2-7 お宅訪問 案外、自分のことだってわからない

 イズミがヒナタのことをわかるようになる――

 とは、具体的にはどうすればいいのだろう、とサクラは首を傾げた。


「とりあえず、ヒナタさんと話すことからだよね」

「どうすんの? わたし、あいつの連絡先なんて知らないけど」

「これで通信できるんじゃないかな」


 サクラが腕につけているビートリングを示し、通信を試みる。

 しかし、何度か名前を呼んでみるものの反応はなかった。


「うーん、出ないなぁ……」


 ヒナタはすぐに返事をくれるような気がしていたので、肩すかしにあった気分だった。

 もしや気付いていないのか、と諦めきれずに呼びかけていると、イズミが不満を漏らした。


「ていうか、その脳内ダイレクトな通信システム、重度のプライバシー侵害アイテムじゃない?」

「わたしに言われても困るよ」

「……それもそうね、ちょっと猫ー、聞きたいことあるんだけどー?」


 イズミが乱暴にシシリィを呼び出すと、ほどなくしてふらっと姿を現した。


「どうしました?」

「この腕輪の通信機能切れない?」

「えっ、どうしてですか?

 緊急時にサイケシス出現を報せるために有効ですよ?」

「だからって、頭の中から声がするの嫌だし、無視しても鈴の音がうるさいし。

 せめて、緊急時以外は着信拒否したいんだけど」


 シシリィは意図を汲みかねるように首を捻った。


「緊急かそうでないかを自動的に判断することは難しいです。

 それに念話は装着者の魂にリンクしたことで使える副次的な機能でしかありません」

「そんなこと――いや、待って……わたし、魂へのリンク許可なんてした覚えないんだけど」

「そこは自動的にされます」

「……魂へのアクセスを許可しますか? はい、いいえ、とかないの?」

「ないです。いいえにされたら変身できませんし」


 しれっと答えるシシリィを前に、イズミは手を開いたり閉じたりして気持ちを抑えている。

 辛うじて堪えて、重い、重い溜息を吐きつつ、イズミはいまだヒナタを呼び続けるサクラに声をかけた。


「何、まだ出ないの、あいつ」

「はい……戦闘じゃ、わたしより先に現場に駆けつけるくらい反応早いのに」


 サクラは応答がないビートリングを不思議そうに見つめる。

 シシリィも同調するように考え込む素振りを見せ、悩むように喉を鳴らした。


「声が届いていないことはないでしょうから、衆人環境下にいるか、睡眠状態で気付いていないのではありませんか?」

「ってか、無視してんじゃない?」


 イズミはともかく、ヒナタがそんなことをするかとサクラは思ったが、流石に口にはしなかった。

 しかし、外面や印象ばかり捉えて、ヒナタの実情を知らないのはサクラも同じである。

 熱血お兄さんと思いきや、サイケシスが現れない普段は、ダウナーなオフモードを過ごしていたりするかもしれない。


(……そんなの想像つかないけど)


