2-9 新たな幹部 メリー・コランは強くない

 イズミが駆けつけたときには、ヒナタは相変わらず大量のノロイーゼに囲まれていた。

 信念や覚悟は立派であると認めなくもないが、結果がこれでは認められはしない。

 イズミは愚痴をこぼす暇もなく、ノロイーゼごとヒナタに冷や水を浴びせた。


「マインドシューター! ストリームモード!」


 イズミの武器から放たれた極太の激流がノロイーゼたちを押し流していく。

 活動停止させるほどの威力は期待できないが、戦況を仕切りなおすにはもってこいの技だ。

 イズミはノロイーゼたちが戦線復帰する前に、頭を抱えてくらくらしているヒナタに駆け寄る。


「頭は冷えた?」

「……ずぶ濡れだが」


 ヒナタにしては珍しく不満気な声に、イズミは不思議と好感を持った。


「熱血で突っ走るよりマシでしょ、それよりも」


 イズミが視線で示す先では、早くもノロイーゼたちがうごうごと復活を始めている。

 水流で一箇所に固まった集合体は、一匹の不恰好な生き物のようにさえ見えて気持ちが悪かった。


「あれ、なんとかしなくちゃ」

「当然だ。しかし、闇雲に攻撃するだけでは前と同じだぞ?」


 ヒナタの馬鹿みたいな火力の乱打は周囲の建物やイズミにまで被害が及ぶ。

 かといって、イズミが水流で仕切りなおすだけではらちが明かないし、各個撃破するには数が多すぎる。


「力を合わせるの、戦隊なんだから」

「そうか! つまり……具体的に頼む」

「わたしが水流でノロイーゼを一箇所に集めるから、あんたはそこを狙って最大火力を打ち込む。オーケー? 理解した?」

「なるほど! 心得た!」


 ばらけながら向かってくるノロイーゼを押し返すように、イズミは再度、水流をぶつける。

 隣ではヒナタがボルカノンモードを発動する体勢に入っている。


「あんたと建設的な意見が交わせるだけで感動」

「……すまなかった。どうしてもノロイーゼの脅威を見過ごすわけにはいかないんだ」


 着実にエネルギーを溜めながら謝るヒナタに、イズミはぶっきらぼうに答えた。


「その信念は立派だけど、それであんたが死んだら意味ないじゃん」

「意味?」

「妹さんを守るために戦うんでしょう? だったら無茶なんてしてる場合?」


 そのとき、イズミの巻き起こす水流によってノロイーゼたちが正面で一塊となった。

 今だ、とイズミが合図をするよりも先に、真横でエネルギーが急速に膨らんでいくのを感じた。

 ヒナタの横顔は勝手に思い描いていたよりも険しく見えた。


「ソウルシューター! ボルカノンモード!!」


 腹の底へズドンと重く響くような爆音とともに、目をふさぐような紅の閃光が辺りを染める。

 変身していなければ目も耳もおかしくなりそうな一撃を至近距離で放たれ、イズミはやっぱり嫌な気分になった。


(……まぁ、理由はわかったけど)


