第35話 友達がいる

「お前、なんかニヤニヤしてるな」



 智良志は俺の顔を覗き込み、いやらしく言い放つ。

 午後二時。大学構内にある屋外休憩スペースで、遅い昼食を食べていた時だ。


「そうか?」

「ああ。そうだ」彼はぴしゃりと言い切った。

 そんなオーラが出てるのか。確かに、いま俺はまぎれもなく充実した毎日を過ごしている。

 彼は麻婆豆腐丼をかきこむと、「はっ」と何かを察知したように顔を近づけた。

「まさかお前、あの美人のなんとかさんと……!」

「徳梅さんね」

「そうそう、思い出した。セイルさん! まさかお前、彼女といい感じなのか?」

「まあ、悪い感じではない」これは嘘ではない……よな。



「まじかよっ!」つばと豆腐くずが俺の顔面めがけて飛んでくる。



「付き合ってるのか?」

「そんなわけないだろ。悪い感じじゃないってだけだよ」

「なあんだ、びびらせるなよ」なぜか、ほっと胸を撫でおろすと、俺の肩をぽんと叩く。

「そういえば智良志さ。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「ん? なんだ? 恋愛相談ならのるぞ」

「いやいや、違うし」

「例えば、智良志はどんな時に衝動買いとかする? なんか、コレっていう理由ある?」

 俺はウリちゃんと全く同じ質問をした。

「そりゃ、安いやつだろ」

 ウリちゃんと同じ回答がきた。

「値段以外で」



「そりゃ、すげー欲しいって思った時だよ」



 ……。なんか語彙が少し違うだけで、二人とも中身が同じような。

「もっと、具体的に」

「そうだな……。でも、なんでよ? 理由教えてくれないと分からないだろ」

 確かにもっともなご意見。徳梅さんの件は伏せて、バザールでエンドを作り、どうやってお客さんにアピールすればいいのか迷っているとだけ伝えた。



「ああ、なるほどね。まずは、AIDMAからやればいいんじゃね」



 AIDMAとは、Attention(注意)、Interest(関心)、Desire(欲求)、Memory(記憶)、Action(行動)。この頭文字をとった、消費者が商品を認知して購入に至るまでのプロセスを表したものだ。注意を引かせて行動、つまり商品を手に取らせることを指す。POPだけでなく様々な店頭プロモーションの基本となる考え方で、大学の講義でも頻出するワードだ。


 まずは基本通りにやれってことか。ひとり頷く俺に、彼はこうも伝えた。

「まあ、でもさ、最初に言ったけど、ココロよココロ。難しく理詰めで考えても、ただの自己満になるかもしれないから、自分の好きなようにやるのが一番じゃね? お客さんも人だからさ、人のココロなんてはっきりいってわかんないだろ? まあ、セイルさんみたいな美人がマネキンやれば、ちんけな作戦も吹っ飛ぶぐらいに集客ありまくるかもな」

 智良志は、これまた表現こそ違えどウリちゃんと同じ意見を口にした。



 好きな気持ちを、好きなやり方で。



 俺は二人のアドバイスを聞いて、自分の目指す展開について自信を深めることができた。改めて智良志に感謝を伝えようと目を輝かせるが、逆にそんな俺に智良志は眉を顰める。

「……なんか、楽しそうだな」

「そう見える?」

「見える」

 するとそこへ、



「棚森せんぱーい」



 聞いたことがある甲高い声とともに、三人組のJKがこちらに向かって走ってきた。

 一人はウリちゃんだ。あとの二人はどこかで見たことがある……。


「棚森先輩、今日は学校が早く終わったから、みんなと遊びにきちゃいました」


 二人組の一人はスカートが短く、もう一人は化粧が派手。思い出した。あの時の子たちか。この前は互いに言い争ってしまい、気まずい空気が流れていた。今も状況は変わらず彼女達は明後日の方向を向いたまま、こちらに目も合わせてくれない。


 それに――気のせいだろうか、彼女たちはしきりに風に揺れるスカートを覗かれまいと押さえている。俺の変態設定はいまだに継続中らしい。


「二人とも、大学に行ったことないから興味あるみたいで、棚森先輩のところに遊びにきたんですよ。なんかインスタ映えするところ教えてくださいっ!」


 この場の空気を和ませようとウリちゃんが助け船を出す。


 ああ、そうなんだねと、きょろきょろと目につく範囲で考える。比較的、図書館や講堂は新しくて綺麗かな。あと、強いて言えば構内の中央に位置する池の錦鯉が立派ってことぐらいか。思いつく限りの映え候補を伝えると、ウリちゃんは助かりまーすと、二人の手を掴んで池に向かおうとする。が――逆に手を引っ張り返されてその場に留まる形となった。



