第2話 いざない

 菜々未が高校二年の夏休みだった。幼なじみの舞依が約束もなく、突然菜々未を訪ねた。舞依とは小学校と中学校が一緒で、小学校では二人は親しく多くの時間を過ごした。中学校に入ると、舞依は髪を染めたりスカートを短くしたりし始め、菜々未とは違うタイプの友達と付き合い始めた。二人は疎遠になったが、菜々未は舞依を羨ましい思いで見ていた。舞依は小さい頃から可愛いらしく快活で人の目を惹いた。クリスマス会などでお芝居をするときにはいつでも主役になった。舞依は茶色く染めた髪も短くしたスカートも似合っていたし、校則に違反して注意を受けても「ごめんなさーい!」で済ませてしまう明るさがあった。人見知りで中学校に慣れるのにも時間がかかり、舞依のモデルのような体型に憧れていた菜々未は、舞依の要素の半分でも自分にあればいいと常々思っていた。

 高校は別々のところへ進み、連絡もすっかり途絶えていた。その舞依が菜々未を訪ねて来ただけでも、菜々未は嬉しかった。それだけでなく、舞依は菜々未を合コンに誘った。年上の男の人を紹介してくれる、もしかしたら外国の人も来るかもしれないと言う。合コンに誘われることだけでなく、舞依に誘われたという事実が菜々未の自尊心をくすぐった。舞依のようにおしゃれで可愛い女の子が参加するような合コンに、自分も入れてもらえるのかと思うと、特別な仲間として認めてもらえたようでわくわくした。菜々未が二つ返事で参加に同意すると、舞依はにっこりして二日後に市街地のハンバーガーショップで落ち合うことを約束して帰っていった。

 ハンバーガーショップには約束の時間より三十分も早く行った。合コンの最中にたくさん食べると思われたくなかった。先にお腹をいっぱいにしておけば、合コンの間はお上品に過ごせるかも知れない。ハンバーガーを食べ終わって、トイレに行ってかばんに潜めた歯磨きセットで歯も磨いて、テーブルに戻って残りのジュースだけを前にして舞依を待った。約束の時間どおりに現れた舞依は、同い年くらいの二人の女の子と一緒だった。舞依は二日前に見たときより化粧も濃く服装もギャル風だったが、こなれた感じで大人っぽかった。二人の女の子も似たファッションだったが、そちらはなんとなく擦れた感じがした。四人掛けのテーブルで、舞依は菜々未の横に座った。残りの女の子が向かいに陣取り、舞依は簡単に互いを紹介すると菜々未をまじまじと見た。

「お化粧してきたんだ。可愛い」

 舞依は言った。

「うん。ちょっとだけ」

 菜々未は恥ずかしくなって前髪を直すふりをした。

「服も可愛い」

 舞依は体を後ろに引いて、菜々未の服を観察した。薄いミントグリーンの半袖のサマーセーターに、白のコットンアイレットのミディスカート、昨日買ったばかりの白のサンダルを合わせていた。

「いいよ。いいよ。清楚な感じで」

 舞依は大きく頷きながら言い、二人の女子に「ねえ?」と言って同意を求めた。

 二人は「いいよ〜。すっごいモテそう」と答えたが、ニヤニヤしていたので菜々未はあまりいい感じはしなかった。

 舞依は、連れの二人と他愛もない話をしながらときどき菜々未にも話題をふった。菜々未は「うん」とか「そうだね」とか無難に応えていたが、ひどく場違いな気持ちがした。しばらくすると、一人の少女が菜々未たちのテーブルに近づいてきた。市内の商業高校の制服を着ていた。

「あの……マイさんですか?」

 舞依の横に立つと、制服の少女は言った。

 舞依はその子を見上げて「えーと、チカちゃん?」と聞いた。

 ちょうどその商業高校の少女の後ろに、別の茶色い制服の少女が追いついて「あ、私チカです」と手を上げながら最初の少女越しに言った。

 舞依は商業高校の少女に目を戻して「じゃ、あなたがユウナちゃん」と言った。ユウナと呼ばれた少女は黙って頷いた。

「今日はよろしく〜。迎えがもうすぐ来るから、ちょっと待っててね〜」と舞依はにっこりしながら、二人を通路の反対側にあるテーブルに座るように促した。

 菜々未は舞依が二人を菜々未たちに紹介するものと思っていたが、舞依はそのまま自分のギャル友達とまた話し始めた。菜々未は、状況がよくわからなかった。チカとユウナが制服を来てきたのも驚きだった。

(合コンに制服?)

