第2話 不思議な体

「え!?」


 弾け飛んだ男を見て私は呆然とする。

 予想していた展開と違ったからだ。

 えっと、私が言いたかったのはコレじゃなくて……。


 とすっ――――。

 

 そして誰かに抱きかかえられる。


「大丈夫? ……大丈夫では無さそうね」


 私を抱えながらその女性は顔を覗き込んできた。

 年の頃は二十歳くらいだろうか。

 黒いスーツに身を包み、きれいに整えられたロングの黒髪、やや冷めた雰囲気のする目が印象的なモデル級の美女。

 そんな人が突然現れて、私を抱きかかえ引きずって行く。

 男はぐしゃぐしゃに引き裂かれた肉片になってアスファルトを汚している。

 よく見れば弾け飛んだというよりも、巨大な穴あけパンチで打ちまくられたように、身体のいたるところが欠けているようだ。


 何が起こったのか?

 私が知るわけがない。


 私はただいつも通りに仕事を終え、その帰りに暴漢に襲われ、心臓に柳刃包丁を刺された状態で謎の美女に路地裏に引きずられているだけの、ただの一般人なのだから。


 あくまで表向きは。





「やあ……これは助けるのが一足遅かったかな?」


 やる気の無さそうな目をした中年男性が私の状態を見てそうつぶやいた。

 くたびれた茶色のコートにオールバックに整えられた髪。

 痩せ型な顔のシワから察するに五十代くらいに見える。

 


「ええ、残念ながらね」


 私を引きずってきた美女が無表情に言う。


 飲食店の店と店の間に、人一人がやっと通れるくらいの細道がある。

 私はそこに引きずられ、無造作に寝転がされていた。

 足の先からは表の騒動が聞こえてくる。


 ほとんどは人の悲鳴。

 ときどき聞こえる救助の声。

 ゲロゲロと道路にイヤなものをぶちまける音も聞こえる。

 やがてサイレンの音が聞こえてきた。

 誰かが通報したのだろう。

 パトカーと救急車の音がだんだんと近づいてきている。


「……と、これは面倒だねぇ。どうしようこの子、元に戻しておく?」

「いまさらよ、仕方ないから放っておくわ。……どうせもう助からない」


 そう言ってお互い目配せすると、この場を去ろうとする二人。


 ……よかった、このまま早くどこかへ行ってほしい。


 私はそう期待する。


 しかし、中年男性の方が何かを感じ取ったのか、ピタリと立ち止まり私を振り返った。


「どうしたの?」

「……いやぁ……どうだろう? やっぱりこの子気になるなぁ」


 げっ。

 私は焦った。

 どうか気になさらず、早く去って下さい。


「無駄よ。どうせ同胞だったとしても死んでしまえば意味はないわ」


 やばいやばい。体がうずき始めた。


「……そうなんだけどねぇ。なんだかこの子……死ぬって気配じゃあないんだよねぇ。いや、思念的にね?」


 あ、あ……だめだめ限界。限界です。


「思念的にってどういう……」


 中年男性に問いかけようとしていた美女の言葉が止まる。

 その代わりに私を、いや、私の胸に刺さった包丁をジッと見つめている。

 包丁はプルプルと震え出し、徐々に私の体から抜けようとしていた。


 ああ、どうしようどうしよう……。


 私は焦り、必死になって体を制御しようとするがどうにもならない。

 このままではバレてしまう。


 私の妙な能力が人に見られてしまう!!


 しかしそんな私の切実な抵抗虚しく、体の方は着々と仕事をこなしていく。

 やがて――――、


 ――――カラン。


 と、体から抜け出た包丁は乾いた音を立ててアスファルトに転がった。


『………………………………』


 三人の『………………』が音もなくハモる。


 そして私はムクリと起き上がると、見えすいた芝居を始める。


「あ、あれ~~~~!? 私なんでこんなところで寝ているんでしょう?? たしか暴漢に襲われて包丁で刺されかかったんだけど偶然入っていたお守りで助かったんだったそうだったわ。あ、いっけなぁ~~いお昼に服にこぼしたケチャップがそのままになってるぅ、急いで帰って洗濯しなくっちゃ~~~~てなわけでごきげんようダッシュッ!!」


 土煙を上げ、私はその場から走り去った。


 呆気にとられて口をポカンと開けた二人を置き去りにして。





「まずかった~~!! 完全に見られたっ!! 

