魔法少女は戦隊ヒーローのピンクになれるか?

にのち

1 魔法少女は戦隊ヒーローのピンクになれるか?

1-1 てんてこまい! これがサクラの(非)日常

 ――この町には、どんなときでも悪の組織と戦う魔法少女がいる。




「あなたのハート、愛でいっぱいにしてあげるっ!」

「ふんっ、また懲りずに歯向かうざますね、ピンキーハート!」


 春風になびく桃色のひらひらしたスカート。

 胸には輝くジュエルをあしらった大きなリボン。

 ある種、伝統的な魔法少女スタイルで固められた少女の名前は桃瀬サクラ。

 ピンク色の髪をしたナチュラルボブ、いわゆるおかっぱ頭。

 ちょっと背は低めで小柄な印象だが、この春で高校生になる十五歳である。

 サクラは厳しい目を相手に向けたまま、グッとファイティングポーズをとった。


「懲りてないのはそっちでしょう!」

「うるさい小娘ざますね……お出ましなさいっ、ヤングレー!」


 ヤーン、と甲高い雄叫びをあげながら続々と現れるのは敵の戦闘員ヤングレー。

 灰色でくねくねとした不揃いの動きをする集団は、正体不明の人型物体である。

 なお、サクラはヤングレーを死にかけのこんにゃくだと思っている。


 それを指揮するのはアンダス婦人。サクラの宿敵である悪の組織パラノイア、その怪人であり幹部の一人だ。

 常に高級そうな日傘を持ち、けばけばしい紫の洋服を見事に着こなしている。

 つばの広すぎる帽子から覗く三角メガネは、厳しすぎる苛烈な印象を振りまいていた。


「こっちもいくよっ!」


 サクラはグッと拳に力を込めると、ヤングレーの集団へと駆け出した。

 慣れきった身のこなしで攻撃をかわしつつ、一体ずつ確実に仕留めていく。

 手には服と同じくピンク色をした棒状の武器、ハートスタイラーが握られている。

 武器は輝きをまといながらヤングレーに打撃を打ち込んでおり、それだけで相手は吹っ飛んでいく。


「くっ、やはり足止めにもならないざますか……」


 アンダス婦人が辺りを見回すと、通学かばんをぶつけ合いながら帰る中学男子たちがいた。

 それを見つけた婦人はニヤリと笑い、軽やかな足取りで彼らへと近づく。

 何故、通学路の近くで魔法少女と悪の組織が戦っているというのに平然と帰宅途中なのかと言えば、彼女たちの戦いは三年前から続いているからだ。

 たった三年で慣れるものかと思うが、人間は慣れる生き物である。

 隣家によく吠える猛犬がいようと噛まれなければ平気だし、毎晩のように暴走族が家の前を通り過ぎようと絡まれなければ無視できる。

 自分の身に災いが降りかからない限り、悪の組織が町で活動していてもそれが日常の一部と化すのだ。

 だが、自らの平穏を脅かすとなれば話は別だ。

 いきなり目の前へと現れたパラノイア幹部に驚かない一般市民はそうそういない。


「そこの庶民。高貴なるわたくしに武器を供出するざます!」

「う、うわぁっ!」


 アンダス婦人は通学かばんを取り上げると、一際どす黒いヤングレーを呼び出した。


「荒れ狂うざます、ヤングレー!」


 黒いヤングレーは通学かばんを取り込み、ぐんぐんと驚異的な速度で膨らんでいく。

 サクラが雑魚ヤングレーたちを倒して駆けつけたときには、すっかり通学かばんの怪物となっていた。


「あっちゃー……間に合わなかったかー」

「オーッホッホッホ! さぁ、今日こそ貴様の命日ざます!」


 サクラは苦い顔をして、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。


「……どうせ負けるのに余計なことを」


 通学かばんヤングレーは大きな口を開けると、サクラに向けてテストの答案用紙を連射する。

 大量の鋭い紙切れが飛び交い、サクラはハッとして身構えた。

 しかし、そのスピードはあまりにも遅く、中には威力不足でひらひらと舞い落ちる答案用紙さえある始末。


「え、遅っ」


 身構えていたサクラは警戒を解いて、ばら撒かれた答案用紙を拾った。

 アンダス婦人は思い通りにいかない戦いに憤慨し、日傘をぶんぶんと振り回す。


「どうしてこんなに弱いざますの!?」

「テストの点数が軒並み低いからじゃない?」


 冷静に観察していたサクラは、思わず素直にツッコミをしていた。


「なんてこと! この国の教育制度は駄目ざます! 一刻も早くわたくしたちが制圧しなければ!」


 そこでアンダス婦人は更なる事実に気付く。


「攻撃がプリントばかり……もしや、教科書が一冊も入ってない!?」


 アンダス婦人は驚愕といった表情で通学かばんヤングレーに問いかける。

 通学かばんヤングレーは何か悪いことをしてしまったかのように、縮こまりながら頷く素振りを見せた。

 その返答にアンダス婦人は顔を真っ赤にして怒り、日傘を地面に叩きつけている。


「はーっ、置き勉! 置いただけで勉強しないんだから"置き無勉"ざますね!

