第25話 同志

「さて……子孝、これから崔はどう出てくると思う?」


 将軍が帰還されてから一夜明け、俺と漢升殿は将軍と共に今後の方針について打ち合わせを行っている。


「そうですねえ……将軍と陛下とのやり取りの結果について崔にも、大興にいる間者から報告が入っていると思いますので、もうしばらくしたら何かしらの動きがあるかもしれません」

「ほう……というと?」

「はい。今回、将軍は姜氏……いえ、崔からの贈り物を陛下にそのまま献上し、二心無しということを示されました。となれば、崔としては次の手を打つでしょうから」


 そう……俺達は、今回の崔の動きは将軍を涼から離間させるためのものだと考えている。となれば、今回の陛下との謁見によってその策は失敗に終わったのだから、別の懐柔策あるいは直接武定に仕掛けてくるか、そのどちらかだろう。


「……まあ、崔が直接この武定に攻め込んでくるのではなく、姜氏を動かしてくるのが可能性としては高いでしょうねえ……」

「姜氏、でございますかな?」

「ええ」


 そもそも、今回の離間策についても姜氏の使者と偽っているのだ。まず間違いなく、崔と姜氏は繋がっているだろう。

 それに、さすがに崔が涼に攻め込むとなれば、他国も黙ってはいないはず。


 それだけ、今の崔は出過ぎているのだ。


「とはいえ、姜氏に関してはいざとなれば蘇卑から牽制してもらえば、武定にかまけている余裕はないでしょうから、それほど警戒をするほどではないんですけどね」

「そうか……だが、ふふ」


 俺がそう説明すると、何故か将軍はくすり、と笑った。


「ええと……将軍?」

「ふふ……ん? ああいや、最近の子孝はまるで、この武定の軍師のようだと思ってな」


 将軍の言葉に、俺は思わず下を向く。


 確かにこの武定での俺は、軍師の真似事をしている。

 だが、俺が本当に軍師の器だというのなら、俺の恩寵【模擬戦】をもっと効果的に使いこなし、かかる時間も圧倒的に短くなるはずだ。


 つまり俺は軍師になれるような、そんな男ではない、のだろうな……って、何を今さら。

 そもそも、俺に実力が足らないことは初めから分かっていたじゃないか。


 国を豊かにするほどの献策ができるわけでもなく、戦場でも無駄に時間を食いつぶすだけで、最上の策を見つけることもできない。

 いつもどこか妥協したような、そんな策に仕上げるのが精一杯なのだ。


 だから俺は……補佐官という道を選んだのだから。


「……はは、将軍は買いかぶり過ぎですよ。とはいえ、今の圧倒的な人手不足の状況下では、俺がやるしかないだけなんです」

「……そうか」


 俺はわざと軽い口調でそう言ってかぶりを振る。

 そして、そんな俺を見ていた将軍の瞳は、どこか悲しそうに見えた。


「ふむ……相変わらず・・・・・、困ったものだな……」

「? 漢升殿?」

「ああいえ、ただの独り言にござりますよ」


 そう言って、漢升殿は誤魔化すように表情を緩めた。


 ◇


「うう……仕事が終わらない……」


 将軍、漢升殿との打ち合わせも終わり、俺は政務に勤しんでいるが……くそう、こんなの補佐官一人で捌けるような業務量ではないだろ。


「子孝様、兵糧の調達に関する資料をこちらに置いておきますね!」

「げ……!」


 ちくしょう、月花が追加の仕事を持ってきたぞ……。

 まあ、俺以上に仕事をこなしている月花を前にして、泣きごとも言えないんだけど。


「はあ……とにかく、少しでも片づけていかないと……」


 そう独り言ちていると。


「子孝殿、少しよろしいですかな?」

「おや、漢升殿」


 将軍の傍にいるはずの漢升殿が、わざわざ一人で俺の元へとやって来た。


「ええと、どうなさいました?」

「いえ、折り入って子孝殿に頼みがありましてな」

「俺に?」


 はて? 漢升殿が俺に頼み事とは一体何だろう?


「実は、この際ですので拙者も十名程度の部下を持とうかと思いましてな。それで、その編成に当たっての予算をいただきたいのでござるよ」

「ほう……?」


 漢升殿に部下、ねえ……。


「ですが、漢升殿がそんなことを言うとは珍しいですね。元々、漢升殿は涼ではなく将軍にのみ仕えておられますし、身軽だからという理由で、これまでお一人なのだと思っていましたから」

「まあ、その通りなのですが……少々思うところがございましてな」


 そう言うと、漢升殿は僅かに視線を落とす。

 ふむ……何か考えがあるみたいだな。


「分かりました。でしたら、必要なだけご用意いたしますので、何なりと申し付けてください」

「かたじけのうござる」


 俺は漢升殿から必要な額を聞き、それをすぐに用立てた。


「しかし子孝殿、拙者に一切尋ねられぬのでございますな」

「はは、当然ですよ。この武定……いえ、大陸において、漢升殿ほど将軍に忠実な方はいらっしゃいませんから」


 漢升殿は常に、将軍を第一に考えておられるのだ。ならば、同じく将軍を第一に考えている俺が、漢升殿の申し出に対して否やと言うことなど、あるはずがない。


 たとえそれが、俺に害をなすことであったとしても。


「……はっは、子孝殿にそう言われると、こそばゆいですな」

「いつものお返しです」


 そう言うと、俺はこの壮年の同志・・・・・と笑い合った。


 ◇


 あれほど強かった陽射しが弱まり、いよいよ実りの秋の到来を告げる風が吹き始めた頃。

 今日も俺は政務に精を出し、将軍は兵士達の訓練に勤しんでいる。


「それにしても……」


 机に向かいながら、俺はふと考え込む。


 将軍が戻られてからそろそろ一月が経つというのに、姜氏、そして崔も、一切動きがない。

 すぐに何かしらの動きがあると考えていたのに、これでは拍子抜けというものだ。


 かといって、いつ動きがあるか分からないため、こちらとしては一切気が抜けない。


「さて……どうしたものかねえ……」


 などと考え込んでいると。


「子孝様! 大変です!」


 慌てた様子の月花が、俺の執務室へと飛び込んできた。


「一体どうしたのだ?」

「そ、それが! 月城から傷ついた兵士がやって来て……!」

「っ!?」


 月花のその言葉を聞き、全身の肌があわ立つ。


「月城が、崔によって攻撃を受けているそうです!」

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