第2話 まずはスキルの性能を確認する件


 「いってーーーっ!!」


 俺は空の結構な高さから落下し地面に尻もちをつく。


 「くそっ!! もう少しやんわりと送り出せないのかあのゲーミング女神はっ!!」


 尻をさすりながら立ち上がった俺の眼前に広がるのは明らかに生前の世界とは違う。

 緑の草原、生い茂る樹々、美しい水を湛えた湖……自然豊かなぐるり360度のパノラマ風景が広がっていた。


「たまげたな……来ちゃったよ本当に異世界に……」


 何故自然が多いからって理由で異世界と断言出来るのかというと、理由はそこだけじゃない。

 目の前に西洋風のどデカい城が二つ見えたからだ。

 右手に見えるのは実にオーソドックスなネズミがマスコットキャラクターのテーマパークにありそうな造形の白くて立派な城。

 周辺には城下町も見受けられる。

 一方左手に見えるのはトゲトゲしい造形の黒くて不気味な城。

 どう見たってあれは魔王や吸血鬼が根城にしていそうな佇まいだ。

 そして城同士は間に太く大きな川で隔てられており、そのままでは行き来出来ない様な地形になっていた。

 しかし妙な感じだ、もし左手の城が本当に魔王の城だとして川を挟んでいるからといってこんなに近くに人間の住む町と城がある物だろうか。

 先入観は危険だ。

 とかく白くて整っていれば正義や善、黒くて禍々しければ悪と決めつけがちだがここは異世界、俺のいた世界とは価値観の基準が違うかもしれない。

 

 ここにいつまでも棒立ちしていても仕方がない。

 転生させられたという事は俺は次に死ぬまでこの世界で生きていかなければならないと言うことだ。

 速めに生活基盤を構築しなけれえばならないだろう。

 確かあの女神はこの世界をブリガンティアと呼んでいたか。

 まずは衣食住を確保したいところだがさて。

 取り合えずどちらかの城へ行こうと思うんだがさっき言った通り正直どちらに行けばよいか悩む。

 普通に考えれば右手の白い城だ、街だってあるし色々とこの世界に関する情報収集も出来る事だろう。

 対して左手の黒い城はやはり行くのは憚られる。

 しかしちょっと待った。

 俺は自分に備わっているであろうスキルの事を思い出す。

 

