第13話 山田積夫

「セイルさんは何処かな?」


 中腰で特売品の冷凍チャーハンを補充している時に、後ろから声をかけられた。声の主は薄い顔立ちの二十代後半の男性。目が合うと、鋭角の銀縁眼鏡をぎらりと光らせた。180cmほどの長身で、上質なスーツを着こなすその様相に自信が滲み出る。


 切れ長の瞳は爬虫類のごとく感情はなく、格下と接するように俺を見下ろしている。


 どことなく威圧を感じる。声にこそ出さなかったが、随分と偉そうなお客さんだ。

 それに、セイルさんって……。めったに下の名前で呼ばせない徳梅さんを、親しげにセイルさんと呼んでいるなんて。彼女の知り合い、もしくは彼氏……なのか。


「徳梅さんなら……」


 俺は立ち上がり、ぐるりと首を回す。店内は夕方のピークタイムで大変賑わっていた。一際目立つ彼女もその混雑に紛れており見当たらず、男の求めに応じて周囲を探す。徳梅さんは忙しい。事実上、事務方を店長が仕切り、店内を彼女が切り盛りしているため、常に一か所に留まっていることはない。少し離れたカップ麺売り場に、今まさにエンドを作ろうとしている彼女の姿が見えた。土台から察するに巨大な富士山を作ろうとしている。


 遠くからでもわかる、その凛とした佇まい。素敵の二文字がこれほど似合う人もいない。いつ見ても胸がどきどきしてしまう。まさに職場の華だ。このスーパーに徳梅さんが働いていること自体が奇跡に思えた。


「あっ! いた」


 彼女の居場所を伝えるより先にその存在に気付いた彼は、こちらに礼も言わずにずんずんと徳梅さんに向かっていく。こんな奴が徳梅さんの彼氏だったら……。二人の関係が妙に気になり、冷凍チャーハンの補充を一旦止めて彼の後を追った。二人にばれないように付近のお菓子棚にこの身を隠す。


「セイルさん、こんにちは」


 後ろから声をかけられた徳梅さんは、エンドを作る動きをぴたりと止めた。そして、怪訝な顔をしてまじまじと彼をながめる。


「……失礼ですが、どなた様でしょうか?」


 あれ? 知り合いではないのか。となると……。さては『今日のセイルさん』のファンってやつか。一緒に写真を撮って下さいと押しかけて、秒で拒絶される男性ファンを見かける時がある。


「ああ、失礼しました」

 男は銀縁眼鏡を取り外して顔を顰めると、目をきりりと二重にして少しカッコつけた。

「申し遅れました、私の名前は山田積夫やまだ つみおです。皆からは山積みさんと呼ばれています。山ちゃんとか、つみさんでも親し気に呼んで下さい」


「はあ……」

 徳梅さんは少しも警戒を解かない。山積みさんと自己紹介した男を、上から下まで舐めるように睨む。

「でっ、私に何の用ですか?」



「美しい……」



「は?」



 ちなみに俺も同時に「は?」となった。もちろん彼の言う通り徳梅さんは大層美しいのだが、二人は初対面っぽいのに、いきなりそれかとツッコミを入れたくなる。


「失礼しました。噂に違わぬ美しさに、つい心の声が……」


 彼は、ははっと薄く笑ったあと、わざとらしく咳払いをした。

 徳梅さんは眉間に皺をよせて一歩後退する。それに合わせて彼も一歩前進する。再び徳梅さんが一歩下がり、彼も一歩前に。まるで社交ダンスのように一定の距離を保つ。


「決して怪しい者ではありません。そこはご理解お願いします」


 どこからどうみても怪しさ全開。しかも積極的。こんな熱烈なファンは初めてだ。

 徳梅さんは、はあとため息交じりに、「用件は何ですか? 今、見ての通り忙しいんですけど……」と一線を引こうとする。

 だが、徳梅さんの冷たい一撃に彼は引かない。それ以上言わせないとばかりに、右手をかざして言葉を止めると、カッコつけて強引に二重にした目がきらりと光った。



「デリシャス城山手店の加食主任……。こう言えば、分かってくれますか」



 デリシャスの城山手店……。


 彼女は小さな声で、確かめるように繰り返した。

 今度は、彼の一言に彼女の右眉がぴくりと動くのがわかった。

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