第4話 いざ、辺境最前線の地へ

「将軍ー! そんなに早く行かないでくださいよお……!」


 涼の首都、“大興だいこう”を発ってから二十日。

 “月城げつじょう”を抜け、あと五日もすれば武定にたどり着くというところまで来たんだけど……ねえ……。


「何を言う! 子孝が『早く行きたい』と申したのであろう! ならば、これでも遅いくらいだ!」


 いや、確かに方便で言いましたけれども……って、将軍が口の端を持ち上げてる。

 なるほど……あの時王府で俺がからかったものだから、その意趣返しですか。


「子孝殿、これは諦めたほうがよろしいのでは?」

「漢升殿……」


 澄ました表情でそう告げる漢升殿を見やり、俺は肩を落とした。

 どうやら、甘んじて受け入れるしかないようだなあ……。


「全く……武定に着いた暁には、びしびし鍛えてやるからな」

「ひいい」


 お、俺は補佐官で、兵站へいたんや平時の内政を担っているのであって、決して武を求められているのではないのですが!?


「ふふ……なあに、あの頃・・・に戻ったと思って、な?」


 将軍……俺、その笑顔が怖くて仕方ありません……。


「お嬢……将軍、どうやら里のようです」


 すると、漢升殿のが里を見つけたようだ。


「む……仕方ない。我の補佐官がそろそろ限界のようだから、今日のところはここで休むとしようか」

「ええ! そうしましょう!」


 俺は将軍の提案に二つ返事で頷く。


「ふふ……ならば補佐官らしく、お主が今日の宿を確保してくるのだぞ?」

「もちろん! お任せくだされ!」


 くすり、と微笑む将軍に、俺は胸を叩いて応えた。


 ということで俺達は里に入った、んだけど……。


「ふむ……人が見当たらないな……」

「そうですねえ……」


 ひょっとしたら、畑に出ていたりするのかもしれないが、それにしても静かすぎる。

 まるで、息を潜めて静かにこちらの様子をうかがっているかのような……。


「と、とにかく俺、あの屋敷に行って声をかけてきます」


 俺は里の中央にある大きな屋敷へと向かい、声をかけてみるが……返事がない。


「どうやら留守みたいだな……」


 仕方なく、その隣の家にも声をかけると。


「……はい」


 中から娘が一人出てきた。見る限り、歳は十五、六といったところか。

 だが、なかなかの美人だな……。

 おっと、じろじろと見ているものだから、警戒されてしまったみたいだ。


「俺は“董白蓮”将軍の使いの者だ。実は将軍は武定に向かう途中で、この里で一晩やっかいになろうと思ったのだが、この屋敷が留守のようでなあ。お主、すまぬが屋敷の者を呼んできてくれるか?」

「っ!? は、はい!」


 将軍の名を聞いた途端、娘は飛び上がるような勢いで返事をすると、すぐにどこかへと走って行ってしまった。おそらく、屋敷の者を呼びに行ったのだろう。


 うむうむ、やはりこの国で将軍の名は絶大だなあ。

 こんな辺境のような場所であっても、簡単に通じてしまうのはありがたい。


 俺は彼女の向かった方角をぼんやりと眺めていると。


「む……子孝、あの娘と何の話をしていたのだ……?」


 どうやら俺と娘のやり取りが気になったらしく、将軍が馬の世話を漢升殿に任せ、こちらへとやって来た。

 だけどその表情を見る限り、かなり不機嫌のようだ。


「はは……この大きな屋敷の者を呼びに行ってもらったんですよ。なので、決してやましいことはありません。それはもう、絶対に」

「むむ、そ、そうか」


 俺が念を押してそう告げた途端、将軍の表情が柔らかくなった。

 はは……将軍には悪いけど、こういった反応をもらうと、俺としては悪い気はしないな……。


「む、何だ?」

「いいえ、何でもありませんとも」


 じと、と見る将軍の視線をうけ、俺はすました表情で肩をすくめながらかぶりを振った。


 すると。


「お、お待たせしました!」


 屋敷の者を探しに行ってくれた娘が、一人の老人を連れて戻ってきた。


「ああ、すまない。では、こちらのご老人が……」

「そ、その……この里の里正りせい(村長)をしております、“ちん景台けいだい”です……」


 老人はおずおずと名乗るが、落ち着きもなくそわそわしている。

 おそらく、何故このような里に将軍が来たのかと、不安で仕方ないのだろう。


「うむ。我は“董白蓮”。こたびは陛下より武定の太守を拝命してな、それで、すまんがこの里で一泊させてほしいのだ」

「へ、へえ……こんな里でよろしければ……」


 里正は恐縮しきりで首を縦に振った。

 ふむ……だけど、あの・・“白澤姫”が来たというのに、どこか様子が変だな……。


「はいはい。すいませんが、一晩ごやっかいになりますね。では将軍、屋敷の中でごゆっくりくつろいでくださいませ。里正と一緒に」

「む……あ、ああ……」


 俺が半ば強引なことを言うものだから、将軍が不思議そうな表情を浮かべながら屋敷の中へと入って行った。

 というか、基本的に軍略に関すること以外はさほど役に立たないので、将軍は屋敷で大人しくしていてください。


「さて……娘、名は何という?」

「あ……わ、私は“真蘭しんらん”といいます……」

「そうか。では真蘭に尋ねるが、里正のあの様子からして、何かあるのかな?」

「っ!?」


 そう尋ねると、真蘭は息を飲んだ。

 あー……やっぱり何か厄介事があるんだな……。


「ふむ……こうして我々がこの里を訪ねたのも何かの縁。よければこの俺が話を聞くが?」


 俺は真蘭の緊張を解く意味でも、わざとおどけながらそう話を持ちかける。


「……本当に、よろしいのでしょうか……?」

「もちろん。なにせ、こちらにはあの“白澤姫”がいるからなあ」


 すいません将軍。そのお名前、少し利用させていただきますよ。


「でしたら……」

「うん?」

「でしたら! 里を……私達を、助けてください!」

「うお!?」


 真蘭が、悲壮な表情で俺の胸に飛び込んできた!?

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