第4話 今日のセイルさん

 徳梅さんは凄い人らしい。とゆうか実際に凄い人だ。


「彼女はこの店のことならなんでも出来るから、いや、この店だけじゃなくて、とりあえず全部出来る」「徳梅さんに訊けば、クレームでも発注ミスでも全部解決するから」「彼女が言うなら間違いない。間違っても逆らっちゃだめだよ」


 お店の皆が口々に彼女を称賛する。そして、こうも付け加えられる。


「めちゃ美人で可愛くて、眺めているだけで癒される」「ここで働くのはもったいない」「でも辞めないで欲しい。辞めたらショックで俺も辞めるかも」


 それには全く異論はない。めちゃ美人だし、恐らく従業員全員が彼女を好きだ――と思う。要するに徳梅さんは誰からも一目置かれているオンリーワンの存在なのだ。

 とりあえず売り場のことは徳梅さんに訊けばいい。そんな雰囲気が当たり前のごとく店内に醸成されていた。それに、実際のところ店内の業務は全て彼女が仕切っていた。バイトはもちろん、社員だろうが店長だろうがお構いなしに指示をだす。


 その最たるものが――彼女が生み出すエンドだ。



 あの日――凡そスーパーに似つかわしくない巨体が俺を見下ろしていた。



 店内の中央に突き出た六畳程の巨大なエンドに、太古の昔、地球上に君臨したティラノサウルスが鎮座していた。


 その正体は、大小様々なチョコの空箱を巧みに繋ぎ合わせた巨大な造形物。全てを飲み込む声無き咆哮に、こちらも開いた口が塞がらない。よくもまあチョコの空箱だけで、こんな精巧な骨格見本を作ったなと感動すら覚えてしまう。だが、彼女のエンドはそれだけではない。極めつけなのが、暴君の横で爆発する火山だ。天(井)高く積み上げられるのは、赤いパッケージのトルティーヤチップス。これでもかと真っ赤に染まる大量陳列に唖然とするほかない。


 何よりも凄まじいのが、メーカーが制作したポスター、POPなど一切の販促物を使っていないことだ。装飾グッズに頼らなく、全て今ある商品の空箱を駆使して演出されていた。


 こんな売り場、見たことがない。俺が知っている特売コーナーは単なる商品の山積み。安さを強調したでかい値札。季節感だけ演出された装飾品。以上、終了というテンプレ満載の売り場だ。


 根本的に違う。圧倒的な存在感がこれでもかと顔面に迫ってくる。

 それに、口をあんぐり開けていたのは俺だけじゃない。

「うわー、今回もヤバイね」「これ、ティラノじゃね。火山爆発してるし」「セイルさん、やばすぎでしょ」

 周囲のお客さんも興奮しながら、パシャパシャとスマホで写真を撮っていた。


 徳梅さんの売り場は、Twitterなどに投稿されており話題になっていた。圧倒的なエンドの写真とともに、彼女の様々な表情が切り取られている。そのどれもが美しく、可愛いらしい。TwitterだけでなくInstagramなど有名どころのSNSにファンサイトまであった。


 ちなみに、そのサイト名は『今日のセイルさん』だ。


 どうやら彼女は、一部のマニアから親しみを込められて、セイルさんと下の名前で呼ばれているらしい。そんな軽いタッチで接した方が正解のかなと思い、次の日に徳梅さんに向かって、

「セイルさん、おはようございます」と挨拶をしたが、いまいち反応は鈍かった。

 彼女は俺を一瞥してから冷たく言い放つ。「棚森くん、何歳?」

「二十一です」

「年下じゃない。まあ、もっとも年上だろうが下の名前なんて呼ばせないけど」

 徳梅さんと俺は三歳しか違わない。彼女はやたらと上下関係に厳しい。

「ふん」と鼻で笑いながら、なにやら難しい資料を片手に、陳列棚の様子を指差し確認する。

 ぶつくさと難しい用語を呟く彼女の横顔に、こう投げかける。

「でも、SNSではセイル(聖流)さんって下の名前で呼ばれてますよ」

 その一言に彼女はぴたりと動きを止めた。


「なにそれ?」


「えっ? 知らないんですか?」


「初耳よ」彼女は「見せて」と手を差し出す。俺はポケットからスマホを取り出して、そのファンサイトを見せた。それを見るなり、徳梅さんはぷるぷると唇を震わせて目を閉じた。

 無理もない。自分のあずかり知らぬところで、いわば盗撮が公然と行われているのだから。こんなもん訴えたら完全に勝利するだろう。ファンならちゃんと許可を取って写真を撮れといいたい。

 やがて、徳梅さんの沸点は頂点に達して、勢いよく噴火した。



「全っ然、ちゃんと撮れてないじゃないの!」



「えっ?」盗撮はいいの? 予想外のお怒りに、俺は目を丸くした。


 徳梅さんは、俺のスマホを次々とスクロールさせ、『今日のセイルさん』の過去の投稿写真を次々とめくっていく。ああでもない、こうでもないと、鋭い目つきで嘆く彼女の横顔にフォローをいれる。


「いや、綺麗に映ってますよ。これなんか、笑顔がいい感じです」

「はあ?」

 あれ? フォローになっていないのか……?



「私なんかじゃなくて、このエンドの映りのことよ」



 えっと……。そっちですか。


「せっかく苦労して作ったのに構図が全部、私メインでエンドの良さが全然伝わらないじゃない。あっ! これなんか私しか映ってないし。アングル最低ね。この写真撮ったやつは、きっともてないわ。わかるのよ、センスってやつが」

「……自分の写真はいいんですか?」

 この質問に退屈な目を向けられる。どうやら、俺の質問をヤボだと判断したようだ。

「別にいいよ。昔から結構勝手に写真撮られてたし。いちいち気にしても仕方ないしね。どうせ言っても、彼らは止めないのよ」


 彼女は暗に、『私、美人でモテたから、そんなの平気よ』と言ってきた。

 ……ですよね。自覚はあるんですね。

 呆気にとられた俺を無視して、「あっ、そうそうこれも」と次の一文も付け加えられる。


「棚森くんは、私のことは徳梅さんって呼びなさいよ。先輩だし彼氏でもないからね。わかった?」

「はい」と小さく答えるほかない。


「よろしい。じゃあ、商品補充よろしくね」


 いつの間にやらお怒り冷めて、彼女はにこりと微笑む。

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