第14話 老骨に鞭打つ

「戦車隊! 動きが遅い! それでは騎馬に袋叩きにあってしまうぞ!」


 将軍が武定に赴任してから冬を一つ越え、春の日差しが差し込むようになった頃。

 今日も元気に、将軍は兵士の訓練に精を出している。


「将軍、戦車の調子はどうですか?」

「ん? ああ子孝、お主のおかげでかなり良くなったぞ。壊れにくくなったばかりか、戦車が修理しやすいように各部品を交換式にしてくれたことが大きい」

「はは、それは何よりです」


 よし、将軍はことほかお喜びだ。

 俺も頑張った甲斐があったというものだ。


「ですが……何とか間に合いましたね」

「うむ……」


 赴任してからこれまで、俺達が軍備の増強を最優先に進めていたのは、この春に備えるため。


 これからは、三国……特に蘇卑と姜氏は、何かしらの動きがあるはず。

 冬さえ明けてしまえば、平原に騎馬をさえぎるものがなくなるからな……。


「……お嬢……将軍、早速動きがあったようですぞ」


 いつの間にか俺の隣に来ていた漢升殿が、険しい表情でそう告げた。


「……というと?」

「はっ。城壁の西側より、騎馬がこの城の様子をうかがっているのが確認できました。その数、およそ十」


 ふむ……西の方角から、たったそれだけの騎馬がやって来たということは、鮮卑の斥候せっこうだろうな……。


「そうか……子孝、どうする?」

「そうですねえ……今のところ、それほど問題はないとは思いますけど、小競り合い程度の軍勢は送り込んでくるかもしれません」


 赴任した昨年の時点では、まだ俺達も武定内のことで手一杯だったため蘇卑も警戒してはいなかっただろうが、この冬の間に俺達がどの程度体制を整えたのか、向こうとしても気になるところ。


 ならば簡単な戦闘に持ち込み俺達の実力を図った上で、今後の出方を決める……っていうのが蘇卑の考えなのだろうな。


 なら。


「ということで、連中がお出ましになった暁には、将軍……完膚なきまでに蹴散らしてしまいましょう。ただし、できれば向こうの被害を最小限にとどめる形で」

「むむ……難しい注文をつけるな……」


 俺の提案を聞き、将軍は顔をしかめる。

 だけど……この武定がこれから生き残り続ける・・・・・・・ためには、この最初こそが肝心だ。


 ます、俺達の……将軍の圧倒的な強さを連中に見せつけてその戦意を削ぎ、今後、俺達と争おうと考えることもないようにしないと。

 だが、ここで連中を全滅させるような真似をしたら、それはそれで逆効果。

 今度は俺達に対する恨みを募らせることとなり、次に相対した時は死に物狂いで戦ってくるだろう。


 それだけじゃない。

 今は蘇卑と姜氏は仲が悪いため手を組むこともないだろうが、俺達を打倒するために感情を捨てて同じ船に乗ることも考えられる。


 最も最悪なのは、崔と組まれた場合。

 そんなことになったら、俺達は東の蘇卑と西の崔から、挟撃されることになってしまう。

 何より、崔は蘇卑や姜氏とは比べものにならないほどの強国。絶対に、戦場に顔を出させるわけにはいかない。


「……ということで、本音を言えば今回を契機として蘇卑と友誼ゆうぎを結べれば最上。それが叶わなくても、俺達を警戒して下手に仕掛けてこないようにするのが次善というところでしょうか」

「うむ……だが、あえて鮮卑とよしみを結ぶ必要が、その……あるのか? 今まで涼は、蘇卑を常にとしていたのだ。そのような背景がある中、果たして上手くいくのだろうか……」


 そう言って、将軍は俺の顔をのぞき込む。

 その瞳に、微かな期待を込めて。


 確かに、将軍の懸念ももっともだ。

 だけど俺は、意外と蘇卑とは良好な関係を結べるのではないかと考えている。


 というのも、蘇卑の土地は岩山と砂漠に囲まれ、生活をしていくには非常に厳しい土地柄だ。そこで、俺達が物資の支援や交易を持ちかければ、蘇卑も乗ってくるのではないかと。


 また、蘇卑と姜氏の仲が悪いことは先程も触れた通りであり、俺達と友好関係になれば、蘇卑としても姜氏に対抗できる。

 俺達だって背後に蘇卑が控えてくれるのであれば、姜氏……さらには崔とも正面切って対峙することもできる。


 などともっともらしい理由を並べてはみたものの……これは、結局のところは俺の我儘わがままなのかもしれない。

 俺は、蘇卑と友誼ゆうぎを結びたいのだ。


 何故なら……蘇卑の一族は、将軍の母君の血族なのだから。


「はは……ですから、将軍には蘇卑の連中にその強さを存分に見せつけてやってください。その後の俺の交渉が、やりやすくなるように」


 そう言って、俺は心配ないと示すため、拳で胸を叩いた。


「ふ、ふふ……本当に、お主という奴は……」


 おそらく、俺の考えを読み取ったのだろう。

 将軍は、その琥珀色の瞳に喜びをたたえ、柔らかい笑みを浮かべた。


「はっは。であるならば、拙者の責任は重大ですな」

「そうですよ。漢升殿が持ち帰る情報こそが、全ての成否を決めるのですから」


 愉快そうに笑う漢升殿に、俺はあえてそう告げた。

 ふふふ……いつも俺を揶揄からかってくることへの、意趣返しですとも。


「ふむ……ですが子孝殿。昨年の賊とは違い、此度こたびの相手は蘇卑。残されている時間を考えれば、拙者などより余程大変そうですなあ」


 うぐ……早速言い負かされてしまった……。

 くそう、やはり漢升殿のほうが一枚上手か……。


「ふふ……子孝も懲りないな」


 そう言って、くすくすと笑う将軍。

 はは……やっぱり将軍には、いつも笑顔でいてほしい。


「さて……では、お嬢……将軍と・・・人使いの荒い補佐官殿の・・・・・将来のために・・・・・・、老骨に鞭打つとしますかな」

「漢升殿!?」


 あああああ!? 漢升殿、将軍の前でそんな言い方しないでくださいよ!?

 俺は慌てて漢升殿の言葉をさえぎりつつ、ちら、と将軍の様子をうかがうと。


「ふあ……」


 ……将軍は、その透き通るような白い頬を、桃のように紅く染めていた。

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