「あのさ」口を開いたのはスカートが短い子だ。「あんたから何か言う事ないの?」



 俺から……。まだ文句でもあるのかよ。まあ仕方ない。部外者の俺が立ち入って突っかかってしまったのも事実。それに、一応彼女たちより年上でもあるし、ここは大人の対応するか。

「まあ、あの時は変に感情的になって絡んでごめんね。そんなに深い意味はないから気にしないでくれたら嬉しいかな」


「は?」と再び怪訝な顔をされる。


 これでもだめなの。



「そっちじゃなくて、わざとパンツ覗いたことよ」



 だから、不可抗力だったし。


 今日、彼女たちがPOS大に来たのはウリちゃんの付き添いであると同時に、ここまで来たついでに俺に一言モノ申しにきたらしい。その内容は、「この前は言い過ぎた」であった。

 ぶっきらぼうにただその一言だけ。恥ずかしさを隠すように腕を組み、虚勢を張るその姿が妙に可愛く思えた。

「いや、俺の方こそよく事情も知りもせずにごめんね」

「いいよ。別にあなたに会いにきたわけじゃないけど、顔見て何にも言わないのも変だし、もやもやしただけだから」

 その態度こそ素っ気ないが、わざわざ俺に謝ってくるあたり、決して彼女達は意地悪な人間ではない。だからこそ、ウリちゃんとのいざこざも本心ではなかったのだろう。こうして横一列に並んだ三人を眺めると、お似合いかも。これからも仲良くやっていく気がする。そんな俺の温かい眼差しに気付いたのか、彼女達は僅かに空いた胸元を隠し、腕を組む。そんなに俺の視線っていやらしいの?



 あら、気付いてなかったの? 重症ね。なんて徳梅さんに言われそうだから怖い。



「それに……、ウリから聞いたんだけど、あんた困ってるみたいじゃん」

 困ってる? ああ、もしかして。バザールのことか。ウリちゃんに視線を移すと、彼女は照れ臭そうにJK二人組の陰に隠れた。彼女なりにバザールをどうやって成功させるか二人に相談してくれたのか。

 なんて、先輩思いの……



「あんたって、誰かが助けてあげないとヤバい人とか、ずっと家に引き籠って肌が青くなってるとか、ゲームやり過ぎて視力がまじでヤバイとか聞いたから、そんなに可哀そうな人なら、私達も協力してあげようかなって」



「あっ! しー、しー」



 ウリちゃんは慌てて火消しに走る。コソ泥のように、ちらりと俺を見て「今日は、インスタ映えするとこ探しにきただけ。たはは」と、ばつが悪そうな顔をした。


 先輩思いで助けてくれるのはありがたいんだが、なんか裏では好き勝手言われてるのね。いつの間にか、いじられキャラに安住の地を求めてしまってる俺も悪いのだが……。


 まてよ。そういえば、彼女達もインスタ沢山やってるって言ってたよな……。



 その時――閃光に打たれたように、ひとつのアイデアが浮かんだ。



 今までバラバラに思い描いていた点が、次々と有機的に結びついていく。徐々に、それでいてはっきりと。おぼろげだった全体像が姿を現していく……。



 いけるかもしれない。でも、これってどうなんだ。出来るのか? 

 いやいや、何を迷っているんだ。俺にだって、どんな時も親身になってくれる友達がいるじゃないか。


 初めて知良志に出会ったのは大学一年の時だ。俺もあいつも高校時代に一人も友達らしい存在はいなかった。何か決定的な出来事があって意気投合したわけでもない。ただ、入学のオリエンテーションで皆が自然に仲良しグループを形成していく時に、こちらも自然に弾かれてしまい、余り物の俺たちは互いに色々なことを話すようになった。

 似た者同士の二人であったが、冷めた態度の俺に比べて、どちらかと言えば彼は世話焼きであった。一緒に学食行こうぜから始まって、用も金も無いのに渋谷をほっつき歩いて、いちゃつくカップルを見かける度に舌打ちをした。そうやって段々と心を開くようになった時、彼は唐突にこう言った。



「おまえ、出会った時よりだいぶ明るくなったよな」



 大学入学当時の俺は自分でも理解していたが、相当精神的に沈んでいた。そんな白けた俺を見兼ねて、色々と連れ回してくれた。そんなかけがえのない親友がこいつだ。

 がばっと勢いよく智良志に顔を向けた。



「なあ、智良志! これってどうおも……」



 だが、俺の瞳に映るのは、土偶のような目をしたご尊顔。



「お前、なんか楽しそうだな」



 ……心配するな。俺もただの底辺だぞ。



 でも――底辺だからこそ。


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