 サクラの言うように、知ることでつけられる心の折り合いはあるようだった。

 素直に認めるのは癪だが、ヒナタのことをある程度は許容できるようになっていた。


「やったか!?」

「それフラグ――――」


 ぐわん、と唐突な身体の強張りを感じた。

 夢の中で高いところから落ちて目覚めるような不快な浮遊感。

 周囲は夜の闇よりも黒く、明らかに現実とは異なるような空間だった。


「何ここ……どうなったの!?」

「わからない! 絶対にそばを離れるなよ!」

「カッコつけんな! 言われなくても狭くて無理! えっ、ていうか狭いんだけど!」


 イズミとヒナタが落とされた真っ暗な空間は、一歩進めば何かにぶつかるような範囲しかない。

 ロッカーよりは広いが、試着室よりは狭いといった微妙なスペースに二人きり閉じ込められたようだった。

 こうなった原因もわからずにいると、頭上からか細い声が聞こえた。


「空間をずらせるほどの爆発を利用して、隙間を作らせていただきました。

 あなたがたはその隙間に落ちたんです」


 二人は声のするほうへと顔を上げたが、真上らしき方向は周囲と変わらない暗黒が広がっている。

 立たざるを得ない空間だからこそ上下を認識できているが、そうでなければ方向感覚が狂ってしまいそうだった。

 イズミは正体のわからない声に向かって、困惑をなるべく抑えた声色で言った。


「あなたは誰? ここは、どこなの?」


 言ってしまった後で、なんとも劣勢さを感じさせる質問だとイズミは悔しく思った。

 そんなことは知るよしもない天の声は、優位に振舞うことも、馬鹿にすることもせず、むしろ卑屈気味に答えた。


「あぁ、すみません……面と向かって挨拶もできないわたしをお許し下さい。

 わたしの名はメリー・コラン。

 末席ではありますがサイケシスの幹部として、あなたがたの敵となる者です」


 世界征服を企み暗躍する組織の幹部としてはあまりに弱々しい自己紹介だった。


「敵ってことは、すんなり出してはくれないわけ?」

「残念ながらそうなります……そこは空間の狭間。

 エネルギーの過剰な集中などがあると、空間自体にも裂傷ができます。

 普通の人には見えないでしょうし、普段は気付かれることもなくふさがるものですが……」

「そこに意図的に落としたってこと」

「はい」


 空間のバグみたいな隙間に閉じ込められたらしいと、イズミは理解した。

 サイケシスはオーバードのように好戦的な相手だと思っていたため、メリーのような顔も見せないタイプがいるとは思いもしなかった。


「くっ、やってくれるじゃん……!」


 イズミが毒づくように吐き出すと、メリーは声を震わせながら言った。


「ご、ごめんなさいぃ……!」


 流石に堂々と謝罪されるとは思ってもいなかったイズミが呆れていると、メリーはなおも言葉を続けた。


「本当に、わたし強くなくて……こんなことしかできないんです……すいません……」


 そう何度も弱気な態度を見せられると、イズミの顔から緊張の色が抜けていく。

 落ち着いてみると、ヒナタが黙り込んでいることに気付いた。

 ヒナタの表情が気になり、身体の向きを変えようとした瞬間、イズミは違和感を覚えた。


(……さっきより狭い?)


 いつの間にか背中合わせとなる形で立っていたイズミとヒナタ。

 その足元は先ほどまでの踏み出す余裕すらなくなりつつあり、身体を反転させることすら困難だった。

 イズミはふとメリーの言葉を思い出す。


『エネルギーの過剰な集中などがあると、空間自体にも裂傷ができます。

 普通の人には見えないでしょうし、普段は気付かれることもなくふさがるものですが……』


「まさか……ふさがるって、そういうこと!?」

「ごめんなさい……わたし戦闘って苦手で……」


 追い詰められていることを今更、再認識させられたイズミへと、弱々しくも不穏さを増した声色で謝罪が降り注ぐ。

 メリーの言葉の一つ一つがネガティブな発言ではあるが、こんな状況では優勢さなど微塵も感じられない。


「これは、まずいぞ……」

「あんたに言われなくても……!」


 一言も喋らなかったヒナタは、とっくに窮地である状況に気付いていたらしい。

 メリーの卑屈さに気をとられていたイズミは強がることもできず、焦るように頭上を見上げた。

 黒で埋め尽くされた視界では、距離感がまったく掴めない。

 それでも着実に増していく圧迫感だけが、事態の無慈悲な終息を予告している。

 腕を上げることすらできなくなった二人に、メリーが弱気な台詞を落とした。


「わたしにできることなんて、限られてますから……」


 卑屈も度が過ぎれば痛々しいだけの凶器となる。

 イズミは一瞬でもメリーへの警戒を解いたことを後悔した。


「弱者のわたしには、更に弱い相手を追い詰めて、確実に仕留めることしか、できないんです……」



     + + +



 お互いの視線が交差する。

 判断の応酬が繰り返されるたびに、サクラもオーバードもスピードを上げていく。

 攻撃、防御、反撃、応戦。一つのミスも許されない状況下で、どちらも譲ることはない。

 その挙動は徐々に正確さと力強さを増大させていき、果て無き戦いが続くかのように思われた。


「どこまで、強くなりやがるンだ……テメェはよォ!」

「そっちこそ! いい加減にしてくれないかな!」


 サクラは内心、驚愕していた。

 この戦闘の中でサクラの力は最高域に達しており、一秒一秒、更新され続けている。

 長年の魔法少女としての経験と、戦隊としての訓練染みた激戦の日々が、サクラの能力をここまで押し上げていた。


(わたし、ここまで動けるんだ……なのに!)


 パラノイアとの戦闘では出したことのない力に驚きつつ、それでも圧倒することのできないオーバードの実力に衝撃を受けていた。

 自分はどこまで戦えるのか、そして相手はどこまでついてくるのか。

 サクラにとって、ピンキーハートとハートピンクの二重変身が最大火力であることは間違いない。

 その力の限界が相手よりも劣るとすれば――


(……負ける?)


 背筋がゾッとした。

 単純明快な現実を突きつけられ、自らを奮い立たせるように頭を振った。


(いや、そんなことない! 諦めるな!)


