第28話 深夜のメッセージ

 あれから俺と徳梅さんは、最後こそとんだ珍客に邪魔はされたが、良い雰囲気のまま駅で別れた。

 自宅の布団に仰向けになりスマホをいじる。もう時刻は夜の十一時。街灯の明かりだけがぼんやりと窓を照らしている。普段の俺なら、このままだらだらとゲームの実況動画でも見ながら寝落ちするルーティンだ。


 でも、今夜はいつもと少しだけ違う。スマホに映るのは適当な動画ではなく、徳梅さんのラインアイコンだ。彼女のアイコンは至ってシンプル。『徳梅聖流』のフルネームと単なる人型のマーク。つまり写真は何も貼られていないってことだ。俺でも適当な風景の写真を貼っているのに、彼女らしいといえば彼女らしい。徳梅さんのことだから、何かエンドの画像でも貼っているのかと思ったがそうではなかった。さすがに売り場の写真なんて貼らないか。


 それに――どうして何も写真貼らないんですかと訊いたところで、

「そんなSNSなんか興味ないわ」なんて突き放されそうだ。ついでに、「何で、そんなこと訊くの?」といつものように冷めた口調で逆に質問されるかもな。

 さっきからずっと、何の面白みもない彼女の人型のアイコンを眺めている。



 彼女は今、何をしているんだろうか。



 とりあえず、今日のお礼を送ろう。

 文字を打つ指を一旦止めて考える。お礼っていうのもなんか変だな。素直に『楽しかったです。また、次も一緒に行きましょう』って打とうか。ここまではいいよな。なんてことを考えている間に時間は過ぎていくが――ここで急に思い出す。しまった、流通論のレポート提出期限は明日だった。


 飛び跳ねるようにがばっと起き上がり、雑誌が散乱する机に向かった。ぱらぱらと教科書をめくり、レポートに必要な該当箇所を確かめて天を仰ぐ。今からだと、ゆうに三時間はかかるな。うわぁ、なんてこった。レポートに取り掛かる前に、徳梅さんにメッセージを入れておこう。今日、一緒に色々見て回ったのに、何もメッセージを残さないほうが失礼だし。

 俺は一文字ずつ、慎重に確認しながらメッセージを打ち込んだ。



『今日はありがとうございました。色々勉強になりました』



 返信くるといいな。そんなことを考えながら頭を掻く。気持ちを切り替えて、一度大きな伸びをする。教科書の下敷きになっていたノートパソコンを立ち上げて、レポートに取り掛かった。

 すると、ぶぶぶとスマホが揺れた。ラインの着信だ。


 まじか!


 キーを叩くことを止めて、どきどきしながらアプリを開くと、


『やべー、流通論のレポート忘れちった。今からやるわ 泣』


 智良志ちらしからのメッセージかよ。期待した俺がバカだった……。


『同士だな 笑』

 彼に適当な返信を打ち、眠気覚ましに両頬を軽く叩き、レポートに取り掛かる。

 一心不乱に作成した結果、予定より一時間半も早く終わることができた。いつもより集中していたこともあるが、流通に関する知識が向上している事実に驚く。バイトで得た経験、徳梅さんから教わったこと、常日頃仕事について考えていたこと、それら全てがプラスの相乗効果となり、自分の糧になっていた。今までだったらありえないことだ。

 明日、徳梅さんに改めてお礼を言おう。おっと、その前にあいつに報告でもするか。


『俺は一足先に寝るぞ 笑』

 すぐに返信はきた。

『まじ! おれ、徹夜不可避。講義で寝てたら生暖かい目で見守ってて 笑』

 がんばれよ、と打ち込もうとすると別のメッセージが入った。



 それは徳梅さんからだった。



「うえっ」と情けない声とともに、なぜか焦ってしまいスマホを落としそうになった。


『どういたしまして 笑』


 シンプルな返信。だが、俺はある点に注目した。

 カッコ笑って……。もしかして、仲良くなりかけてるってやつか……。

 俺は素敵な勘違いのもと、すぐに返信を打つ。


『今日は楽しかったです! また一緒に行きませんか』


 暫しの沈黙。どうなんだ。どんな返信がくるんだ。


 期待と不安が交錯する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る