3-10 魔法少女たちはご存じない

(どうして突入するタイミングっていつもピンチなんだろう……)


 派手に一発かましながら現れたサクラは颯爽とマネヤンの前に躍り出る。

 ヤングレーの本能だろうか、マネヤンは突然現れたサクラに対して既に臨戦態勢をとっていた。

 格好よく登場したサクラだったが、実はあまり状況を把握できてはいない。

 困惑を隠しながらも構えは崩さす、マネヤンの出方をうかがいながら周囲に目を配る。

 いったい、先に侵入したはずのノワールはどこにいるのだろう。


『いい? とにかく敵をひきつけておきなさい』


 ノワールはそれだけ言うと、さっさと一人で消えてしまったのである。


(勝手なこと言うなり、どっかいっちゃうんだから……!)


 突入前に姿を消したノワールを探すと、手際よくメイカとパニィの安全を確保していた。

 サクラはホッと胸をなで下ろすが、考えてみるとていよく囮にされた形になる。

 釈然としない気持ちになりつつもサクラは気を取り直す。


「……まぁ、いっか。メイカさんが助かったんだから!」


 マネヤンと戦うことに異存はない。扱いが雑なことが少し気に入らないだけだ。

 サクラは雑念を振り払うようにスーッと息を吐いて正面を見据える。

 戦況は先程から一ミリも動いていない。

 戦う意思はあるようだが、マネヤンは不気味なほど微動だにしなかった。



     + + +



 二人の縄を解いた後、ノワールは戦闘領域から十分に距離をとっていた。


(時間を止めてこちらに来たら、距離なんて意味ないけど)


