第17話 単于の娘

「将軍! やりましたね!」


 気絶した敵の指揮官を馬に乗せ、将軍が意気揚々と戻ってきた。

 当然俺は、そんな将軍を出迎える。


 その役目も、俺の補佐官としての特権の一つだ。


「うむ。だが、相変わらず子孝が【模擬戦】で見出した策は、絶対・・だな」


 そう言うと、将軍はにこり、と微笑んだ。


「はは……ですが今回の勝利は、俺ではなくて黄さん達職人の勝利ですね」


 そう……結局、この戦で決め手となったのは、改良された戦車、いしゆみ、そして二丈(六メートル)もある長槍だ。


 最初、俺は蘇卑の騎兵に対抗することを念頭に、戦車の台数を揃えることで対抗しようと考えた。

 そもそも武定の兵士は練度が低く、手足のように馬を操れ、かつ、武器を十全に扱える者がほとんどいなかったための措置だ。


 それによってそこそこ対抗できるようにはなるものの、それでも機動力で劣るのでは、結局は太刀打ちできない。


 なので、次に考えたのは、いしゆみによる遠距離からの攻撃。

 これも兵士達に上手く命中させるだけの腕がないため、矢の威力を高め、しかも連射することで、その腕前を補うことにしたのだ。


 それに関しては、俺のお粗末な図面から見事に成し遂げた、黄さんの技術と月花の発想のおかげだ。

 要は、戦車に大きな弩を載せるための回転式の台座を取りつけ、弦を弾く方法を足踏み式とすることで、通常の手で弾く方法よりも素早く、そして命中精度を高めることに成功した。


 だけど、これだけの準備を事前にしておいても、俺の【模擬戦】で試した時には、蘇卑の騎兵の動きが速すぎて、なかなかとらえることはできないばかりか、二手に分かれて切り崩されたことで、こちらは大打撃をこうむった。


 何より、騎兵に一気に詰め寄られてしまうと、戦車も歩兵もなす術がなかったのだ。


 そこで騎兵さえ近寄らせなければ充分に対抗できると考えた俺は、いしゆみの数を増やしてみたものの、上手くいかない。


 頭を抱える中、俺はひらめく。


 だったら、こちらから近寄らせないように仕向けるんじゃなくて、向こうが近づくのを嫌がるようにすればいいんじゃないか……つまり、接近すれば被害を受けるようにすればいいのだと。


 まず、最初に試したのは罠。

 だが、罠は一度見破られればすぐに対処されてしまう上、大規模な罠を張り巡らせるだけの時間も人手もない。


 ならばと次に思いついたのは、長い棒……つまり槍を突き出して牽制すること。

 ただこれも、通常の槍では到底騎兵を止めることはできなかったので、試しに倍の長さの槍で行ったところ、見事に騎兵を退けてみせたのだ。


 予想外の成果だったことから、俺はその長槍の効果を最大限に発揮するため、戦車といしゆみにより敵の騎兵をそちらへと集中させ、機会を捉えて長槍で不意を突く。


 その結果……こちらの損害を一切出すことなく、蘇卑の軍勢五百を全て地に伏せることができた。


 こうなると、早急に必要になるのは長槍。

 俺は【模擬戦】を解除して意識を取り戻すと、すぐに黄さん達職人の元へと走った。

 二丈(六メートル)もある槍を三百も作るということで職人達は難色を示したが、すぐ傍まで蘇卑の軍勢が迫っていること、できる限り簡略化するため、槍の穂先を省く・・・・・・・ことで、何とか職人に用意してもらったのだ。


 本当に、黄さんをはじめ職人達には頭が上がらない。


「うむ。戦後処理も終わったならば、その時は職人達の労をねぎらわねばな」

「はい、結構無茶をさせてしまいましたから、どうぞよろしくお願いします」

「ふふ……では行こう」


 将軍と俺は縄で縛った敵の指揮官を連れて、城内に入った。


 ◇


「ん……んう……」

「気がついたか?」


 気絶していた敵の指揮官が、ゆっくりと目を開けた。


「……っ!? く、くそお……」


 縛られていることに気がついたのか、敵の指揮官は悔しそうに唇を噛む。


「そうだ、貴様はこの我が捕らえた。此度こたびの戦、我等の勝利だ。子孝」

「はい。それで捕らえられたあなたは今、我々の人質という状態となっております。ただ、人質というのはその人物によって価値が変わってくるものでして……」

「………………………」


 俺が何を言わんとしているのか理解したのか、敵指揮官は忌々いまいまし気に俺をにらんだ。


「せっかくの人質を最大限に活用するためにも、あなたの素性をお聞かせいただきたいのですが?」


 といっても、今回の蘇卑の軍勢は尖兵だろうから、この指揮官もそれほど価値はないだろうな。

 まあ、せめて恩を着せてやることで、少しでも関係を構築するきっかけにでもするかな。


「……お前、嫌な奴だな」

「はは、ありがとうございます」

「っ! 別に褒めてない!」


 そんな皮肉にあえて揶揄からかってやると、かんさわったのか敵指揮官が口を尖らせて顔を背けた。

 いやその反応、まるで子どもみたいだな……って。


 よく見るとこの指揮官、やけに若いな……それに、妙に声も高いし華奢だぞ?


「……僕のことを話す前に聞きたいんだけど、部下達はどうなったの?」

「はて? あなたの部下、ですか? ひょっとして、我々の槍によってこの城の前で転がっている?」

「っ!? お、お前ええええええええええ!」


 はは、何を勘違い・・・・・してるのか・・・・・この指揮官、顔を真っ赤にして身じろぎしてるぞ。


「ふふ……子孝、揶揄からかうのもその辺にしておけ」

「そうですねえ……」


 苦笑する将軍に、俺は頭をきながらうなずく。

 いや、俺もそんなつもりはなかったんだけど、この指揮官を見てると、どうにも揶揄からかいたくなってしまうんだよなあ。


 まあ、ひょっとしたらそういうのも、指揮官としての魅力につながるのかもしれないけど。


「心配せずとも、あなたの部下達はほとんど無事ですよ。大小の怪我はしてますがね」


 まあ、元々蘇卑の軍勢の被害を最小限にとどめることを前提とした戦だったからな。

 それに、時間が足りなくて槍の穂先を用意できなかったことも奏功した。

 そのおかげで、蘇卑の大半の兵士達は穂先のないただの棒で突き落されるのみで済んでいるのだから。


「そ、そっか……」


 俺の説明を聞いた指揮官は、安堵の表情を浮かべる。


「それで……そろそろ、あなたのことを話してはもらえませんかねえ?」


 指揮官の顔を覗き込み、俺はおずおずと尋ねると。


「あ、うん……僕は“ぶん華英かえい”。蘇卑の単于ぜんう(異民族の王)、“文伯卿はくけい”の娘だよ」

「「はあああああああああああ!?」」


 指揮官……文華英の言葉に、将軍と俺は思わず声を上げた。

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