 知らなければわからないし、始まらない。

 サクラは思い切った提案をした。


「よしっ、家庭訪問しよう!」

「は? 今から? あいつの?」

「もちろん、善は急げって言うしね」

「……善なの?」


 いまいち乗り気じゃないイズミをよそに、サクラは意気揚々とシシリィに訊ねる。


「シシリィ、ヒナタさんのお家ってわかる?」

「ええ、ご案内しましょう」

「……あんた、わたしの家は勝手に教えないでよね。確認とってよね」



     + + +



 案内をするシシリィを先頭に、サクラとイズミが夕暮れの街角を歩く。

 イズミの言うようにアポ無し訪問は憚られたので、道すがら何度か呼びかけてみるも応答はなかった。


『サクラです。今、イズミと一緒にお家に伺う途中です。よかったら返事お願いします』


 やはり反応はなく、シシリィの言葉通りに対応しづらい環境にいるのかもしれない。

 ビートリングは念じれば通信することが可能だが、誰かと一緒のときは使いづらい。


「ねぇ、シシリィ。ヒナタさんに言葉は届いてるんだよね?」

「そのはずです。魂レベルで拒絶されたら届かないかもしれませんが、戦隊同士ですから」


 シシリィの説明を聞いて、イズミが睨むように目を細めた。


「わたし、拒絶してたときも声届きっぱなしだったんだけど」

「それは魂の底では拒絶してなかっ、わぁっ! ちょ、尻尾を掴もうとするのはやめてください!」


 跳ねまわって逃げるシシリィを追いかけるイズミを見て、サクラはつい吹き出した。

 黒髪ロングの見た目や刺々しい口調からクールな印象を与えがちなイズミだが、本人はわりとすぐに沸点に達するキレキレ女子である。

 少しでも付き合いがあれば、イズミのことを"落ち着いた大和撫子"だとは思わないだろう。


「ねぇ、イズミって普段からそんな感じなの?」

「はぁ、はぁ……あの猫め……って何、そうだけど?」


 シシリィの尻尾を追う手を止め、息を整えながら答えるイズミ。

 前を見るとシシリィはだいぶ離れたところを、後ろを気にしながら歩いていた。

 サクラは苦笑しつつ、興味を隠さず素直に訊ねた。


「その態度でも、見た目とキャラが違うって言われるものなの?」


 イズミは一瞬、眉をぴくっとさせた。

 しかし、シシリィとの交戦で消耗したからか、諦めたように溜息を吐いた。


「はぁ、普通それ聞く?」

「イズミのこと、もっと知りたいなって思って」


 ヒナタのことを知ることも大事だが、イズミのことだって知らないことはたくさんある。

 戦闘以外で話す機会は今のところ少ないし、戦闘中にはこんな話をする余裕はない。

 イズミは話すことを渋っていたが、ゆっくりと口を開いた。


「一年のときは……猫かぶってた、っていうか」

「えっ、呼びましたー?」

「呼んでないっ!」


 遠くを歩いていたシシリィをぴしゃりと怒鳴りつけ、イズミは気を取り直した。


「部活もそれで辞めたし」


 素っ気ない一言の中に、どこか寂しさみたいなものをサクラは感じた。

 イズミが演劇部に所属していることは、数日前に聞いたばかりである。

 そのときには明確に辞めたとは言っていなかった。

 というより、話を始める前にイズミが会話を切り上げてしまって――


「あっ、そういえば演劇部の人が戻る気はないかって言ってたよ」

「演劇部の……誰?」

「すっごい美人の、女優みたいな名前の人」

「……白鳥ヒカル?」

「すごい、その人!」

「……これでわかっちゃう自分がイヤ」


 額に手を当てて下を向くイズミ。

 フォローするべきなのか迷いながら、サクラはおずおずと言った。


「二年生ってことは同級生だよね……お友達?」

「まさか」


 スパッと切り捨てられ、サクラには関係ないはずなのに、どんよりと気分が沈んだ。


「あの……じゃあ、どういう……?」

「去年の文化祭で演劇をしたんだけど、そのときのヒロイン候補を争った相手」

「……ヒロイン!? イズミが! どんな役だったの!?」

「ちょ、急に盛り上がんないで。結局、その劇にわたしは出なかったから」

「え……えぇーっ!?」

「落ち着けっての」


 テンションの乱高下が激しすぎて騒がしいサクラを抑えるように、イズミが肩を掴んで鋭い眼光を向けた。

 おおぅ、と慄いたサクラは冷静さを取り戻し、イズミは呆れたように話を続けた。


「中学のときは友達いなくてさ、高校では素の自分は控えようって思ってたわけ。

 おかげでそこそこ知り合いできて、演劇部は付き合いで入ってたの」

「他にやりたい部活はなかったの?」

「べつに、なんでもよかったから。

 それに小道具や衣装作るのは楽しかったし」


 そう語るイズミの口元は楽しそうに微笑んでいて、サクラはドキッとさせられた。


「あんまり儚げな雰囲気出さないでよ、似合うんだから!」

「……出してるつもりないけど」

「続き! 続き早く!」


 興奮するサクラに急かされて、イズミは厄介そうに顔をしかめながら話した。


「裏方やってるうちは平和だったんだけど、徐々に役者もやらないかって言われて。

 脇役ならともかく主役、それもヒロイン」

「嫌だったの?」

「いきなりだったし、それまではずっとヒロイン役をやってた部員がいたから」

「……もしかして、ヒカルさん?」

「当たり」


 波乱の予感にサクラは前のめりになっていたが、イズミは一向にローテンションのままだった。


「ヒカルは主役がやりたいと言って入部したくらいやる気があって、本人もそのためには努力を惜しまなかった。

 美人で衣装映えするし、意欲があるんだから反対意見なんて一つもなかった」

「へぇ……それがどうして文化祭では争うことになったの?」

「脚本担当がわたしを主役に書きたがったから」

「えっ、どうして?」

「……わたしが趣味だったらしくて」

「……そう」


 どう突っ込んでいいのかわからなくて黙ったが、正解などないのかもしれない。

 困惑するサクラを置いて、イズミはさっさと話を進めた。


「わたしの知り合いも『イズミのヒロイン見たくない?』とか言い出して、それで部内にも『たまには別の人でもいいよね』って空気ができちゃって」

「そ、それで?」

「多数決することになったんだけど、その前の日にヒカルが辞退してくれって頼みに来た」

「えっ、酷い」

「酷くはない」


 争う相手に直接そういうことを言うかという思いから、サクラは酷いと言ったのだが、即座にイズミが否定した。

 自ら否定しておきながらイズミはばつが悪そうに目を伏せて、再度小さく否定した。


「やり方は下手だけど、酷くはなかった。

 自分がやりたい理由を並べ立てて偉そうだったけど、清々しいくらい実直だった」

「……なんか、ごめんね」

「ううん。それでさ、辞退するより多数決で負けたほうがスッキリするじゃん?

