第11話 八須宇理

「今日から働かせて頂きます。名字は八須やすです。下の名前は宇理うりです。皆さんよろしくお願いしますっ!」


 彼女は私立飯野第四高校(通称いよん)に通う二年生。いわゆるJKってやつだ。

 短いスカートの制服姿を前に、俺は感慨深く天を仰ぐ。ああ、スーパーで働くとJKとも話す機会が出来るのか、と。日陰だった生活が日増しに潤いを増していくのを感じる。

 彼女の自己紹介が終わると、自然と拍手が起きた。彼女は恥ずかしそうに、「ありがとうございます」とぺこぺこ頭を下げる。第一印象は好印象。謙虚かつ可愛らしい。


「友達からは何て呼ばれてるの?」店長がにこやかに質問する。

「えっと……、そう、ですね……」彼女は一瞬口ごもり、「い、色々ですね。名前もあだ名も人それぞれ呼び方って違いますからね」

 よく分からないことをつぶやくと、たははと頭を掻いた。

「八須さんって愛嬌あるからスーパーで働くの向いてるよ」

 店長から褒められると、彼女は頬を赤く染めて、眉の少し上に切り揃えられた前髪を触った。目も鼻もなにもかも丸っこい。確かに、店長の言う通り小動物的な可愛らしさがある女の子だ。でも胸の膨らみははち切れんばかりで、さながらエロ漫画のキャラクターのようでもある。


 にこやかに(傍から見たらいやらしい)目尻を下げながら彼女をながめていると、急に背筋に悪寒が走った。何者かが俺に敵意を向けている。「はっ」となり、その正体を確かめる。

 そこには――鉛のように冷たく軽蔑した目で、俺を射抜く徳梅さんがいた。


 あのね。そういういやらしい視線。本人はバレてないと思っても、周りは気付いてるもんよ。


 きっと、徳梅さんはこんな無言の威圧をかけているに違いない。実際に音はせずともゴゴゴと、もの凄い風圧が押し寄せてくる。



 わかった?



 はい……。


 よろしい。じゃあ、休憩終わったら商品補充よろしくね。


 こうして、僅か一分足らずの声なきテレパシーのような脳内会話は終了した。


「八須でも、ヤッチンでも、ウリちゃんでも、ウリボーでも、なんでも好きに呼んでくださいっ!」

「よろしくね。じゃあ、私はウリちゃんって呼ぶわね」徳梅さんがそれに応えた。

「じゃあ俺もウリちゃ……」



「セイルさんっ!」



 ウリちゃんは俺に構うこと無く、目を輝かせて猛然と徳梅さんに詰め寄った。完全にこちらは眼中にない。あまりの速さと物理的な距離の近さに、思わずのけぞる徳梅さん。


「ちょーうれしー! セイルさんと一緒に働けるなんて!」

「そ、そう」

「憧れだったんです。スーパーで働くなら、セイルさんと一緒がいいってココロに決めてました!」

「そ、そんなに」

「はいっ! 実は、『今日のセイルさん』をばっちりちゃっかりフォローしちゃってます」

 じゃじゃーんと、ウリちゃんはポケットからスマホを取り出して、徳梅さんのファンサイトを目の前に突き出す。

 てゆうか……、『今日のセイルさん』ってどこまで有名なの?

「あ、ありがとう」徳梅さんは、コホンと咳払いをして、「でも、一応、私年上だから下の名前で呼ばな……」



「すいません、セイル先輩!」 



 ウリちゃんは彼女の話を遮り、頭をきれいに九十度に下げた。


「わたし、見た感じこんなんですけど、上下関係はしっかりわきまえてますから! 小学校ではバスケ部に所属していました。ばりばりの体育会系だったんです。これからはセイル先輩と呼ばせて頂きます!」

「そ、そう。うん。わかった。じゃあ、よろしくね」

 徳梅さんは若いエネルギーに観念したご様子。彼女でも引く時があるのかと妙に面白くなる。

 ウリちゃんは少しだけ徳梅さんから離れると、手に持った紙袋の中から、お洒落なバラの刺繍が施されたケーキボックスを取り出した。

「これ、もし良かったら、みなさんで食べてください。家の近所にある有名なプリンです」

 すると、今度はそれに呼応するように徳梅さんが身を乗り出す。


「これって、もしかしてシャルルの?」


「そうです! セイル先輩も知ってるんですか」

「ここのプリンって、絶妙に苦いカラメルが美味しいんだよね」

「そうなんですよ、これがシャルルのプリンのウリなんですよ」


「私、苦いのが好きなのよ」


「わかります、それ。やだ、セイル先輩と同じ感性ってやつですか。ちょーうれしー」

 俺と角場店長、ぽかんとする男二人を取り残して、キャッキャッとはしゃぐ女子二人。

 もしかして苦いのが好きって、このプリンのこと? 

 てゆうか、それってただの甘党ですよね。

 徳梅さんは、プリンを一口食べると至福の笑みをこぼす。



「にがーい」と、端正な顔に似合わぬ可愛いらしい声をだした。

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