第30話「ゾンビニュース その二」

 翌週も収録。

 いつものように朝の支度を終えるとテレビ局へ向かう。


 今日も交差点が込み合う中歩いていると、ホームレスのような格好をした男性が前を歩く。


 コーイチは不愉快そうな表情を隠すことなく、少し距離を取っていると、その男性が転んだ。

 2週連続で見すぼらしい男が倒れたことに嫌気がさしたコーイチは、ついていないなと思いながらも、軽く男を観察する。


(先週と同じ男か? ボロボロの服、ぼさぼさの髪、汚らしい出で立ちが共通していれば誰でも同じに見えるからよくわからないな……)


 先週と違い、なかなか起き上がろうとしない男に、コーイチは若干の危機感を覚え、あえて無視する選択を取った。


(万が一死んでいて、すぐにゾンビにでもなったら困るからな)


 一応、被害が大きくならないよう110番にはスマホから連絡をした。

 警察に掛けたのは、このホームレスを助ける為ではなく、ゾンビ化したときの為と、危険なのでさっさと立ち去らせる為であり、善意の一欠けらもなかった。

 コーイチはそれ以上は何もせず、テレビ局へと入っていったのだった。


                ※


「僕は最近、ホームレスってやつについて考えを変えたんですけどね」


 ついさっき思い付いた、良い感じに炎上しそうなネタをコーイチは恐れずにぶっこんでいく。


「彼らって基本好きでやっていて、景観が悪くなる以外、迷惑かかることってしていないじゃないですか。だから、犯罪を犯す人はもとより、生活保護を貰って税金を使う人やSNSで悪意をばらまき他人を追い込む人なんかよりよっぽど立派だと思っていたんですけどね。

でも、ゾンビ化という事象が起きるようになったら、好きでホームレスをやるっていうのは無責任な行為になったと思うんですよ。何かで死んでゾンビ化したら、周囲にすごく迷惑をかける訳でしょ。なんだったら犯罪者予備軍と大差ないですよね。それなら大人しく生活保護でも貰っていてくれた方が我々、善良な市民は安全に過ごせるってもんですよ」


 一息に捲し立てるように喋る。

 その結果放送事故かと思うほどスタジオが凍り付いた。


(反論はない。僕の言葉が正しいから何も反論がないのだ!)


 そう思っていると、またしても俳優兼画家のコメンテーター松井が声を上げた。


「ふ~ん、木原さんって、すぐに主張変えるタイプなんすね。オレはどんな風に生きてても自由だって思いますし、生活保護もホームレスも別にいいんじゃない? って感じすよ。ほら、有名な偉人の言葉で生きてるだけでまる儲けってあったし、生きてるだけで意味があるんじゃないすかね?」


「その言葉は偉人でもないし、まだ生きてるぞ」


「じゃあ、これから偉人になる人の言葉ってことで」


 あっけらかんと言う松井に、コーイチは不愉快そうに顔をしかめて頭を押さえる。


「キミと話していると頭痛がしそうだな」


 それで会話が終わり、少しの間が空いてから、「え、ええっと」とアナウンサーが絞り出すように声を出してから、思い切って、


「さて、それでは次のニュースですが、これは嬉しいニュースです!」


 いつもより倍近く元気な声を出すアナウンサー。

 そして、中央の画面には、


『ゾンビワクチン、ついに実用化!!』


 との文字が躍る。


 それに対し、コーイチは眉をひそめた。


(この新薬はかなり危険な要素がいっぱいある。それを手放しで喜ぶのは流石にありえないだろう)


 ゾンビワクチンがどういった作用でゾンビ化を抑えるかなどが説明され、さらにその安全性が説明される。


 その説明によると、ゾンビ化は脳のバグである。これは最近の研究で明らかになった事実である。

 またこれも最近の研究で明らかになった事実で、人は脳細胞が壊れると白血球によって修復するという。

 今までの人類ならばこれで問題なかったのだが……。

 その白血球が現代人の飽食により増大化しており、死んでからも作用するほどの力を持った。一部神経を司る部分のみを死後にも関わらず修復。その結果が死んでからも動くゾンビとなっていた。

 また、ゾンビは自身の白血球を増やす為にカロリーを接種しようとし、結果、自身に一番近い白血球をダイレクトに摂取しようとするため人間へと襲い掛かるという。


 それを予防する為には、死亡時の白血球数を平常値以下にすることである。

 このワクチンはDNAに作用し、体温が一定数まで下がると白血球が修復作業をしなくなるというものだった。


「なんだ。このワクチンは! それじゃあ、体温が何かで下ったら白血球が作用しなくなって死ぬじゃないか! こんな危険なワクチンは打つべきではないっ!」


(完璧な意見だ。今の情報だけなら世論は確実に僕を支持するだろう)


 コーイチは自分の意見は正しいというように胸元に手を当て、即座に反論すると、その反論に対する返答もしっかり用意されていた。


 それによると、白血球が行う修復のみ阻害され、病気を退治する作用はそのまま残るので、心配ないとのことであった。


「いやいや、ただでさえ未知のゾンビ化にそんな訳のわからないワクチンなんて危険すぎる! なぜ、そんなことも想像できないのか!?」


 自分の事だけを本当に危惧し、声を上げるが、


「いや~、これで平和な時代に戻りますね! さっきのホームレスさんも、これでまた木原さんからの評価あがるんじゃないすか?」


 松井が楽天的な事を言い放ち、どちらかというと受け入れモードであった。


「オレもこのワクチンについては少し調べたんすけど。ちゃんと安全そうなんですよね。たぶん、データもそろってるんじゃないすか?」


 松井はアナウンサーを促すように場を繋ぐ。


「そうなんです。実はこのワクチンはすでに中東の方で国をあげて接種されていまして、いまのところ大きな副作用もなく使えているそうです」


 アナウンサーがさらにそう付け足し、そのデータまで表示された。

 いくつもの治験を行い、数日風邪のような副反応はあるものの、一度ワクチンを打てば10年は大丈夫とデータがはっきりと示す。

 

「くっ、そんなデータ信じられるかっ! これはゾンビ化を止めるとか言いつつも、何か国民にワクチンを打ちたい陰謀があるに違いないっ!!」


「その、本日は医師の方も呼んでいますので、お話を聞いてみましょう」


 医師とのやりとりに一進一退を繰り広げたが、結果としてはワクチンは安全なので、皆さま打ちましょうというところに落ち着いてしまった。


「これは是非、ワクチン打った方がいいすね!」


 松井の言葉に、コーイチは反論することが出来ず、反論が出来なかったということはコーイチの中で彼らが正しいと世間に伝えてしまったことと同義であった。


 コーイチは歯ぎしりをしながら、番組のエンディングを迎える。

 そのまま、まっすぐに自宅へと戻ると、録画しておいた本日の他局のニュースを倍速で確認する。


「このワクチンは安全です――」

「このワクチンに心配はないです――」

「副作用はなく、ゾンビ化も防げます――」

「このワクチンの発見に貢献した黒河総理――」

「功績から日本では、クロカワクチンと呼ばれ――」


「くそっ!!」


 テレビに向かってリモコンを投げつけると、リモコンはテレビ画面に大きなヒビを作る。

 ぎゅっと胸元を掴みながら、声を荒げる。


「なぜ、誰も僕のいう事の方が正しいと分からないのか!! 僕が正しいんだ。あんな松井なんてぽっと出のネコ被りなんかよりっ!! 証明してやる!!」


 コーイチは興奮しながらスマホを取り出すと、顔をしかめながらSNSを開いた。 





 

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