第10話 痴漢の話

 まだ僕と妻が付き合いはじめころの話だ。

 僕が二十歳で彼女が十八才。


 彼女が言うには、人生で痴漢にあったことがない。

 周りの女友達はたくさん尻を触られるのに「私だけされたことがない」となぜか怒っていた。

 まあ当然彼氏の僕は、そんな経験必要ない。むしろやられたら、怒るよと諭していた。


 彼女曰く、女として魅力がないからじゃないか? と疑っていた。

 ちょっと僕にはわからない感覚だった。

 好きでもない男に触られて嬉しいか? ということ。

 そう彼女に伝えても、女としての意地みたいなもんだと言っていた。

 (現在はそんなこと思っていないらしい)

 まあ若いから、そういうことを思っていたのだろう。

 危険な考えだ。なにかと物騒な世の中だし。



 未だ僕の妻は痴漢の経験はない。パートナーの僕からしたら、非常に安心できる。

 だが、それは違った。

 彼女は天然なところがある。

 つまり鈍い。


 結婚してしばらくして、プールの話をしていた時だ。

 潰れたプールの話題になって、懐かしいと盛り上がっていた。


「ああ、あそこのプールに小学生の時、よく行ったよ」

 最初は楽しい思い出を語っていた妻だが、何かを思い出したかのように語り出した。


「あのプールでさ。一回変な人にあったんだよね」

「え、変な人?」

 僕は嫌な予感がした。


「うん。女友達と流れるプールで泳いでたらさ。後ろからびったりくっついて来る男の人がいてね……」

「ちょっと待って。それ妻ちゃんがいくつのとき?」

「えっと、小学校の5、6年生ぐらいかな」

 僕も妻も成長が早いほうで、高学年の頃には第二次性徴が始まっていた。

 不安が的中して、悪寒が走った。


「それで、その人はなにをしてきたの?」

 語気が強まる。

「別になにをしてくるわけじゃないけど、ずっと私の後ろにべったりくっついて、なんか固いものをお尻あたりにグリグリしてきたんだよね」

「……」

 やはりか。


「しつこいから、振り返って相手の顔見たら、『チッ!』て言って逃げていったよ。なんだったんだろうね?」

 

 それ痴漢だよ……とは言えなかった。


 

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