 わたしはヒカルが勝つだろうって思ってたし」

「ってことは、当日はヒカルさんが勝ったの?」

「……勝った。けど、ヒカルの友達が票集めしててさ。

 それを知った脚本担当が不正だってゴネだして、もうあとは滅茶苦茶」

「うわぁ……」


 サクラは想像以上に泥沼化していく展開に、思わずうめき声が出てしまうほどだった。

 イズミもなんといったものかと困ったような目つきで、視線を宙へそらしながら言った。


「そんで嫌になって、啖呵切って辞めたの」

「なんて?」

「ヒロインなんて面倒臭いし、やりたい人だけでやってれば? って」


 キレて部室を飛び出していくイズミの姿が目に浮かぶようだった。

 サクラが何も言えずにいると、イズミは後悔するように零した。


「結局、ヒカルは票集めなんて頼んでなかったんだよね。

 周りの友達が焦って勝手にやってただけで、本人はそんな気なかった。

 救えないのは、やっぱり票集めなんてしなくてもヒカルが勝ってたっぽいってとこ」

「それは……なんか、あれだね」

「……それから演劇部は行かなくなったし、人付き合いもなくなって、猫かぶるのもやめた」


 はーっ、と溜め込んだ何かを一気に吐き出すような長い溜息をついて、イズミが呟く。


「……因果ってやつかな」

「なんのこと?」

「ヒロインやらなかったわたしがヒーローやってること」

「それって、どういう因果なの?」

「……さぁ、言ってみただけ」


 きょとんとするサクラを置いて、イズミは数歩先を進んでいく。

 このままでは置いていかれてしまうと、サクラは歩幅を広げて追いついた。


「ともかく、わたしヒーローとかヒロインとか、目立つポジション向いてないっていうか。

 素直にそういうポジションにハマれないっていうか……」

「あっ、それは大丈夫!

 ヒーローなんて裏方も裏方! 世間で評価されるようなことなんて一つもないから!」

「……それはそれでどうなの」


 呆れながら苦笑するイズミは、少しだけ歩調を緩めた。


「……誤魔化すのも、わかってもらうのも面倒臭くて仕方ないって思わない?」

「うーん……そうかもしれないけど、わかってほしいから頑張るんだよ!」


 サクラは純粋な気持ちから答えたのだが、イズミの反応はやけに遅かった。

 どうしたのかと思っていると、悩ましげに渋い顔をしながら聞き返してきた。


「わたし、わかってほしい、のかな……?」

「違うの? だって、イズミは見た目とかだけで決めつけられるの嫌いなんでしょ?」


 イズミが前にそんなことを言っていたことを思い出しながら、サクラは困ったように首を傾げた。

 一方、イズミも納得できない何かに気付いたように、全力で顔をしかめていた。


「……言ったね、そんなこと」

「そ、そうだよね! あー、不安にさせないでよ」

「……なのに、わたし頑張ってなかった」


 イズミが思い詰めたり、感情を押し殺している姿は、サクラにとって気がかりである。

 また戦隊を辞めると言い出すのではとハラハラしていたが、イズミはしかめっ面をパンパンとはたき、前を睨んだ。


「面倒臭いのはわたしじゃん……って、自分が一番わかってたけど!」

「な、何、どうしたの!?」

「いいから! それより、まだ着かないの!?」

「ここです」

「きゃぁ!?」


 足元から突如シシリィの声がして、イズミが悲鳴を上げた。

 立ち止まった一軒家の玄関には『紅月(アカツキ)』の表札が飾られていた。

 二階建ての平凡な家だが、メイカが住むどでかいマンションを見ていたサクラは、むしろ安心した。


「静かだし、人の気配がないね……留守かな?」


 イズミがインターホンを鳴らそうとしているところに、サクラが気付いて口を出す。

 振り向いて怪訝な顔をしたイズミだったが、迷いつつもインターホンを押した。

 しばらく経っても反応はなかった。どうやら留守であることは確からしい。


「マジで留守じゃん……なんでわかったの」

「え、だから静かだなぁ、って」

「なんなの、サクラって戦闘民族かなんかなの」

「ただの魔法少女を三年やってただけの日本人だけど……」


 あまりの言われように気落ちするサクラだったが、近づいてくる人の気配に顔を上げた。

 遠目にもわかる赤いレザージャケットにイズミも気付いたらしく、顔を強張らせた。


「すまないなー! 今、うちには誰もいないんだー!」


 夕飯時の住宅街でギリギリ迷惑になりそうなほどの声。

 イズミは明らかにげんなりとしており、サクラでさえも不安な気持ちを抑え切れなかった。


(……本当に話し合いできるかな、これ)

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