 そこはサクラの魔法少女としての誘引力に期待するほかなく、不確実さにノワールは苦々しく顔をしかめる。

 メイカはマネヤンと対峙するサクラを心配そうに見つめながら、ノワールの顔をチラチラと気にしていた。


「何か?」

「いえ、助けていただき感謝いたしますわ」

「……礼は結構よ」


 マネヤンを倒すためにはサクラの協力が必要不可欠であり、そのためには人質を見捨てるわけにはいかない。

 ノワールは目的を遂行するために合理的に動いただけであって、感謝される筋合いはないというのが本音だった。

 無愛想な返答になったにも関わらず、メイカは少し安堵したように落ち着いた声でたずねる。


「あなたは……魔法少女ですの?」

「ええ、そうよ」

「……あの子も?」

「……えぇ、まぁ」


 簡潔に答えるとメイカは少し考える様子を見せながらはっきりと言った。


「あなたたちがパラノイアと敵対しているのは聞いていますわ。

 ですが、今はこの子のことは後にしてほしいの」


 パニィを視線で示しながら話すメイカの意図をノワールは一瞬、把握できなかった。


「どうして助けてやったのに、わたしがパニィをどうこうしなきゃならないのよ」

「魔法少女はパラノイアと戦っているのでしょう?」


 それを聞いてノワールはメイカの言いたいことを理解した。

 どうやらノワールとサクラのことを魔法少女としてひと括りにしているらしい。


「え……ああ、そういうこと。

 わたしは違うわ。普段パラノイアと戦ってるのは、あっちの子」

「……どういうことですの?」

「わたしは悪い魔法少女なのよ。

 今は暴走したヤングレーを倒すために一時共闘してるだけ。

 ……だから、パニィに手出しをするつもりなんてないわ」


 わざわざ自らを悪く言う必要はないのだが、メイカがサクラ側の陣営である以上、そこはノワールにも立場というものがある。

 メイカは状況を飲み込もうと苦心していたが、首をひねりながら苦笑いを浮かべた。


「とりあえず、敵ではないということですわね」

「その認識でいいと思うわ」


 軽く微笑むノワールを見て、今までメイカの影に隠れながらこそこそとしていたパニィが顔を出す。


「え、えへへ……ノワっち、許してくれるん?」

「ええ、あなただけの責任ではないし」

「よかったぁー! 今回こそは首の一本や二本イカれるんじゃないかって心配したし――って、イタタタタタタタ!!」


 のこのこと近づいてきたパニィの腕を取り、ぐいっと腕をキメるノワール。

 顔こそ澄ました笑顔ではあるが、目は笑っていない。


「首だと一本しかなくて可哀想だから腕の一本で許してあげる」

「ギブ! マジ! ホントにウチが悪かった! もうしない!」

「あ、あなた! その辺にしてあげて!!」


 ギリギリまで締め上げたところでパニィを解放する。


「無事に帰れたらお説教よ」

「うぇー」

「それと、あのヤングレー倒すわよ、いいわね」

「……うん、お願い」


 シュンとしたパニィを視界から外して、ノワールは戦場へと足を向ける。

 しかし、思い出したようにメイカに紙袋を投げて渡した。

 いきなりの行動に慌てて受け取ったメイカは、中身を確認する前にたずねる。


「なんですの、これ」

「あなたを探している途中、爺やって感じの方から預かったものよ。

 心配してたわ。お嬢さまをお願いします、って」


 そのとき、後方で激しい殴打の音が鳴り響いた。

 ノワールは瞬時に意識を戦闘モードに切り替えて、サクラのもとへと駆け寄った。



     + + +



 殴った、と思いきや、殴り返されていた。

 サクラは血の味を唾ごと飲み込んで、悔しげに頬をさすった。


「ったぁ……顔面殴るかな、ふつー」

「無策で飛び込むからよ」


 いつの間にか横にいるノワールが愉快そうに微笑む。

 その態度には腹が立つが、ノワールが味方でいてくれることは心強い。

 サクラはマネヤンの動向を気にしつつも相談をする。


「ノワールには考えがあるんだね」

「当然よ」


 この短時間でよく思いつくものだとサクラは感心する。

 メイカに会うために連絡をするもつながらず、ビートリングの反応も辿れない。

 これはおかしいと捜索したところ、メイカの運転手から行方不明、正確には約束の時間になっても戻ってこないとの情報を得た。

 トラブルに巻き込まれたのだろうと必死に探し回り、つい先程メイカとパニィの反応を同時にキャッチしたのである。

 ちょうど建物の真上を飛んでいるときだったのは幸運としか言いようがない。


「今度こそちゃんと説明してよね」

「今度こそ?」

「突入のときだよ! 雑な指示だけ残してさぁ……」

「あなた、それでできるじゃない。

 それに敵の前でちゃんと説明なんかできるわけないでしょ」

「うっ、じゃあ、どうするの?」

「考えならあるから、ひたすら突撃しなさい」

「……えっ、わたしだけ!?」

「そうよ」


 そんな無茶な、と思いながらも前へ出るサクラ。

 乱暴な物言いだが、ノワールへの信頼はある。

 何か考えがあるというのなら、それは必ずあるのだ。

 サクラはこれまでの経験から判断し、不満を抱えつつもマネヤンに向き直る。

 マネヤンは相変わらず自ら動く気配はなく、サクラの攻撃を待ち構えているようだった。


「カウンター狙いってわけね。

 時間停止は強力だけど、相応の金銭を消費する。それを極力抑えたいということよ」


 ノワールが丁寧に解説をしてくれた。

 敵が賢いとわかったところで、サクラのできることに変わりはない。


(届くと信じて――打つ!)


 サクラも無謀に攻撃を仕掛けていたわけではない。

 時間停止が自動発動じゃないと仮定し、マネヤンの認識外から攻撃をしようとしていた。

 時間が止まる前に攻撃するか、時間を止められても攻撃できればいいのだから。


(時間を節約しているなら好都合……ギリギリまで予備動作を誤魔化せば――!)


 ――と、気付いた瞬間に拳は振り抜け、マネヤンがサイドから攻撃を仕掛けていた。


(やられる――!)