 これだからテストの答案が低い点数ばかりなんざます!

 もう義務教育は廃止! 言っても聞かないお猿さんは全員戦闘員!

 パラノイアの思想に合致する優秀な生徒のみを集中教育するざます!」


 身勝手に発狂するアンダス婦人を横目に、サクラは呆れながらハートスタイラーに魔力を集めていた。

 もはや勝敗は明白。そして、サクラはこんな戦いを三年間も続けていた。

 出るのは溜息ばかりでやる気も出ないが、日々の戦いのおかげで必殺技モーションは無意識でできる。


「もう時間かけてられないから、二倍速でやるからね!」

「――ハッ! ピンキーハートがとどめの構えに……くっ、あなたは問答無用で戦闘員コース。義務教育なんて施してやらないざます!」

「パラノイアに教えてもらうことなんて一つもない!」

「嗚呼! 悲劇ざます! 傘が開かないざます! これでは防御できずに直撃ざますー!!」


 アンダス婦人は取り乱さないように平静を装っているが、振り回しすぎた日傘が開けずに焦っている。先程の乱暴な扱いで壊れたのだろう。

 サクラはハートスタイラーを握り締めて身体の前に構え、通学かばんヤングレーもろともアンダス婦人を吹っ飛ばすべく魔力集中を開始した。


「……あんたたちがそうやって馬鹿みたいな自滅を繰り返すから、わたし――っ!」


 サクラが光に包まれる。幸せの香りが空間に満ちて、世界が桃色に染まる。

 そんな神秘的空間の中心で、サクラは悲痛な思いを口にしながら必殺技を放った。


「わたし義務教育終えちゃったじゃないっ! ――サクラメントシュート!」


 ドーン、と大きな音とともに桃色の光弾が通学かばんヤングレーを消し去る。

 続けてアンダス婦人に向かっていく光弾だったが――


『ダークネスキャノン!』


 天から落とされた黒い光弾がサクラの攻撃とぶつかり、まるで対消滅したかのように霧散し、謎のキラキラへと変換されていく。

 サクラはお決まりの展開に顔を悔しさで歪ませながら空を仰ぐ。


「バッドノワール!」

「……相変わらず目に優しくない配色ね、ピンキーハート」


 目を細めながらふわふわと舞い降りてくるのは、黒い衣装の魔法少女バッドノワール。

 サクラが魔法少女を始めた一年目の夏頃に出会い、何の和解イベントも無いまま対立を続けて今に至る。

 パラノイアの幹部だけなら楽勝なサクラが未だに詰めきれないでいるのは、いいところで彼女の邪魔が入るからだった。


「どうして魔法少女のあなたがパラノイアの味方をするの!?」

「その台詞飽きない? もう何回も話してるじゃない」

「でも解決してないっ! ストレス解消だなんて納得してないっ!」

「納得されたいなんて思ってないもの」


 腰を抜かして気絶しているアンダス婦人を軽々と抱えて、バッドノワールは空を切り裂いて謎のゲートを開く。


「ああ、そうそう……高校入学おめでとう、ピンキーハート?」

「このっ、どの口がっ!」


 サクラが前のめりで掴みにかかるが、バッドノワールは寸前のところでかわしてゲートへと逃げ込む。

 そのままシュンと消え去り、今日も町に平穏が戻った。

 サクラの目にはいつも通りの通学路と少しだけ焦げ臭い通学かばんだけが映っている。

 持ち主の中学生たちは当たり前だが、とっくに逃げていた。


「……このかばんの中学校に届ければなんとかなるかな?」


 目の前に落し物があれば、たとえ悪の組織との熾烈な? ――戦いの後でさえ届けることを厭わない。

 それが桃瀬サクラという少女であった。



 ――――チリンチリン



 そのとき、左腕のピンクの腕輪から鈴のような音が鳴り響く。

 その音を耳にした瞬間、サクラはビクッと身体を震わせ、やがて大きな溜息をついた。


「ムリムリ、一日に二回も出動してたら身体おかしくなっちゃうよ」


 ――――チリンチリンチリンチリン


「聞こえなーい」


 ――――チリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリ!!