 久しく味わっていなかった純粋な危機感に、ひりひりとした肌を焼くような焦燥感も合わさる。

 決して自惚れるわけではないが、魔法少女も戦隊もサクラが折れては成立しないという自負がある。


「こんのぉ!!」


 勢いをつけて放った拳がクリーンヒットし、オーバードが受け止めながら後ろへと下がる。

 追い討ちをかけたいところだがサクラにも余力はなく、互いに一息入れる展開となった。

 サクラが呼吸を整えていると、オーバードが感心したように低く笑った。


「やるじゃねェか、ピンク野郎がよォ……」

「はぁ、はぁ……女の子、なんだけど」

「うるせェ、強けりゃ野郎だろうと女だろうと関係ねェ。

 このレベルにおいちゃァ、肉体や物理的要因なんざとっくに超越してンだからよォ」


 サクラとしてはオーバードの大柄な身体によるリーチ差に苦しめられたため反論したいが、そんな場合じゃないと自重した。

 今はなんとか魔法少女ブーストで、速度による手数で対抗できている。

 しかし、このまま競り合いが続けば、どこでその均衡が破られるかは定かではない。

 オーバードが先に力尽きれば問題はないが、見る限りその目は薄そうだ。

 あと一歩、こちらに力が足りない。


(あのときのブレイブバズーカの威力が出せれば……)


 先日、橋の上でオーバードを撃退したあの威力があれば、戦力は充分だ。

 しかし、サクラ一人ではどうにか発射までは持っていけるものの、その後の命中精度の保障はできない。

 二重変身状態でなければ発射すらできないし、それでも明日に響くほどのダメージがある。

 デメリットだらけの最終兵器であることに加え、最大の問題は――


(きっと、わたしだけではあの威力は出せない)


 攻撃に必要なエネルギーの充填は魔法少女の魔力がほとんどだろうし、狙いがつかないことを度外視すれば、材料は揃っているはずだ。

 それでも最大火力のブレイブバズーカには及ぶことはなく、あの日の威力は再現されたことはない。

 揃っていないものがあるとすれば、メンツ。

 発射台として支えてくれていただけのはずなのに、戦隊メンバーが揃わなければ、ブレイブバズーカの出力は最大限に発揮されないのである。


(どういう理屈なのかはわからないけど、わかるような気がする。

 戦隊の力はみんなが揃っているときこそ、真価を発揮できるんだ)


 その力が今まさに必要だと、サクラは強く思った。

 魔法少女の経験を後押ししてくれるパワーがあれば、現状を打破できる。


(お願い……イズミ、ヒナタさん。早く来て!)


 それまではピンキーハートの名にかけて、耐え抜いてみせるから。

 サクラは気持ちを新たにし、グッと構え直した。


「さて、第二ラウンドといくかァ!」


 短い休息を終えた両者が再び打ち合う。

 先程よりも加速している力量の最高値の比べ合いに、サクラは息を呑んだ。


(やばい! 本当に早く来て二人とも!)


 焦るサクラだったが、不意に疑問が脳裏をよぎった。


(……ていうか、戦隊のシステムってうちの揃わない戦隊と相性悪いんじゃあ?)


 揃わない戦隊という概念が謎である。それに戦隊は全部で五人である。


(自然と二人しか呼んでなかったけど、五人揃ったっていいんだからね!)


 誰にあてるでもないサクラの怨念じみた思いは、目の前のオーバードへと発散された。


「ほォ、拳が鋭くなりやがった……そろそろキレてきたか?」

「そんなんじゃないよ!」



     + + +



 一方、大爆発を聞きつけて遅ればせながらやってきたダイチは、震源地のパッと見の平穏に不審なものを感じていた。

 脳が痺れるほどの爆音だったというのに、建物も道路も壊れている様子は見て取れない。


『今回は本当にピンチです! 抜け出せるタイミングで早く来てください!』


 などと、シシリィが騒ぎ立てるので、仕方なく時間を時間を作ったというのに。


「ってか、ピンチじゃないときなんてあるのかね……」


 戦隊の出番なんて大なり小なり世界の危機ってやつなんじゃないかと、ダイチはグリーンの格好のまま町をうろつく。

 周囲は静けさに包まれており、破壊の痕跡は一片たりとも見つからない。


 ――それが、おかしい。


 幾ら夜とはいえ通行人や自動車が一つもいないというのは異常である。

 あの破壊音は確実に何かを壊している。目に見えない、日常という何かを。

 ダイチは慎重に建物沿いを進み、警戒しながら大通りを歩く。


(……あれか?)


 一瞬、幽霊でも見たかのような錯覚に陥った。

 次第に認識は確かになっていくが、それでもダイチはそれを人間とは思わず、化け物と判断した。


 夜、ひと気のない大通りのど真ん中で、異質なほど白いワンピースを着た女が真下を向いて突っ立っている。

 足元には何もないように見えるが、女の視線は明らかに真下に釘付けになっている。


「……っ…………ぁ」


 距離が遠すぎて内容まではわからないが、下を向いたまま喋っているようだ。

 ダイチは考えた。あれが爆発の原因として、あんな不気味なやつを自分がどうにかできるのか。

 物陰に隠れたまま様子をうかがっていると、不意に女が顔を上げた。


「おやすみなさい」


 女の口元は笑っているように見えた。

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