11 彼女から見た吸血鬼

「にしてもなんで狐の面の奴はあの吸血鬼を殺したんだろうな? それだけ聞くと正義の味方みたく聞こえるけど……同じことやってるからなそいつも。冬野はさ、どう思う?」


「分かんないよ。だけど人間殺してる時点で碌な吸血鬼じゃないと思う。人を殺す事もそうだけどさ……血を吸う事だって。吸血鬼が当たり前のようにやってる事をやる吸血鬼はさ、全員いなくなればいいって思うよ。気持ち悪い」


 重い嫌悪感の籠った声音でそう言う冬野に聞いてみる事にした。

 今の所冬野にしか聞けない。多分この先も冬野以外に聞ける可能性が著しく低い疑問を。


「逆にさ、そうじゃない吸血鬼ってどれ位いるんだよ」


 自分の中に今日新たに生まれた感情を、少しでも処理する為の問い。


「世間一般的には吸血鬼は一律して倫理観の狂った連中だって事になってる。だけどお前は間違いなくまともだよ。だったらもうその前提はおかしいんだ。だとしたら……いるだろ、お前以外にも。ちょっとその事について聞きたい」


 隼人がそう問うと、冬野は少し不安そうな表情を浮かべて逆に聞いてくる。


「もし私がいるって言ったら、桜野君。どうするの?」


「どうって……それは分からねえけど」


 それが分からないから。どうするべきなのか分からないから生まれた問いなのだから。


「というかどうするって……もしかしてこれ、あんまり聞かない方が良かったか?」


「いや、そんな事ないよ。ただ一つ、心配なんだ」


「心配?」


「桜野君はさ、優しいから。もし他にもいるって思ってたらさ、多分碌な事考えてない吸血鬼の演技に引っ掛かっちゃうと思う。分かってると思うけどさ、桜野君が疑い続けてくれたのが私じゃなかったら、桜野君は多分とっくに死んでるんだよ?」


「……」


「だからあんまり言いたくない」


「冬野……」


 言うべきか迷ったけど言っておく事にする。


「そういう事言うって事は、お前以外にもいるって事で良いんだよな?」


「え……あーやらかした奴だこれ」


 冬野が後悔するように右手で頭を抱える。どうやら本当にうっかりパターンのようだ。


「で、つまりはいる訳だ」


「……まあ、そうだね。いるよ」


 冬野は改めて認めた後、一拍空けてから言う。


「私のお父さんと……あと、何年も前に病気で死んじゃったんだけどお母さん。二人はまともだよ……もしそうじゃなかったら、私も多分頭おかしい感じになってたと思うんだ」


「……まあ確かにそうじゃない方が不思議か」


 親の反面教師でまともに成長する子供もいるだろうが、事吸血鬼に至っては頭のおかしい親の元で育った子供が人間に好感を持つとは思えない。偏見かもしれないがそう思った。

 だから冬野の両親に関しては特別驚く事はなかった。だけど、そこまではどこかで予想していたのと同じ様に、その先の言葉もなんとなく察していたのかもしれない。


「……これでお終い。私が知ってるまともな吸血鬼の話は以上」


「……やっぱそんなもんか」


 人間の自分よりも同類を見つけやすそうな冬野でもそこまでしか知らない位には、やはりそんな存在は希薄なのだ。


「そう。だからね……いない物だとおもってよ。自分の事を棚に上げる事になるけど、こんな危ない橋はもう渡らない方がいいと思うから」


「ああ……渡らねえよ。今回は特別だ」


 多分な、という言葉は飲み込んだ。実際にもう一度そういう場面に出くわしてみなければ、自分がどう動くかなんて分からない。間違っても動かないなんて断定はできない。


(冬野はそう言うけど……一応、三人はいたんだ。それに辿っていけば爺ちゃんや婆ちゃんは? やっぱり圧倒的に数が少ないだけで現実的にいるんだ、まともな吸血鬼は)


 そんな風に思考を巡らせる事を止められない時点で、つまりはそういう事だった。

 冬野が把握できる程の小規模だけど確かに冬野以外にも存在する。そんな考えが頭に染みついて離れなくなってしまっているのだから。

 これから先、同じような状況になれば脳裏を過るだろう。まともな奴かもしれないと。


 そして染みついた今だから思える。過去にまともな吸血鬼がいたなんて報告は無かったという情報はなんの役にも立たない。冷静に考えてする訳が無いのだ。自分が信じた相手を吸血鬼は基本全員頭がおかしいといスタンスの対策局に売る様な真似は。

 まともだと思うなら、今自分がそうしているように絶対に報告はしない……そして。


(……ああ、これは駄目だ)


 できる訳ないから。その側に自分が立っているから。ようやく強く思えた。


(……今の滅血師のやり方は、どこか間違ってる。誰かが変えねえとだめだ)


 全てとは言えない。その殆どは正しい筈だ。だけどほんの少し。ほんの少しだけ致命的に。滅血師のやっている事は間違っている……とはいえ。


(……だからって何ができる、俺に)


 千年に一人の滅血師と呼ばれても、結局の所自分は一介の中学生でしかなくて。何か大きな流れを変えられるだけの力は無い。流れを変える為に一歩踏み出す勇気すらない。

 だから結局、やれるのは現状維持だ。今までまともな吸血鬼と出会って来た人間のように、手の届く世界が壊れてしまわないようにやれるだけの事をやる。ただそれだけ。


「ほんと? なんか心配だよ」


 自分を心配してくれる女の子の為に世界を変えるなんて事はできないから。せめてその場凌ぎを繰り返していく事くらいはやる。


「大丈夫だよ冬野」


 ただ、それだけだ。

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