「……って、脳内に直接響くから意味なーいっ!」


 鳴り止まない鈴の音に我慢できず、サクラは腕輪に神経を集中した。

 すると、戦い真っ最中といった爆音の中から、不思議と通りの良い中性的な声が聞こえ始める。


『ピンク、ハートピンク。敵襲です。サイケシスが駅前で暴れています』

「シシリィ……お願い聞いて。わたし、パラノイアと戦ったばかりなの。へとへとでもう今日は戦えないよ」

『しかし、このままではやられてしまいます』

「そっちはわたしがいなくても、あと四人もいるんだよ。なんとかなるでしょ?」

『いいえ、レッドしかいません』

「なんでよっ!?」

『他の三人は来てないのです。ピンク、あなただけが頼りです』


 シシリィは悪の組織サイケシスから星を守るために生まれた星霊であり、いわば迎撃システムのような存在だという。

 その言動は非情かつ無情。まるで人間味が無い。人間じゃないが。

 サクラは無駄だと思いつつも、どうしてメンバーの集まりが悪いのかたずねた。


「グリーンは?」

『まだ勤務中で抜けられないそうです』

「……イエローは?」

『習い事の真っ最中で動けないそうです』

「…………ブルーは!」

『着信拒否です』

「あああああああぁぁっ! なんてヒーローに向いてない人たち!」

『時間と怪人は待ってはくれません。出動をお願いします。では』

「え、ちょっ!」


 通話を切られてしまった。胸のうちに沸々と込み上げてくるものがある。

 サクラは行きたくない気持ちを抑えに抑えて、世界平和と十回唱えながら、行き場のない怒りを拳に乗せて虚空へと打ちつけた。


「……通信中の戦闘音に、悲鳴がまじってた」


 無茶だとわかっていても直接、助けを求める声を耳にすれば無視できない。

 それが桃瀬サクラという少女であった。


 そして、一旦魔法少女ピンキーハートの変身を解除すると、すぐさま腕輪を胸に近づける。

 この腕輪はビートリングといって、もう一つの変身をするときに使用する変身アイテムだ。

 ちなみにハートスタイラーは魔法少女になる変身アイテムで、使わないときは心の中にしまっておける優れものである。


「ビートレディ!」


 ビートリングを胸にあて、己の鼓動を星の鼓動と同調させる。

 その高鳴りが魂の奥底まで響き渡ったとき、サクラは星霊戦隊ブレイブレンジャーに変身するのだ。

 サクラの全身が銀とピンクのヒーロースーツに包まれる。

 顔はマスクで覆われ、やってられない感たっぷりで下がり気味の眉は誰にもわからなくなった。


「絶対、明日筋肉痛だよー!」


 魂の叫びを上げながら、全速力で現場へと向かう。その速度は風のように速く、それでいて身体はびくともしない。

 ヒーロースーツは身体能力を向上し、あらゆる攻撃への耐性を高めてくれるのだ。

 サクラが駅前へと駆けつけると、悪の組織サイケシスが生み出した戦闘員ノロイーゼがわらわらとうごめいていた。

 その中心では赤いヒーローが必死に戦っている。しかし、多勢に無勢。今にも押し切られそうだ。

 サクラは颯爽と集団の中心へと降り立ち、挨拶代わりの一撃で前列のノロイーゼたちを一掃した。


「絶対負けない無敵のハート! ハートピンク!」


 決めポーズと名乗りをかまして、同僚の様子をうかがう。


「大丈夫? ソウルレッド」

「ああ! 助かったぜ、ピンク! これで反撃開始だ!」

「ちょ、ちょっと待って。まずは作戦を決めて、連携を取らなきゃ。二人しかいないんだよ?」

「さっきの二倍ならなんとかなるさ!」

「本当は五倍になれるはずなんだよ……」


 サクラは打ちひしがれている暇もなく、レッドが我先にと敵陣へ殴りこむ。

 レッドは数日前に変身したばかりの素人ヒーロー。いくらスーツの補正があるとはいえ、無理をすれば無理な結果が待っている。

 それならどうしてこんなに熱血全開で戦っているのか。疑問は大いにあるが、今はそれどころではない。

 サクラはレッドのフォローをしつつ、着実にノロイーゼを減らしていく。

 幸いなことに幹部の姿はなく、徐々に敵の数は減り、最後には片手で数えられるほどになった。


「よし、とどめのブレイブバズーカだ!」

「待って、必要ないし、二人じゃ無理だよ」

「諦めるな、ヒーローだろ!」

「……いや、カッコつけても無理は無理だよ!?」


 レッドは五人用の武器である特大兵器ブレイブバズーカを発射体勢で構えている。

 魔法少女の能力で魔力の流れを感じ取れるサクラには、明らかに暴発してレッドが吹っ飛び、ノロイーゼが倒しきれない未来が予測できる。

 徐々に充填されていくエネルギー。ノロイーゼを取り逃がせば、後々にどんな影響として自身に返ってくるかもわからない。

 タイムリミットが迫る中、サクラに残された手段は一つだった。

 ヒーロースーツの下に魔法少女服を着込み、両方の力を結集して、全力でレッドを支える。


「あーっ、明日は動けなくなるーっ!」


 ドーン。

 魔法少女兼戦隊ピンクの悲しき声は、ブレイブバズーカの爆音にかき消された。






 ――この町には、どんなときでも悪の組織と戦う魔法少女がいる。




 ――――そして、彼女は戦隊ヒロインのピンクでもある。




 何故、そのようなことになってしまったのか。

 これから始まるのは、世界に選ばれすぎた少女サクラの物語である。

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