第39話 かがり火の大群

こう元正げんせい視点


「兵の様子はどうだ?」


 報告に来た兵士に、わしが尋ねる。


「はっ! 候将軍の指示通り、陣の配置の変更は終わりました」

「うむ、では下がってよい」

「はっ!」


 兵士は拱手きょうしゅすると、幕舎を出て行った。


「さて……では、このわしが一両日中に武定を落としてみせようぞ」


 そう独り言ち、わしはほくそ笑む。

 ふふふ……軍師殿は桃林関を攻略して大興へと進軍を続ける本隊にはせ参じるよう、陛下から指示が届き、今朝出立してここにはおらぬのだ。


 そもそも、陛下はあの者を重用しておるが、わしから言わせれば戦を知らぬ若造の世迷言でしかない。

 何より、たかだか二、三千の兵しかおらぬ武定城なぞ、二万の軍勢で一気に攻め立てれば簡単に落ちるのだ。


 それを、何をまごまごしておるのか、牽制を仕掛ける程度で一向に攻めようともせぬ。


「まあ、わしが指揮官となった今、さっさと連中を片づけて本隊と合流するのみよ。それに、そうすれば陛下もご自身の過ちにも気づくだろうて。重用すべきはあの若造ではなく、わしのような百戦錬磨の武将であると」


 そうとも、わしの働きを知れば、陛下の覚えめでたく刺史しし(州の長官)……いや、大将軍としての地位もあるやもしれぬ。それどころか、涼攻略の最大の功労者として“こう”(土地を与えられた領主)に任じられることもあり得る。


「ははははは! 笑いが止まらんわ! だが……」


 そう……あの武定には、“白澤”がおる。

 なのにあの若造ときたら、本隊へと向かう直前に受けた引継ぎで、『決して“白澤”と援軍としてやってきた兵士は生け捕りにせよ』と。


 全く……自分が戦わぬからといって、気楽なことを言ってくれる……。

 だが、先の寡兵での奇襲の際にはそのあまりの武に肝を冷やしたが、それでも数で押せばどうにかなることも分かった。対処は可能であろう。


 まあ、いずれにせよそのような指示に従う道理もない。問われれば、勢い余って殺してしまったということにしてしまえばよいのだ。


「それはさておき……そういえばあの若造、去り際におかしなことをぬかしておったな……」


 今朝、あの若造が呟いた言葉。


『ふふ……ここはあえて・・・。|乗せられてみる《・・・・・・・のも一興、ですね』


 その時の若造の笑みは、はたから見たわしの目には気味悪く映っておったな……


「まあいい……今はあの若造のことではなく、武定城よ。おい! 誰かおらぬか!」


 俺は大声で呼びつけると、兵士が一人そそくさとやってきた。


「候様、お呼びでしょうか?」

「うむ……全ての部将と兵士に伝えよ! 明朝、武定城を一気に攻めると!」

「はっ!」


 慌てて返事をした兵士は、幕舎を勢いよく飛び出していく。


「ふふふ……さあ、明日は忙しくなるぞ」


 そう呟くと、わしは口の端を持ち上げた。


 ◇


 ――ジャーン! ジャーン! ジャーン!


「っ!? 何事か!?」


 深夜に突然鳴り響いた銅鑼どらの音に、わしは思わず寝台から飛び起きる。


「しょ、将軍! 敵襲です!」

「敵襲、だと?」


 だが……全く、いくら“白澤”がいるとはいえ、二、三千そこそこの軍勢であろうに……なのに、この兵士は何を慌てておるのか……。


「ならば兵を叩き起こして対処しろ。所詮は寡兵かへい、大したことではあるまい」

「で、ですが! 敵の軍勢はその倍はおります!」

「何だと?」


 兵士の言葉に顔をゆがめ、わしは幕舎を出て状況を……っ!?


「な、なんだこれは!?」


 この陣へと迫りくるかがり火が、武定城から一直線に連なっている!?


「どういうことだ!? 連中は三千にも持たないのだぞ!? なのにどこからこれほどの兵力が!?」


 だ、だが、このまま待ち構えているだけではやられてしまう!?


「ええい! 皆の者、急ぎあの連中に当たれ! こちらは二万、まともにぶつかれば破れることなどありはしないのだ!」


 わしは恩寵【貫禄】によって兵達を落ち着かせ、なんとか態勢を整えるが……くそっ! さすがに二万も兵がいては、恩寵が行き届かん!


「「「「「うわあああああああああああ!?」」」」」

「っ!? 切り崩されたか……って、あ、あれは!?」


 なんと、我が陣の最前列に飛び込んできたのは、武定の兵ではなく……牛、だとおっ!?


「こ、これはどういうことだ!? 何故、これほど大量の牛なんぞが!?」


 よく見ると、ご丁寧に角に松明たいまつつるぎがくくりつけられており、こちらの兵士を次々突き刺し、踏みつけ、なぎ倒していく。


「ええい! 落ち着け! 落ち着けえっ!」


 わしは必死で兵達をなだめようとするが……駄目だ! わしの声がまるで届いておらぬ!


 牛の大群が二万の軍勢をいいように混乱に陥れる中。


「おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」

「「「「「っ!?」」」」」


 牛の大群からわずかに遅れ、あの“白澤”を先頭に武定城の軍勢が一気に仕掛けてきた!?


「者共! 敵兵が混乱している今こそ好機! 夜が明ける前に根絶やしにするのだ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおーっ!」」」」」


 “白澤”のげきに、武定の兵達が気勢を上げる。

 くっ……このままでは……っ!


「あっ!? 候将軍!?」


 このままでは我が軍は総崩れになり、あの“白澤”の言うように全滅だ!

 わしは素早く馬にまたがると、一直線に“白澤”へと突撃する。


「“白澤”、董白蓮とお見受けした! わしは候元正! 我が眉尖刀びせんとうの餌食となれい!」


 本音を言えばすぐにでも退却したいところではあるが、二万の兵がたかだか三千にも満たない軍勢に敗れたとあっては、どのようなつらで陛下に申し開きをするのだ……。


 ならば……せめて“白澤”の首をもって、陛下の許しを乞うのみ!


「行くぞおおおおおおおおおおっっっ!」


 |儂は眉尖刀びせんとうを横に構え、“白澤”へと迫るが。


 ――にい。


 っ!? わらった……っ!?


「がはっ!?」


 “白澤”は、わしが一撃を繰り出すよりも先にこの首を突き刺し、そのあまりの勢いにその視界が上下にぐるぐると回る。


 そして、首のないわしの、身体が、見……え…………………………。

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