 まずかった~~まずかった~~~~ああ~~~~~~!!!!」


 自宅である、六畳ワンルームの一室で私は転がり回る。


 フローリングの床が体の節々に当たって痛い。


 いつものビール樽体型ならそんなものモノともしないのだが今は少し、いや、かなり事情が違っていた。

 私は洗面台の前に立って鏡を見る。

 そこにはさっきまでの自分とは似ても似つかぬ美少女が裸で立っていた。

 ショートに整えた髪型とクリクリお目々はそのままだが、他が明らかに違う。

 他というか、完全に、であるが。

 体型が――――本来の私の半分程度に痩せているのだ。

 サイズが合わなくなり勝手に脱げた血みどろのジャージと下着はそこらに散らばっている。


 ――――誰だ!?


 いや、これも私なんですけどね!!

 説明がいりますか? いりますよね?

 説明しましょう。


 実はわたくし――――妖怪なのです。


 何を言っているのか?


 ですよね。そんな目になりますよね。


 私も突然誰かが「おっす、オラ妖怪!!」なんて挨拶したらそんな目になります。


 だから隠してたんです、ずっと。


 なんの妖怪かって?


 知りませんよそんなの。


 とにかく私は人よりもずっと頑丈な――というかほとんど不死身の身体を持った妖怪なんです。

 その証拠にほら、さっき付けられた刺し傷がもう綺麗サッパリなくなっている。


 心臓ですよ?

 心臓にブスリと刺さってたんですよ?

 それがもう、ものの数分できれいサッパリ。


 ……これが妖怪の所業と言わずして何と言いましょう?


 異変に気が付いたのは小学校の時。

 友達にいじめられて付いた傷がみるみるうちに塞がっていくのを見たとき。

 私は子供なりに思った。

 これは……『マズい』と。

 だってただでさえ愉快な名前が原因でいじめられている上に、両親を亡くした不幸な女の子が『私、じつは不死身の妖怪だったの』なんて言ってごらんなさい。

 残酷な世間の子供たちはもう光の速度で私を『かわいそうな子』認定し、それがより過激なイジメに発展していくのは火を見るよりも明らか。

 それは嫌だと、私は自分の身体の不思議を考えるよりも、そっちに恐怖してこの事をひた隠しにすることにしたのですよ。


 そしてもう一つ、この身体には問題があって傷を治すのにどうも膨大なエネルギー(?)が必要らしく傷が治った後、必ず体が一回り小さくなっているのだ。

 小さなかすり傷程度ならほとんど変わらないが、今日のような一線を越えるほどのガッツリ大怪我ならば体もガッコリ痩せこけてしまう。


 はたから見ればその様子はまさに妖怪変化のごとく。


 そしてさっき見られたのは、まさしくその妖怪変化なのだ。


 私をポカンと見送る二人の顔を思い出す。


 刺されたはずが……というよりも明らかに『お前何者やねん』的なあの目線。


「……だめだ。完全に変なやつだと思われた。

 どうしよう……来月あたり私のモンタージュが、新妖怪として新たな都市伝説に加わったら……」


 奇々怪々『脱皮するビア樽少女』


 妙なポスターが張り出される妄想を打ち払う私。


 ぐ~~~~~~~~~~……。


 盛大に腹が鳴った。

 痩せたらすぐに補充しろと体が文句を言っているのだ。


 言われずとも食べますよ。


 どのみちこんな姿のままじゃバイト先へ行っても誰やねんって言われるだけだから。

 帰りに飛び込んだドラックストア(服の血は予備のウインドブレーカーを羽織って誤魔化した)で買い込んだ特売の菓子パンを床にぶちまけた。

 それだけじゃない、おつとめ品の弁当やおにぎりも大量に買い込んである。

 それらを今から全部食べるのだ。

 そして何とか増量して、明日の朝には元の姿に戻らなければならない。


 つくづく私は妖怪だな。


 バカでかい半円球のパンに食らいつきながらそう涙した。

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