1-10 結果オーライ! サクラのヒーロー宣言

 その日は朝からサイケシスの襲撃があり、数体のノロイーゼたちを撃退した。

 最近の傾向からすると数は少ないが、放置していいわけがない。

 サクラは通学前に一仕事こなすことになってしまい、遅刻寸前で教室へと滑り込んだのだった。


(あんな数なら、別の日にまとめて出てきてほしいよ……)

「……って、いや出てきてほしくないよ」


 自分のモノローグに思わず小声でツッコミをするサクラ。

 昨夜の疲れが残っているのかもしれないと、頬をぐにぐにとしながら眠気を覚ます。

 サクラは昨日ノワールに言われたアドバイスをもとに、さっそく戦隊活動計画を作り上げた。

 計画書と大層に名付けたが、主な内容はノワールと書いた手帳の情報を学習ノートにまとめ直したものだ。

 サイケシスの出現パターンから予測される出動日、時間を来月分のカレンダー形式でまとめたほか、ノロイーゼの特徴、戦隊フォーメーションの例を盛り込んだ。

 戦隊活動の詳細を記すことで、こんなことをやるのだというイメージを提示し、漠然とした不安要素を取り除くことを目標とした。


 スマホで撮ってデータ化した計画書をヒナタ、ダイチ、メイカには送付したのだが、イズミとは連絡先を交換していない。

 同じ校内にいるのだから現物を読んでもらえばいいと、鞄には一応ノートを潜ませていた。


「……でも読んでくれそうにないなぁ」


 イズミと話したときの態度を考えると、すんなりと受け取ってはくれないだろう。

 サクラは気を落としつつも、頭を切り替えて授業に集中するのだった。



     + + +



「これ何?」

「て、てがみ……」


 放課後、高校の屋上でサクラとイズミは再び会うこととなった。

 イズミの手元でヒラヒラと揺れているのは、サクラが悩んだ末に下駄箱に入れた手紙である。

 面と向かって拒絶されるのが怖かったサクラは『お話があります。屋上で待ってます サクラ』と、短い文章の手紙をイズミの下駄箱に入れていた。

 来てくれるかは正直なところ期待半分だったが、意外にもイズミはこうして屋上を訪れていた。


「いまどき、古風なラブレターかと思った」

「違うよ! わたしの名前が書いてあったでしょ!」

「……ユリなの?」

「サクラだよ!」


 イズミが不意に顔をそむけて、口元を手で覆う。

 サクラがきょとんとして回り込むように覗くと、顔面に手紙をつき返された。


「どうせ、ブルーやれって話でしょ」

「そうだけど、まずはこれを見てほしいの」


 サクラが取り出した活動計画書をイズミは怪訝な顔をして受け取り、パラパラと中身を眺めた。


「ふーん……手書きってところが、やっぱり古風な感じするくない?」

「こ、高校生がノートまとめるのに手書きで悪い!?」

「悪いとは言ってない」


 イズミは時折ページを戻しながら計画書を読み込んでいた。

 表情は冷めているが、真剣に読んでくれる様子にサクラは喜んだ。


「ど、どうかな……?」

「字が綺麗だし、読みやすくまとまってる」

「えっ、ありがとう……じゃなくて!」


 思わず声が大きくなるサクラに、イズミは溜息をこぼしながら計画書を返した。


「はりきらせて悪いけど、やらないって言ったよね?」

「わかってるよ。わかった上で、改めてお願いしに来たんだ」

「めんどくさ……ヒーローってそういうとこあるよね」


 力強いサクラの言葉をいなすように、イズミは苦笑気味に皮肉った。

 その態度に怯みそうになるが、前とは違う。

 一日限りの協力者に後押ししてもらった勇気で、サクラはグッと拳を握った。


「何も考えずに、ただ正義だヒーローだなんて言ってるんじゃないよ。

 イズミに戦ってほしいのは、それが勝率が高くて安全だから。

 シシリィも言ってた。イズミがブレイブレンジャーとしてポテンシャルが高いって」

「本人の意向は無視していいわけ?」

「いいわけないよ。それを確かめなかったシシリィは駄目だったと思う。

 戦隊をやりたくない気持ちも……わかる」


 サクラがそこを認めるとは思っていなかったのか、頑なだったイズミの目つきが揺らいだ。

 サクラ自身、やりたくない気持ちへの共感は、己の正義感を否定することのように思えた。

 しかし、やりたくないという思いがどこかにあって、流された結果に行きついた正義だとしても、そこで救われる誰かと、誰かを救える自分がいるのであれば嬉しいことに変わりはない。


