロウが、ココロエナジーの収奪や戦隊の打倒を推進することを優先するならば、ホロウは否定的な立場を取るかもしれない。


「勝手に始めたわりに詳細な報告をするのは、そのお願いが目的かな?」

「あ、あっ……もちろん、理由があるのです。事前に計画をお伝えしなかったのは、軌道に乗ってからお話しすべきと思ったからです」

「べつに許可なんか必要ないけどね。それで?」

「……こちらから人質への危害や二方面へ同時襲撃というアクションを起こせば、緊急時による戦隊の団結を促してしまう恐れがあります。

 戦隊への分断工作は今も進行中ですから、期限のあいだはわたしに一任してほしいのです」

「回りくどいなぁ……孤立したやつから殺してしまえばいいのに」

「そ、それも一つの手ではあるのですが……っ、わたしでは力不足なのと、孤立っ、孤立は精神を蝕みます。それによって齟齬が生じた人間関係は、修復できないまま悪化することもあります。わたしの作戦は物理的には手が届かない箇所へのダメージなのです!」

「あっはっは、必死だねぇ」


 早口でまくし立てるように話すメリーに、ホロウはおかしそうに腹を抱えて笑った。

 その仕草に言葉を詰まらせてしまうメリーを励ますように、ホロウはパンパンと軽い拍手をする。


「いいさ、好きにしたらいいよ。キミの陰険さと計画が狂うことへの恐怖心はよーくわかったからさ」

「い、いいのですか……? 悠長な計画だと、メンタル様がお怒りにはなりませんか……?」

「心配性だなぁ、世界がサイケシスのものになるのは時間の問題だよ。それなら過程がドラマティックで感情に満ちていたほうが楽しめるだろう?」


 ホッと胸をなでおろしたメリーだったが、すぐ横ではオーバードが怒りをあらわにしていた。


「おい、テメェ! オレのときと言ってることが違うじゃねェか!」

「え? なんか言ったっけ?」

「エナジーを早く寄越せだの、お役御免になるだの、催促してただろォが!」

「あぁ……あのときは戦隊なんて邪魔になるだけの障害物と思ってたんだけどね? キミたち、随分と楽しそうに、苦しそうに戦うじゃないか。

 そういう感情を撒き散らしてくれるなら大歓迎ってことだよ……あと、オーバードは怒らせたほうが感情的になって愉快だしね」

「クソがっ!」


 オーバードはホロウめがけて乱暴に腕を振り下ろすが、ホロウはゆらりと影を残して背後に回った。

 種も仕掛けもわからない。メリーでも力の操作を感じ取れない自然な移動で、力量差は明らかだった。

 オーバードもそれを承知で怒りを持続はさせないし、ホロウも当然、喧嘩を買うような真似はしない。


「イライラさせンじゃねェよ……ったく」

「病み上がりだもんね? お大事に」

「あァ!?」


 いっそ天然かと思えるくらいナチュラルに煽り倒すホロウに、オーバードはいちいちキレかかる。そうかと思えば、オーバードは自己嫌悪するように頭を押さえた。


「鬱陶しいぜェ、まったくよォ……」

「キミが苛立つのは出自からして仕方ないよ。適性があったキミをサイケシスとして作り変えたとき、キミの心には怒りと知識欲しかなかったんだから」

「一ミリも覚えてねェ」

「だろうね。器官から変化してるんだから、覚えてないほうが正しいよ」


 サイケシスの首領メンタルは、ココロエナジーを失ったものを支配する力を持つらしい。サイケシスの怪人はその応用で作り出されていると、メリー自身も聞かされていた。

 ふと、オーバードは黙り込んで気配を消しているメリーのほうを見て、眉を持ち上げた。


「コイツもそうなのか?」

「ああ、そうだね。メリーはこの世界に来てからの新参だけど、要領は同じだよ。どんな感情が残ってたんだっけなぁ……抑圧、嫉妬、後悔ってところかな」

「お似合いじゃねェか」


 少しだけ面白そうにしているオーバードを見て、メリーはこれが彼の知識欲による部分の発露なのだろうかと考える。ピンクの力への執着も知識欲から生じるものだとすると、メリー自身の行動にも根源となる感情が影響している可能性がある。たとえば、グリーンに対しての執着は、計画を邪魔されたことへの嫉妬から生じるのかもしれない。

 フッと思考の海に沈んだメリーが目線を上げると、ホロウが目の前に来ていた。


「メリーが人間社会のルールを自然と理解できるのは、過去のおかげかもしれないね」

「記憶はなくとも、身体が覚えているのでしょうか……」

「そうなんじゃない? サイケシスの精神構造なんて調べたことないけどさ」


 興味深い話ではあったが、メリーがこの場で最も主張したいことは計画を続行したいということである。

 こうして時間を割いて報告をしているあいだも、できればグリーンたちの監視をしていたいところだ。あくまでメリーは、それを邪魔するなと釘を刺しに来ただけなのだ。


「とりあえず、わたしの意図を尊重していたたけるということでよろしいのですね……?」

「いいとも。良いお土産を期待しているよ」

「ご配慮いただき感謝いたします。朗報をお持ち帰りできるよう尽力して参ります」


 言いたいことが伝わり、用件が済んだとなればメリーが居残る意味はない。風のように退散しようとした矢先、ホロウが思い出したように引き止める。


「そうだ。ピンクの来訪はマイナスの想定外だろう? そこへのフォローは必要ない?」


 帰ろうとしたところを邪魔されて、メリーは気分を害されたような感情が湧き上がる。

 それを押さえ込み、取り繕った声で、平身低頭、私情を挟むことなく断らなければならないと思った。


「数的有利というのは、人間にはあてはまりません。意見が対立すればすぐに内部から崩壊します。

 特に、正義などという激しい主張はそれを引き起こしやすい。清濁併せ呑むことのできない純粋な相手に、許容しがたい問題を投げかけるだけで、簡単に分断できます」


 メリーの舌が回りだす。自身でも抑えられない。抑える必要がない。


「そして人は言葉に惑わされやすい。耳だけは閉じれませんから、思考への侵入がたやすいのです。思惑どおり、戦隊のピンクはとてもお悩みのご様子でした。

 ――とても、愛おしくて、扱いやすいとは思えませんか……?」


 メリーの口の端から恍惚とした笑みが漏れ出すのを、ホロウとオーバードは目にした。


「……そうだね。引き止めて悪かったね?」

「いえ……それでは」


 今度こそ姿を消したメリーは、京都の町へと戻っていった。

 ホロウはしばらく立ち尽くしていたが、立ち上がり帰ろうとするオーバードに問いかける。


「どう思う?」

「……気色悪ィ女だ」

「ははっ、容赦ないなぁ!」


 再び動作を止めたホロウを怪訝な眼差しで睨みつつ、オーバードはその場から離れる。

 それに気付かないのか、ホロウは抑揚のない声色で独り言のように呟いた。


「純粋すぎる正義は愛おしくて扱いやすい、か……そういう意味では、ボクは彼女も同じように見えるけどね」


 オーバードはその呟きが聞こえていたが、あえて反応はしなかった。

 ホロウは去りゆくオーバードの背中から視線を外し、誰に宛てるでもなく言った。


「彼女は純粋すぎる悪だよ」

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