 ユニークスキル『お一人様』。

 一人で行動した場合において自分の能力が大幅に増幅されるというスキル。

 但し人に好意を持たれる事でスキル自体の能力が下方修正されるというイマイチ何がしたいのか分からん縛りがある。

 しかも一旦下がった能力はもう元には戻らないと来た。

 という事は人の多い街に入り住民と会話しただけでもし好印象を持たれようものならお一人様の能力値はマッハで下がっていく事だろう。

 始めはこんな能力は要らないと思っていたが、折角人より優れたスキルがあるのをみすみす失うのも勿体ない気がする。

 結局能力が下がるにしても今がお一人様の上限の能力値だったとしたら今の内に大きなことを成した方が俺の今後の人生に繋がるのではないか。

 それなら敢えて左の黒い城に入るのもアリかもしれない。

 今の俺ならそんじょそこらのモンスターにだって負けやしないはずだ。

 それこそ魔王の居城だって言うのならそいつもブッ倒す。

 そうと決まれば善は急げ、俺は川向こうの黒い城を目指すとしよう。


 しかし眼下には激しい水流の大河が横たわる。

 仮に助走を付けて飛び込んだとして到底向こう岸に飛び移れるとは思えない。

 それにこの水の勢い、落ちたら無事で済む保証がない。

 ごくりと喉がなり冷や汗が滲み出る。

 いや大丈夫なはずだ、自分の力、お一人様を信じろ。

 俺は出来るだけ川から距離を取る様に後方へと下がった。

 そして全速力で走り出した。


「うおおおおおおおおおっ!!」


 川岸ギリギリで踏切り大きくジャンプ。

 以前テレビで見た走り幅跳びの陸上選手に習い、空中でも走っているかのように足をバタつかせる。

 おお!! 行けるぞ!! 思った通り俺の身体能力は強化されている。

 学生時代走り幅跳びで三メートル程しか飛べなかった運動音痴の俺が有り得ない距離の空中散歩をしている。

 ギリギリではあったが向こう岸に着地、前方にゴロゴロと転がる。


「あっ、あぶねぇ!! 何とか飛び越えられたな」


 転がる際、あちこち身体を地面にぶつけたはずだがどこも痛くない。

 恐らくこれもスキルお一人様の恩恵なのだろう。

 さっきもそうだ、空高くから落ちた時も尻が少し遺体で済んだが、あの高さはどう見積もっても三十メートルはあったはずだ。

 下手すると生きてはいなかったかもしれない。

 なるほどね、これは思ったより使えるスキルかも知れないぞ。

 俺は立ち上がり服に着いた土埃を払った。


 黒い城の門の前まで来た。

 近くで見るとより不気味さが増すな、建物自体から黒いオーラの様な靄が滲み出ているではないか。

 門に嵌っている大扉に手を触れ軽く押してみる。

 どうやら鍵は掛かっていないらしくいとも簡単に大きな扉が城の内側へと開いていく。

 もしかしたらお一人様の力で強引にこじ開けた可能性もあるが確かめようがないからな。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……中に入ってみますか。


 まず玄関ホールらしき広い場所に出る。

 中は思っていたより明るかった。

 壁の天井付近にある蝋燭が長い廊下に沿って奥へ奥へと続いているのが確認できる。


「もしも~~~し、お邪魔しますよ~~~」


 基本小心者の俺はなるべく誰にも聞こえないくらいの小声で挨拶をする。

 一応言ったぞ? 不法侵入じゃないからな?

 それにしても不用心だな、見張りどころか誰もいないのか?

 ここが魔王の城なら易々と外敵の侵入を許している事になる。

 もしかしてやはりここは魔王の城では無いのか?


 恐る恐るだが廊下を進むと大きな広間に出た。

 この部屋は廊下に比べると格段に明るい。

 それもそのはず、天井の中央には巨大なシャンデリアがぶら下がっていた。


「馬鹿だなぁ、まんまと引っ掛かりやがって」


「うるせぇ、一か八かに賭けたんだよ!!」


 何だか賑やかだな。

 広間の隅にあるテーブルに数人が集まって何やらカードゲームに興じている様だ。

 よく見るとその者たちは肌が深い緑色をしており鼻と耳は尖り頭には毛が無く口からは牙が突き出ていた。

 見るからに人間ではない。

 やはりここは異世界、あれはよくファンタジー物で雑魚扱いされるゴブリンという種族ではないか?

 不用意に広間に入ってしまった俺だが、カードゲームに夢中になっているからだろうか、どうやらゴブリンたちは俺の存在に気付いていない様だ。

 ゴブリンたちのいる場所の更に先、城の奥に続くであろう通路が見える。

 奥へと進むにはここを通り抜けなければならない、どうする?

 いくら何でもすぐ傍を通れば間抜けなゴブリンでも俺の存在に気付くだろう。

 でももしお一人様が俺の持って生まれた存在感の無さを増幅してくれているのなら或いはこのまま進むのもアリかもしれない。

 一か八か俺は大胆にもゴブリンたちのすぐ横を通り抜ける事にした。


「もう一勝負!! 今度は負けねぇ!!」


「おう、何回でも受けて立つぜ!! 今度は明日の晩飯を掛けるぜ!!」


「ほう!! 強気だな!! 後で吠えずら欠くなよ!?」


 それにしても楽しそうだなコイツら、見張りも碌にしないで。

 ゴブリンたちがやっているのはポーカーによく似たゲームだ。

 俺は後ろから一匹のゴブリン後ろからカードの手を覗き見る。

 晩飯を掛けるといったゴブリンの手は全く何の役にもなっていなかった。

 何だブタじゃないか、よくこれであんな大口を叩いたもんだ。

 まあブラフのつもりなんだろう、上手くやる事だな。

 ここまでやってもゴブリンたちは俺に気付かない。

 これはいよいよお一人様の能力は本物であると確信したね俺は。

 そして何事も無かったかのように奥の通路へと足を進めるのであった。

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