第6話「運命の相手」(オズワルド視点)

 僕ことオズワルドは、成り行きで元婚約者であるレイラの妹・ソフィーナと婚約することになった。

 彼女の印象は最初に比べると随分と変化していた。


 初対面は気弱そうで何でも言うことを聞いてくれるような子に見えた。

 けどその本性は、姉のことになると我を忘れて暴走する凶暴な子だった。

 ――そして、今日。

 また彼女の印象は変わった。

 まるでくるくると形を変える万華鏡のようだ。


「へぇ~、そうなんですね!」


 ソフィーナは聞き上手だった。

 相槌を打つ頻度、聞き返すタイミング、リアクション――すべてが完璧だ。

 単なる会話がこれほど心地よい相手は初めてだ。

 まるで僕の心の中を見聞きしているかのよう。


 ――いや。

 きっと、これが運命の相手というものなのだろう。

 レイラなど、所詮は親が決めたまがい物だ。


 ソフィーナとの語らいの中で、僕はそう確信した。


「いやはや、しかしソフィーナは昔からあまり変わらないな」

「もう、言わないで下さいよ」


 彼女の容姿は五年ほど前からあまり変わっておらず、それを気にしているらしい。

 若く見られるのはいいことだと思うが、ソフィーナはそうではないようだ。


「けど、中身はちゃんと大人になってますからね」

「はいはい、そうだな」

「確かめてみますか?」

「へ?」


 僕の裾を握り、ソフィーナはもじもじと上目遣いにこちらを見上げて。


「えっと、それって」

「……実家、離れに私専用の研究棟があります。そこなら二人きりになれます」

「――!」


 僕は、彼女の言葉の意味を正しく理解した。



 ▼


「じゃあ、お姉様におやすみなさいの挨拶をしてくるので少し待ってて下さいね」

「ああ」


 ソフィーナの姿が見えなくなると同時に、僕は拳を握り締め――控えめな声で叫んだ。


「よっしゃあああ! ついに、ついに僕にも春が来たんだ……!」


 まさかこんなにもトントン拍子で話が進むとは夢にも思っていなかった。


「ひょっとしたら、元々ソフィーナは僕のことを好きだったのかもしれないな」


 そう考えると、いろいろと辻褄が合う。

 僕との婚約を自分から提案したり。

 わざわざ腕を絡めてきたり。

 いきなり「二人で食事がしたい」と言い出したり。

 その日のうちに夜を過ごそうと誘ってきたり。


 最初に殴られたのは……ええと、あれだ。

 そのまま僕の婚約を受け入れたら、レイラとの関係が悪化することを恐れたんだろう。


 あの二人の仲は悪い……なんて噂が流れていた。

 僕もそれを鵜呑みにしていたが、ソフィーナは疑う余地がないほどにレイラが大好きだ。

 関係の悪化を阻止するためなら、多少の無茶はやってのける。ソフィーナはそういう女だ。


 しかしソフィーナは、レイラ以上に僕のことを、好きなんだ。


「ぐふ、ぐふふ……」


 レイラも美人だったが、僕の好みではなかった。

 僕はただ僕の言うことを聞き、僕を立て、僕を甘やかしてくれる可愛い子がいいんだ。


 小言ばかりのレイラなんて、もう必要ない――!

 婚約破棄バンザイ!


「しかしソフィーナの奴、遅いな……」


 手持ち無沙汰になった僕は、しげしげと彼女の研究室を眺めた。

 暗い色の絨毯と、僅かばかりの明かり。乱雑に散らばった資料と、その出所と思しき壁一面を占拠する本棚。

 仕切りのない隣の部屋には、庶民が使う用の簡易ベッドが置かれていた。おそらく仮眠するためのものだろう。

 とても公爵令嬢が使う部屋とは思えなかったが、もうすぐソフィーナとと思っていた僕はむしろ下町のようなこの雰囲気に興奮さえ覚えていた。


 炎や熱の魔法に適性を持つ彼女は、その力の活用法を主軸にいろいろな論文を書いているらしい。

 ざっと机に置かれた書きかけのタイトルを流し見る。


『鍛冶・製鉄における炎魔法の活用法』

『熱魔法による凍害の防止策』


 炎や熱だけでなく、他の分野のものもある。


『催眠・人格の掌握方法』

『時空を越える魔法』

『神の世界は存在し得るか』


 少しだけ中を見させてもらったが、難しい記号や数字、言い回しがたくさんあってすぐに読むのを止めた。

 レイラも優秀な魔法使いではあったが、ここまでではなかったはずだ。


「……ん?」


 ふと、本棚と本棚の間に奇妙な隙間を見付けた。

 何だろうと覗いてみると、奥から僅かな風の流れを感じた。


 本棚を押してみると、簡単に横にズレた。

 床との接地面に、滑る仕掛けが施してあるようだ。

 本棚の裏から出てきたのは、小さな通路だった。


「隠し部屋……? さすが公爵家の屋敷ってところだな」


 古い屋敷には、こういった隠し部屋はつきものだ。

 王宮にも、いくつかこういう類の部屋がある。


「もしかして奥にふかふかのベッドがあって、今夜はそこでのかもな」


 暇つぶしの探検気分で、僕は奥の部屋に足を踏み入れた。























「え?」


 奥には、小さめの部屋があった。

 そこにあったものを見た僕は、震える声でつぶやく。


「な……なんだよこれ」

「何勝手に入ってんの?」

「!?」


 思わず叫んだ声に、返事があった。

 振り向くと同時に、頬を叩かれる。


「が……ごぉ!?」


 よろめいた僕に、容赦のない蹴りが襲いかかった。

 腹に穴が空いたかと錯覚するほどの力で吹き飛ばされ、派手な音を立てて壁に激突する。


「かふ……こふ」

「大人しく待ってろっつったろ。それもできねえとは……犬以下だなお前は」

「そ、ソフィーナ……」


 僕の前には、寝間着に着替えたソフィーナが立っていた。

 そこには、つい先程まで浮かべていた笑顔はない。


 ソフィーナは大きくため息をつきながら乱暴に髪を掻いた。


「まあいい。見られたところで計画には何の支障もない」

「ソフィーナ。こ……この部屋は、一体……なんなんだ」


 隠し部屋にあったもの。

 それは……。

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