余り者の勇者と不思議相談窓口

いぐあな

Day1 お暇な勇者(お題・鍵)

「暇だ……」

 百五十年前、『勇者』が魔王を倒した後、建国したアルスバトル公国。その力を受け継ぐ、次期辺境伯、勇者セシル・アルスバトルが団長として率いるアルスバトル公国騎士団の事務所の一部屋で、私はへちょんとデスクに頭を着けた。

「暇だ……」

 この部屋は魔王が残した災いを解決する為、初代『勇者』が仲間達と共に創立した組織、聖獣神殿のアルスバトル分室。今は主に魔物関係のトラブルを扱っている。そして私は公国の二人目の勇者で、セシルの双子の妹である、神殿所属の聖騎士ミリアム・アルスバトルという。

「暇だ……」

 ひゅー。

 事務所を囲む紅葉した並木を揺らす木枯らしの音が聞こえる。先月の半ばに出した、小さなストーブに乗せたやかんもしゅんしゅん鳴っている。

「暇だ……」

 部屋には私一人だけ。多分、事務所内も事務方の職員を除いて団員は皆、出払っているだろう。この夏の終わりからアルスバトル公国の西、ペジュール公国との境にあるタラヌス山脈に性質たちの悪い盗賊団が住み着いたという噂が流れ、アルスバトル側からは入山に規制が掛かっている。そんな中、ペジュールから入った商隊が予定日を一月過ぎても到着しないので探して欲しいという依頼が騎士団にあった。それを受け、今朝、団長のセシルを始め、団員もほぼ全員、捜索に出立している。

「暇だ……」

 セシルと同じく初代『勇者』の赤い髪と赤い瞳と力を受け継ぐ私も、本来なら捜索に加わらなければいけないはず……なんだけど……。

「暇だ……」

 理由があって、とにかく表立って活躍してはいけない私にセシルは

『オークウッド本草店に『姫様通り』の商店から商隊について何か情報が入ったら、こっちに知らせてくれ』

 と頼んだ後

『お前は絶対にこの件には関わるな!』

 クドいくらい念を押して出て行った。

「暇だ……」

 顔だけ起こして誰もいない部屋を見る。この春、とある事件から私は

『目立たない事件なら良いでしょ!』

 と幼馴染で婚約者のガスの家、オークウッド本草店を通して魔物からの相談事を請け負っていた。そのお陰で彼等から『人』も『魔物』も助けてくれる『余り者の勇者』と呼ばれるようになった……のだが……。

「暇だ……」

『お山の魔物はそろそろ冬こもりの準備で忙しいし、冬の魔物が出てくるにはまだちょっと早いし、ちょうど『月の始まりの月』は毎年ぽっかりと相談事が途絶えるんだよね』

 ガスが言ったように、先月一つ事件を解決して以来、私は毎日部屋で暇を持て余す日々を続けている。

「あ~!! 暇だぁぁぁ!!」

 両手を天に突き上げて叫ぶ。

「訓練場でも行くか……」

 外、曇りで滅茶苦茶寒そうだけどっ!

 でも、ここでグダグダしているよりマシだしっ!

 木枯らしの音に首をすくめつつ、腰のショートソードを差し直したとき、ゾワワッ!! と勇者の知覚が、すっかり慣れっこになった『人ならざりしモノ』の気配を感じた。

「えっ!?」

 慌ててデスクの後ろの窓に駆け寄る。

 パタン!! 大きく窓を開ける。冷たく湿った冬の匂いをまとった風がぴゅーぴゅー吹く中、気配は曇空に吹き抜けていく。

「依頼……じゃなかったのかな?」

 まれに直接、この部屋に頼みに来るモノもいるのだが。

「単に『余り者の勇者』を見物に来たとか?」

 それならそれで、お茶くらい淹れたのに……。

「どうせ暇なんだから話し相手にくらいなって欲しかったなぁ……」

 ぶちぶち言いつつ、窓を閉めかけた私はそこに置かれているものに気付いた。

「鍵?」

 頭の部分に葉っぱとどんぐりのような木の実が彫り込まれた黒ずんだ古い鍵だ。小さな紙が細長く折り畳まれて結ばれている。

 紙をほどいて開く。

『『余り者の勇者』様。『椎の木通り』にいらして下さい』

 紙には柔らかな女手の文字が書かれている。

「……もしかして……もしかして……」

 これは依頼だっ!! 

 久しぶりの依頼に私は鍵と紙を手に大きくバンザイをした。

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