「……そこ認めたら、この話はおしまいじゃない?」

「それでもわたしは、イズミに戦ってほしい」

「えぇ……」


 面倒臭そうに唸るイズミ。そのとき――ガシャン、と何かがぶつかる音がした。


「えっ、何?」

「校舎裏のほうかな……?」


 サクラとイズミは重苦しかった空気も忘れて、二人で校舎裏を見下ろした。

 真下では、植木に自転車で突っ込んでふらつく人物と、散乱するプリントらしき紙が舞っている。

 不幸なことに悪いタイミングで風が吹き、散らばったプリントが更に遠くへと運ばれていく。

 洋服に草をつけたままで慌てて拾い集める人物はどうやら教師のようだった。

 なんだか見ていて不憫になる光景である。


「……プリント、校庭にも飛んでったっぽくない?」

「うん。上から見てたから、大体の範囲はわかってるし……」


 それ以上の相談はなかったが、サクラとイズミは急ぎ足で屋上を後にした。



     + + +



 気の毒になるほど頭を下げる優男風で眼鏡の男性は、新任教員の芦名ミツグ。

 彼が自転車衝突プリントばらまき事故の被害者であり、サクラの学級担任でもある。

 天然でもポンコツでもないのだが、何故か不幸に見舞われがちで、常にくたびれている。

 クラスでは一部の女子から「ミツグくん」と呼ばれ始めているが、怒らずにやんわりと注意する穏やかな性格だ。


「桃瀬さん、助かりました。魚住さんもありがとうございます」

「あぁ、いえ、当然ですから」


 新米教師とはいえ、年の離れた生徒へ丁寧に感謝を述べる姿は、むしろされた側が委縮するほどだ。

 サクラには不遜な態度を見せるイズミも、ミツグには気後れして謙虚な振る舞いになっていた。


「また盛大に転んだね、ミツグ先生」

「実は猫が飛び出してきましてね……」

「あぁ、猫を避けて転ぶなんて先生らしいね」

「いえ、スピードを緩めてかわしたら、お礼を言われて……びっくりして転んだのです」


 サクラは嫌な予感がした。

 ミツグの聞き間違いであってくれと願いながら、おずおずと詳細をたずねる。


「……どんな猫だったの?」

「黒猫でしたね」


 その答えにサクラは苦笑いを浮かべる。

 確証はないが、この辺りで喋る黒猫というと心当たりがある。

 べつにサクラが悪いわけではないのだが、なんだか申し訳ない気持ちになって誤魔化した。


「と、とりあえず気をつけてね、先生」

「ご忠告ありがとうございます、それでは」


 ミツグが立ち去り、また二人きりになったところで、サクラは深い考えもなくぽろっと言った。


「イズミは、助けるのがイヤなわけじゃないんだね」


 助けられるのに助けない、という価値観にショックを受けていたサクラは、少し救われたような気がしていた。

 イズミは苛立ちと恥ずかしさが入り混じったような表情で、うそぶくような口振りで言った。


「べつに正義感とかじゃない、単なる気まぐれで……」

「気まぐれでもいいよ、助かったんだから」

「そんなんでいいの?」

「だって悪いことなんてないもの。気まぐれだって人は救えるよ」


 サクラ自身、三年間もパラノイアと戦っていたことで、正義が凝り固まっていたところがあった。

 だからイズミの考え方を許せなかったこともあるが、それでは現状は解決しない。

 流されても、自分勝手でも、結果的にみんなが救われたほうが良いに決まっている。

 ふと、イズミが愚痴でもこぼすかのように溜息まじりの低い声で言った。


「わたし、ヒーローとか正義とか、押しつけがましい感じが好きじゃないんだよね」

「そうなんだ……」

「……そういうつもりじゃないのはわかってる。

 わたし、こんな見た目でこんな感じでしょ?

