魔女と世界の隠し子と――【Ⅲ】

「悦ばせる……はて、何をすればよいのでしょうか?」


 首だけの男はにっこりと返しました。


「とぼけないでよぉ」


 女もにっこりと答えます。

 間をさくようにきーきーと蝙蝠が鳴きました。

 女はうっとうしそうに顔を歪めて、シーアに投げキスを飛ばします。


「シーア!」


 籠を抱いてテオはシーアを守ります。投げキスに乗った魔力はテオとシーアにあたる直前、跳ね返り二足歩行猫ケット・シーに飛びました。

 ケット・シーはびくりと体を震わせ、女にすり寄ります。すりすりごろごろしていたら、女に足蹴にされました。腹を踏まれても、ケット・シーは悦びに悶えています。


「もう化けの皮を剥がすのですか」

「最初から気付いていたくせにぃ、よく言うわぁ」


 男の言葉に女は手で髪を払いながら答えました。

 やれやれと男は首を振れないので、眉を上げます。


「サキュバスには用事がないんですけどね」

「用事も何も、破魔師エクソシストがほざかないでよぉ」

「心を読むのは得意なのですね」

「にっこり笑いながら、どす黒いことを考えてる心の中なんて願い下げなんだけどねぇ」


 サキュバスにおでこをつつかれそうになった男は大きく一歩下がります。指から放たれた魔力は木にあたり、枝ばかりだった所に葉がはえました。二回、瞬くと色を変えた葉が落ちていき、精力を失った枝は細くなります。

 サキュバスは隠していた羽を出し、距離をつめました。

 男もそれに合わせて下がろうとして転けます。

 縮まる距離。近い吐息。

 笑うのはサキュバスです。


「逃げなくてもいいじゃない、気持ちのいいことするだけでしょ?」

「ご遠慮願いたいですね」


 いつまで笑ってられるかしらぁ、とサキュバスは唇を狙います。

 紅い唇と薄い唇が重なることはありませんでした。間に蝙蝠が入ったからです。

 魔力が跳ね返り、サキュバスは顔を赤らめました。


「何するのよぉ」

「嫌がることはしたらダメってロビンが言ってた!」


 ぽん、と小気味いい音でシーアが元の姿に戻りました。テオは何もいない籠にびっくりです。

 シーアは指を振りかざし、びしりとサキュバスに向けます。


「悪いことをする子はそこで考えなさい」


 言うが早いか、木の根が捕らえるのが早いか、サキュバスは木の幹に縛りつけられました。

 魔女の真似をして満足したシーアは七色に光る妖精を見つけて駆けていきます。テオも慌てて走り出しました。


「私は破魔師エクソシストではなく、何でも屋ですよ。魔物専門のね」


 サキュバスとすり寄るケット・シーを見下ろした男は何事もなく双子を追いかけます。その後のことなんて知りません。

 無事にバンシーを見つけた一行は目的の霊も見つけました。

 男は何事か話していましたが、テオもシーアも聞きませんでした。正確には、テオが聞き耳をたてるシーアをその場から引きずって聞こえないようにしました。


 後日、約束通りに吸血鬼の牙を持ってきた男はついでに吸血鬼の生き血も少しだけ魔女に渡します。

 魔女はとてもとても嫌そうな顔をしましたが、優秀な弟子に助けてもらいましたのでと言われ深い深いため息をつきました。

 どんな薬ができるか見てみたいと言った男の未来は皆様のご想像にお任せしましょう。今日はこの辺りでお開きといたします。

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