 衝撃に備えて腹に力を入れる。

 マネヤンの腕が大きくしなり、サクラの背骨を砕くかのように斜めに振り下ろされた。

 瞬間、サクラの背後で何かが弾けるような音が鳴り、マネヤンが反動でずり下がる。


「えっ、なんで――」

「魔法障壁よ」


 ノワールが放った魔力の残滓がサクラの背中に降り注ぐ。

 魔法障壁は一度の攻撃ならば大抵は防げる効果を持つ、魔力で作られた壁である。

 高レベルの魔法でサクラは扱えた試しがないが、ノワールの魔法障壁にしてやられた経験なら幾らでも覚えがあった。


「障壁なんていつ張ったの!?」

「攻撃箇所を予想して事前に用意しただけよ」

「そんなことできるの?」

「マネヤンはあなたの攻撃に応じてカウンターをしてくる。

 それならば、あなたの攻撃を読めば自ずとマネヤンの攻撃も読めてくるってわけ」


 言うほど簡単ではないはずだ。

 ノワールの魔法のセンスと技量にサクラは舌を巻く。


「はぁ……わたし、フェイントかけてたんだけどな」

「あなたのフェイントぐらいわかるに決まってるでしょ、傍目から見てれば」


 戦闘中に落ち込むようなことを言わないでほしい。

 しかし、そういうことならこの先は単純だ。

 サクラは心をチクチク刺されながらも、すぐに復活してニッと笑った。


「じゃあ、ノワールが守ってくれるから、わたしはアイツの残金がなくなるまで攻撃を続ければいいってことだね?」

「わたしの魔力が尽きない限りね」

「……いける?」


 マネヤンの胸部には『50,000,000』の数値が光っている。

 前回の戦いの二百万とは桁が違う五千万という数字にサクラは心配になった。

 ノワールはサクラにいつも見せる不敵な笑みを浮かべると、さらりとした口調で言い放つ。


「当然よ、わたしを誰だと思っているの?」


 実は先程の交戦でノワールはマネヤンの金銭消費と自身の魔力消費を比べていた。

 しっかりとした裏付けのもとに、ノワールはいけると判断して作戦を開示したのである。

 だがサクラにはノワールが自信たっぷりに断言するだけで十分だった。

 それこそが大丈夫だという根拠として成立すると、お互いにわかっていた。


「おっけー、いくよ!」

「そっちこそ、先にへばるんじゃないわよ!」


 サクラは障壁による防御を信じて、真っ向からストレートに拳を放つ。

 一瞬、意識と視界にラグのようなものを感じると、マネヤンが正面に弾かれていた。

 自然と追い討ちをかけようと突っ込み、再度、目の前が途切れたようにズレる。

 今度はマネヤンが真下にいたので、サクラは慌てながらステップを踏んで距離をとった。


「おっとと……ノワール! これでいくら!?」

「およそ四千五百万! 今の追い討ちは良かったわ、体勢を崩したほうが多く削れる!」

(褒められたのは嬉しいけど、声高々に金額を叫ぶのはなんかなぁ……)


 サクラは苦笑いしながら頬をかいたが、数値が見えるというのはある意味楽しかった。

 確実にダメージを与えている実感があり、ゲーム的な面白さを感じられる。


(でも攻撃が当てられないのは悔しいかも)


 パシッと手のひらに拳を打ちつけ、サクラは気合を入れなおした。


(今は倒すことに集中するんだ……!)


 マネヤンを確実に倒せるならば手段を選んではいられない。

 二人がかりで体力ならぬ財力を削るようなやり方でも、やり通す。

 ノワールがここまで協力してくれるほどの相手に遠慮なんてできない。


「……でも、なんか虚しいなぁ」


 マネヤンの数値が減るたびに浪費されていく金額のことを考えると、サクラは自分のものでもないお金の行方に憂鬱な気持ちになるのだった。



     + + +



『00,070,000』


(……おかしい)


 ノワールは得体の知れない焦燥感から逃れるように思考を巡らせていた。

 数値は着実に減らし続けているというのに、マネヤンの攻撃の手が緩まない。

 そろそろカウンターを諦めて通常攻撃に切り替えてもいい頃だ。

 マネヤンは時間停止だけでなく、身体強化にも金銭を消費して強力な一撃を放つことができる。

 このままでは攻撃に回す資金が尽きてしまうのに、それを気にする様子もない。


(ヤングレーといってもそれなりの知能はあるはず、あの個体ならなおさら。

 どうしてカウンターを失敗し続けているの?

 何か意味があるというの……?)


 ただの馬鹿ならそれでいい。

 しかし、そうではないとしたら――


「あとちょっと! 二重の意味でカウンターストップだ!」

「馬鹿なこと言ってんじゃ……」

(カンスト……?)


 マネヤンの電光掲示板は間もなく、ゼロが八個並ぼうとしている。

 借金によるマイナスという概念がなければ、数値がゼロになった時点で無力化するはずだ。


(むしろ下限がないほうが弱体化するかも……いや、下限?)


 ふとノワールの脳裏に最悪のイメージが湧き上がり、鋭い声で叫ぶ。


「止まりなさい、ピンキーハート!」

「えっ――――」


 ――魔法障壁は貫かれ、サクラが宙を舞った。

 ノワールはとっさに駆け出し、意識が朦朧としているサクラを滑り込みで抱きとめ、地面へ墜落するのを防いだ。

 警戒したままマネヤンの数値に目をやると、思わず息を呑んだ。


『99,999,999』


「……ウソでしょ」


 口をついて出た言葉にサクラが反応し、遅れて驚愕する。


「何あれ!? バグったの!?」

「いえ、オーバーフローよ」

「どういう意味?」

「最初から数値が溢れていたんだわ……つまり、奴の持ち金は一億以上あったってこと」


 胸部の電光掲示板の八桁の数値は、表示限界であって実数値ではなかった。

 マネヤンは残りおよそ一億、いやそれ以上の資金をまだ蓄えているかもしれない。

 急速に冷え切っていく身体を震わせながら、ノワールは息を漏らした。


「……もう、勝てないわ」

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