第5話 秋灯

 千年以上に渡って代々続く退魔師の名家、有栖川。

もう日付も変わる頃だと言うのに、有栖川邸の時期当主、雛菊の部屋は、今宵も遅くまで灯りが点いている。

雛菊は表社会ではお嬢様学校として有名な女子高に通う優等生であり、裏では退魔師として、怪異から人々を守るために、人知れず任務にあたっている。

 雛菊は日々、勉学と退魔の修行と研究を怠ることがない。

 日付は変わってしまったが、明日の授業の予習をしてから眠ろう……そう思った矢先に、いきなり部屋のドアが派手に開いて、髪を黒と紫と黄色の3色に染め上げた少女があがりこんできた。手にはビニル袋をさげており、雛菊の部屋の香を掻き消すようなジャンクフードの匂いが漂ってきた。

「たっだいまー! ひなー!ピザ食おうぜ!」

「お帰り!! バカなの!? もう0時なんですけど!?」

「遅くなってごめんね!!」

 生まれつきの赤毛をおろしている雛菊とは風貌がまったく異なるが、顔はそっくりな双子の姉、紫苑はカラカラと笑う。

「良いじゃん、アタシ任務帰りでお腹すいてるんだもーん」

「じゃあひとりで勝手に食べて太れば良いじゃない……」

「太りませーん。まあピザが重いならサンドイッチ買ってきたから食べようよ。どうせ息抜きも忘れてたんでしょ」

……言い当てられて、雛菊は、むうと押し黙った。紫苑の言うことは図星だった。

 紫苑は雛菊にレタスサンドを差し出し、自らはチーズがとろとろのピザをもぐもぐと食べ始めた。

「まったく~、普段忙しいんだからたまには休んどかないとぶっ倒れるよ~」

「誰のせいだと思ってるの……あんたが順当に跡をついでくれれば、私はそれだけ楽ができるのだけど」

「そんなツンツンしなくたって良いじゃん~! しょうがないでしょ、ひなの方が才能あるんだから!」

 退魔師の力は、ほとんどが遺伝と生まれつきの才能によって左右される。

 破魔の力が生まれつき無い者は、いくらその後修行をしたところで退魔師になることはできない。

 紫苑だってまったく力がないわけではないのだ。しかし雛菊のほうがそれを上回ったため、彼女が時期当主になることが二人が5歳のときに決められてしまった。

 紫苑の方は、当主の座どころか退魔師という職にまったく頓着していない。希に、小遣い稼ぎのアルバイトのような気軽さで怪異の討伐に参加しては、好きなものを買ってきて雛菊に絡んでくる。また、紫苑も表社会では女子高生なのだが、髪色を自由に染められる学校を選び、こちらの生活も好き勝手やっているらしい。紫苑が机に向かって勉強しているところを雛菊は見たことがない。

 ……自分は、日の本の退魔師の模範となるべき存在だ。常に研鑽を怠らず、誇り高くあるべきで、紫苑のあり方など軽蔑すべきはずなのに。時折無性に、姉が羨ましくなってしまう。

 そして――

「ほーら、また眉間に皺よってるぞ♪」

 紫苑がいきなり、雛菊の眉間に指をそえ、ぐいとよっていた皺を広げる。

「アタシと二人っきりの時くらい、肩の力抜いていいんだからね、ひな。」

「……年上面しないで。」

「お姉ちゃんですけど!?」

「次の当主は私よ」

 学校で一目置かれ、退魔師の間で有栖川家の跡継ぎとして敬われる雛菊には、親しげに話しかけてくれる人がいなかった。父母ですら退魔師の師匠として雛菊と距離を置いている。

  こうやって夜食をつまみながら軽口を叩きあえるのは、紫苑しかいないのだ。癪なことに。

 雛菊の部屋の灯りは、その後もかなり遅くまで点いていた。



雛菊が人喰いの怪異である青年に恋心を抱いてしまい、出世街道を転がり落ちるのはもう少し先のお話。

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