 菜々未は舞依の話を聞いているふりをして、チカとユウナを観察した。ユウナはあまり美人とは言えず、化粧っ気もなくなんとなくおどおどした感じだった。土曜日だったので、学校のクラブ活動の帰りで制服を着ているのかとも考えてみたが、手元は小さいバッグだけで、学校に行っていたというわけでもないようだった。チカの方は本当の制服ではなく、制服風のコスチュームを着ているようだった。スカートはペラペラで上半分にだけひだが入っていて下がフレアだったし、緩めに首に巻いたリボンタイは普通の制服ではありえないほど大きかった。

 不意に誰かがテーブルの横の窓ガラスを外側から叩いた。舞依が顔を上げ、そして眉をひそめた。舞依の方に体ごと向いていた菜々未は身を捩って窓ガラスを振り返ったが、窓を叩いた誰かは背中を向けてハンバーガーショップの入り口の方に向かって歩き出していた。背の高い、肩幅の広い男性だった。

 舞依はしかめた顔をさっさと引っ込めて、「それでは皆さ〜ん、お迎えが来ましたー」と愛想よく呼びかけて立ち上がった。つられてその場にいた全員が立ち上がった。

 窓を叩いた男性が入り口を通って、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 夏だと言うのに黒いジャケット。いかつい顔に左眉の傷。

 菜々未はぎょっとした。鳴沢陽介だった。川野の雷神。なぜ鳴沢がここにいるのか。合コンに参加するのだろうか。

 鳴沢はそんな菜々未に気が付いたのか、足早に近づいてくると開口一番菜々未に向かって言った。

「なんであんたがこんなとこにいるんだ」

 菜々未は面食らった。鳴沢は有名だったので菜々未は鳴沢を知っていたが、個人的な面識はない。赤の他人に自分が合コンに参加するには値しないと言われたような気がした。しかし、菜々未が何かを言う前に舞依が「あんたこそ何の用よ。伸司が運転するはずでしょ」と言った。

 鳴沢は舞依に視線を戻して「代わりだよ。伸司は別のところでポカやらかして呼び出された。コウタさんには話が通ってる」と無愛想に答えた。舞依は不機嫌そうに「……余計な口出ししないでよ」と言った。鳴沢も「俺だってお前らとは関わりになりたくねえよ。伸司に頼み込まれたからやるだけだ」と言い返した。

 舞依はふんと鼻で息をすると、途端ににこやかな顔を作って女子を振り返りながら「はーい、それじゃ車まで移動しまーす。皆さん付いて来てねー」と言った。

 菜々未はどこか市街の居酒屋かカラオケかに行くと思い込んでいたので、舞依に小声で尋ねた。

「車なの? どこに行くの?」

 舞依は何でもないという風に「あ、あたしの彼氏ん家で集まるから。こいつ、運転手」と笑って、鳴沢を親指で指した。鳴沢は「こいつ」という言葉にギロリと舞依を睨んで、菜々未の方が青くなったが、舞依は知らん顔だった。

 ハンバーガーショップから車までは少し距離があった。ゆるい坂道をみんなで歩いて行く間、菜々未は新しいサンダルが素足に食い込んでくるのを感じた。痛いのを我慢して遅れないように付いて行った。舞依は鳴沢に向かって「ちょっとどこまで歩かせんのよ。どこに車停めたの?」と聞いた。

「駅の反対側の駐車場だよ。近くのは満車だった」

 鳴沢は大股で歩きながら言った。

「駅の向こう側? 駐車場なんて律儀に……。さっきのお店の前の通りにぱぱっと車停めて迎えに来ればいいでしょう?」

 舞依の口調は刺々しかった。

「ばかやろう。俺だって免許取ったばっかなんだ。一年目で駐車違反食らってたまるか。ミニパトがいつも止まってんだろうが、あそこは」

 舞依は小ばかにしたように鼻で笑った。

「あんた、そういうとこ細かいよね。雷神が聞いて呆れるわ」

「うるせえ。黙れ」

 そう言った鳴沢は少しバツが悪そうに見えた。菜々未は意外な気がした。鳴沢が中学三年生のとき、三階の教室から机を放り投げ、職員会議にかけられた話は有名だ。そんな男は規則なんか守った試しはないものだと思っていた。

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