Day12 戻ってきた人(お題・坂道)

 井戸桶落としの夕日が沈み、辺りが紫色の薄闇に覆われる頃、ゆっくりゆっくりと足を引きずるように、黒い人影が坂道を登っていく。

 それは坂の途中まで登ると崩れ落ちるように道に膝をつき、闇に溶け込んだ。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 先日、公会堂に『椎の木通り』の近くにある村から、男の人が依頼に訪れた。

『うちの前の坂道におばけが出るんです』

 それは今月の始めから毎夕刻、彼の家が立つ丘の坂道を下から登り始め、毎回坂の途中で消えるという。

『どうしてでしょう……』

 心当たりは無いまま気味の悪い現象は続き、すっかり依頼人の家の人達は他の村の人達から遠ざけられ、村八分状態になっているという。

『お願いです! 聖騎士様! 俺達を助けて下さい!』

 すがりつくような依頼人の話をガスにしたところ、彼は『それはどうも村の過去に因縁がありそうだな』と、その村を訪れ、村長さんと話し合い、調べてくるとフランを連れて出掛けていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「オークウッドの若旦那さんが、村長と話した後、村の者との関係は随分穏やかになったのですが……」

『おばけは聖騎士様が消して下さる』

 村長さんがそう村の人達に言ってくれたらしい。依頼に来たときよりは落ち着いた顔で、依頼人はガスの持ってきた魔除けの御札を受け取った。

「あの影は人の思念が秋の陰の気を吸って、形になったものです」

 シャドーマンとは違い、そこにある思念が、この時期だけ見えるようになったもので、大元の思念を祓わないことには、また来年も現れるという。

「今年の夏、公国の南東の海岸に海竜の死骸が打ち上げられたそうです」

 すでにアルスバトル辺境伯……私のお父様……の命で沖に沈めたのだが、調査したところ、海竜の腹から沢山の人骨が見つかった。

「多分、沈没した船の乗組員だと思います」

 その後、公国では、船乗りの幽霊を目撃したという騒ぎがちょこちょこと起こっているという。

「海竜の腹から解放された霊が、あちらこちらでさまよっているみたいですね」

 もう、ほとんどが聖ユグリング寺院の僧侶によって祓われているが、多分、これもその一つだろう。

「霊になるほどの力も無い、坂道の途中で力尽きて消えてしまうほど弱い、古い思念となると……」

 実は村長さんのお父さんの弟さんが家を出て船乗りをしていたらしい。

「その人と私の母が……」

「ええ、若いとき恋人同士だったようです」

 つまり、影はお母さんに会うために坂道を上っているのだ。

「母は三年前に亡くなってますが……」

「ですので、一度坂道を登り切らせ、この家にもう昔の恋人がいないことを解らせたうえで、こちらの聖騎士様が浄化します」

 そうすれば、思念は残ることなく綺麗に消えてしまうだろう。

「気味悪いとは思いますが、害は無いので……」

 お家の人には、念の為、魔除けの御札を身に付けた状態で、影に会って貰う。

「大丈夫! 私がいますから!」

 私は腰のショートソードに手をやり、胸を張った。

 

 薄曇りの空、坂道をいつもより早い、どんよりとした闇が覆う。ゆっくりと濃くなり、人の形を取る。ぎゅっと依頼人と家族……奥さんと娘さんと息子さんが団子のように身体を寄せ合って固まる中、影は登ってきた。

 いつものように坂の途中で力尽きるように膝をつく。そこに私は力を送った。影が立ち上がり再び、登り始める。

 やがて、坂を登り切り、私達の前に立つ。私はショートソードを抜くと依頼人の家族を守るように立ち塞がった。

 ゆらゆらと揺れながら、影が私達を見回す。そのとき、ふわりと冷たい風が吹いた。

 風は影の前で止まり舞う。くるくると回り、闇が集まると腰の曲がった真っ黒なおばあさんの姿を取った。

「母さん!!」

 依頼人が声を上げる。新たに現れた影が一旦ほどける。また風がくるりと舞い、影は若い女性になった。

 女性の影が影に抱きつく。二人は堅く抱き合うと、湿った夜風にするりと消えていった。

 

「父は息子の俺から見ても、ひどい夫でした」

 家付き娘に妬みでもあったのか、両親が亡くなると途端に横暴なり、依頼人のお母さんをこき使っていたという。

「そんな中、きっと母も彼を待っていたのでしょう」

 依頼人と奥さん達が私達に頭を下げる。

「ありがとうございました」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「あの……若旦那さん」

 報酬として貰った、たくさんのリンゴを抱えながら歩く帰り道、リサさんがガスに声を掛けた。

「あの影、以前、うちを覗いていた影に感じが似ているんです」

 特に不思議と少しも気味が悪いとか怖いとか感じなかったところが。

「そうですか。実はリサさんのお家の周りをカゲマルに調べて貰いましたが、嫌な気配は無かったそうです」

「無かったでござる」

 影丸が私の影から顔を出し、頷く。

「もし、その影が今回の影と同じものだとしたら、何か心当たりはあるの?」

「それが全然……」

 ぷるんとガスの肩で揺れるフランにリサさんが首を傾げる。

 飲み込んだ、もやもやがまた胸に湧き起こってくる。

 私はぎゅっとリンゴの入った駕籠を抱きしめた。

 

 依頼人:坂の上のお家の村人

 依頼:坂道を登るおばけ退治

 報酬:リンゴ

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