 ちょっと適当なことすると、すごく悪いことしたように言われることがあって」


 イズミが自分の長い黒髪をいじりながら、過去を思い出すように語る。

 確かに鋭い目つきが和らげば、おとなしい日本人形のような印象である。


「キャラに合わないだとか、思ってたのと違うとか、散々言われてさ。

 そんなの知るかっての。わたしはわたしなんだから」


 吐き捨てるように口汚く呟く姿は、サクラのイメージするイズミそのものだった。

 サクラにとって、魚住イズミはこういうことをはっきり言う人物だ。


「……サクラはわたしの言葉にキレたから、ちゃんと話を聞いてくれたんだなって思った」

「それは、その、まぁ、うん」


 キレたと言われるとなんだか恥ずかしくなって、サクラはどんどんと縮こまっていった。

 それを見て笑ったイズミは、真面目な表情を作り、言いづらさを含んだか細い声でサクラに言った。


「だから、戦隊ブルー、絶対やらないって言ったけど、絶対ってわけじゃ、ない」

「ホント!?」

「まぁ、ね。でもやっぱり戦うってなると、怖くない……?」


 思いつめた顔で正直な気持ちを吐露するイズミ。

 サクラは大丈夫だと励ましてあげたかったが、グッとこらえた。

 大丈夫だと思うのは経験に裏打ちされたサクラの考えに過ぎない。

 イズミの不安をポジティブな言葉で否定できるほど、サクラはイズミのことをまだ知らないのだから。


「そのときは、わたしが――」


 ザシュン。

 突如、聞き覚えのある風切り音が黒い閃光とともにサクラの真横に飛来した。

 レーザーのような熱線が地面を焦がし、サクラとイズミに緊張が走る。


「昨日ぶりね、ピンキーハート」

「なんでっ……!」


 魔法少女バッドノワール。

 見なくても描けるほどお馴染みの彼女だったが、ここでの登場は予想外だった。

 宙に浮かびながら見下ろすノワールは、愉快そうに口元を隠している。

 サクラは動揺を隠せずにうろたえたが、となりにいるイズミの前で下手なことは言えない。

 イズミもサクラと同じように混乱していたが、それは宙に浮いた少女から攻撃されたからだろう。


「あれがサイケシス……?」


 いいえ、魔法少女です、と答えるわけにもいかない。

 サイケシスどころかパラノイアですらないので、説明が難しい。

 どうすればいいんだと困り果てるサクラに、ノワールは容赦しなかった。


「明日は敵、と昨日言ったでしょう? さぁ、覚悟しなさい」


 ノワールは黒いハートスタイラーに魔力を充填し始め、大技を繰り出そうとしている。

 対抗するにはサクラも魔法少女に変身して、同等の威力を持つ技をぶつけるしかない。

 サクラは一瞬、イズミのことで変身するのを迷ったが、そんな考えはすぐに霧散した。


(こんな状況で迷ってられないよ……仕方ない? 流されてる? それでもいい!)


 普段は心の中にしまっているハートスタイラー。

 サクラが自分の胸に手をかざして念じると、心の鍵を開くようにしてハートスタイラーが出る。

 何度も繰り返してきた変身。ミスすることもないルーティンワークに、柄にもなく緊張していた。

 それでもサクラの口からは、自然と台詞が飛び出していた。


「マイハート、レボリューション!」


 煌びやかな魔法のイルミネーションがサクラの周りを包み、軽やかな音階に乗せて服装が鮮やかに変化していく。

 歌うように、踊るように。時が止まったかのような空間で、楽しそうに変身するサクラ。

 思わずイズミが見惚れていると、そこにはピンクのひらひらスカートで、大きなリボンを胸につけた魔法少女のサクラがいた。


「魔法少女ピンキーハート、ただいま参上!

 あなたのハート、愛でいっぱいにしてあげるっ!」


 驚きの表情で固まるイズミ。たった一人の聴衆だが、サクラは変身に久しぶりの手応えを感じた。

 しかし、イズミの位置はノワールが放つ攻撃の射線上。

 口上もそこそこにハートスタイラーを握り締め、魔力を大急ぎでかき集める。


「ダークネスキャノン!」

「サクラメントシュート!」


 漆黒と桃色の光弾が空中で交わり、花火のように過激にはじける。

 あまりの余波に目をつぶったサクラは、ノワールを見失って空を見渡す。

 はるか後方に吹き飛ばされたかとも思ったが、一向に現れる気配がない。

 撤退したのか――それならば、何故出てきたのか。


「ど、どこに行ったの!?」

「わかんない……ていうかサクラ、その格好」

「うえっ!?」


 ノワールの脅威が去っても、イズミへの状況説明がサクラを真正面から襲いかかる。

 ある意味ピンチなサクラは、とにかくイズミを安心させようと大声で言った。


「あの、その……わたしがイズミを守るから!」

「えっ?」

「どんな敵からも守るから、だから戦いになっても大丈夫!」


 任せて、と胸を叩くサクラ。

 イズミはきょとんとして、呆けた顔のまま口を開いた。


「ヒーローをヒーローが守るって、おかしくない?」

「おかしくないよ! ヒーローだって助けが必要なことはあるもん!」


 あまりに堂々とした主張に思わず吹き出してしまうイズミ。

 その姿にサクラも自然と笑顔になったが、格好は魔法少女のままである。


「で、なんなの、その格好」


 空気は和やかになったが、イズミもさすがにそこは見逃せなかった。

 サクラはしどろもどろになりながらも、なんとか受け答えをする。


「あっ、えー、魔法少女かな?」

「魔法少女? 戦隊じゃないの?」

「戦隊でもあるんだけど……」


 ここで不自然に事情を隠すのは、せっかく得られた信頼関係を台無しにしかねない。

 不可抗力で魔法少女バレしてしまうのは仕方ないことだと自らに言い聞かせ、サクラは簡単に魔法少女と戦隊を兼任していることを話した。


「なんでそれ、最初から言わなかったの?」

「魔法少女の正体は秘密だから……」

「そういうことなら、わたしもあんなに頑固にならなかったのに」

「自分から同情誘うのは、なんか違うじゃない?」

「……まぁね」


 同感したイズミはそれ以上は喋らず、サクラもなんとなく無言になった。

 戦隊をやってくれる雰囲気にはなったが、お互いに決定的な一言を切り出せなかった。

 サクラとイズミがもじもじしていると、空間を震わせるように声が響いた。


「サクラ、サイケ――『パラノイアが出たよ』――サイケシスです!」


 ハートスタイラーとビートリングから同時に音が発せられ、サクラは思わず聞き返した。


「……なんて?」

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