22.泣き笑い

 テストが続々と返ってくる。

 つかさは思っていた通りの点数の低さに毎時間頭を抱えた。


「氷室ー、どうだ?」

「駄目だ」

「おれもー。だめだこりゃ次いってみよー」

「次いってもきっと駄目だな」


 栄一と半笑いしていると、先日カラオケに行ったクラスメイトもよってきて点数の話で盛り上がった。


 栄一以外とこんなにたくさん話したのは、初めてかもしれない。


 なんだ、けっこう楽しく話せるヤツらじゃないか。

 司がそう思っているように、向こうも思っていてくれているのかもしれない。もう随分前から親しくしているかのような雰囲気にほっとした。


「氷室、よかったな。他のクラスの連中とも打ち解けて」


 帰り道、学校の最寄り駅まで歩いている時に栄一に言われた。


「気、使ってくれたのか」


 カラオケに彼らを誘ったのは、司が他の生徒になじめるようにするための配慮だったのかと問うと、実はそこまでは考えてなかったと栄一はからからと笑った。


「ま、結果オーライってことで。それじゃ、また明日なー」

「あぁ、また明日」


 電車は違う方面なので改札を入ったところで栄一と別れる。


 テストの点数は悪かったが、これからも仲良く話せそうな級友を得て司の気分は悪くなかった。


 家の近くまで帰ってきた時、スマホが鳴った。

 着信音で判る。りつからだ。


 律は司の期末テストがもう終わっていることを知っているので早速蒼の夜に関することか、と司は急いでスマートフォンを取り出した。


 案の定、律からの応援要請だった。

 了解と伝えると、前に渡されたキーホルダーが光った。


 蒼の夜につながるアイテムだと聞いていたけどと司が考えた時に、目の前がぐにゃりと歪んだ。

 空間を移動するあの嫌な感触が全身を包む。何度か経験したが慣れないなと思っていると体への圧迫が消え、辺りが一変する。


 蒼色に包まれた夜の駅のホームに司は立っていた。

 えっ、ここって――。


「氷室くん、こっちだ!」


 考える間もなく律に呼ばれる。


「よりによって駅なんて。早く何とかしないと大変なことになる」


 律は魔物の気配のする方へと走り出した。

 そこここに人が倒れていて踏んづけたり蹴ったりしないよう司も後を追う。


 魔物はゴリラのようにも見える大型の獣だった。太い腕を振り回している。

 遥がすでに戦闘に入っていて、腕を避けながら大太刀を打ち付けているが相手は相当タフなようであまり効いていなさそうだ。


 すかさず律がクロスボウを撃つ。敵に何らかのデバフをかけたようだ。

 彼を追い越し、司も参戦する。


 後ろの律の魔力が高まると同時に、体が軽くなった。

 素早さの底上げだ。ありがたい。


 司は刀を抜き、ゴリラに斬りかかった。

 いつものように司が敵の目を引き付け、遥が大技を仕掛ける。


 二度ほど遥の攻撃がクリーンヒットしたがまだ相手は倒れない。

 どれだけタフなんだ、と司が一つ息をついた時。

 ゴリラが突進してきた。


「さっさと――」


 くたばれよっ!


 強く念じた。


 司の刀が呼応するように白く輝く。

 魔力を刀身に込めるのに成功したようだ。


 ゴリラの腕を身をかがめてやり過ごしつつ、刀を振り上げる。

 手ごたえがあった。

 脇腹を深くえぐられたゴリラが咆哮をあげる。


「はぁっ!」


 遥の、ひときわ大きな気合いの声と、ゴリラの断末魔が夜に呑まれた駅のホームに響いた。


 魔物が消えると、やがて蒼の夜も消失し、人々が目を覚ます。

 集団で倒れていたらしいことを不思議がる声に、大きな被害がなくてよかったと司はほっとした。


 すぐに電車もやってくる。


「よかった。電車が蒼の夜に入ってきて運転手が気絶したら事故にもなりかねないところだった」


 律が心底安心したと胸を押さえている。

 それは本当によかったと司も思っている。


 だが先ほどから気になっていたのは、この駅が栄一の家の最寄り駅だということだ。


 時間からして、栄一がここにいてもおかしくない。

 嫌な予感が湧き上がってくる。


『今どこよ?』


 メッセージを送る。


 よほどのことがなければすぐに既読になるのに、一分待っても二分待っても反応がない。


「氷室くん?」


 律と遥がそばに来たが、司は構わず栄一に電話をかけた。

 コール音が鳴る。

 だが栄一は出ない。


「嘘だろ、早く出ろよ」


 やがて留守番サービスの応対メッセージが流れだす。


「まさか、マジやめろよ」


 栄一が、巻き込まれたかもしれない。もしかするとあの化け物に……。

 体が震え、歯の根が合わなくなる。


「氷室くん、こっちへ」


 律に引っ張られて駅構内の人目につかないところに移動してから、暁の訓練スペースへと空間移動した。


「誰か、知り合いがあの場にいたの?」


 遥の静かな声に「多分」と司はうなずいた。

 もう一度電話をかけようとする司の手を、律が止めた。


「こっちで調べるよ。氷室くんは家に帰って、できるだけ普段通りに過ごしてほしい」


 行方不明となったことを事前に知っているようなそぶりをしていると司が「行方不明事件」に関わっていると疑われるから、と律が優しく説明してくれた。


 が、司の耳には半分ほどしか入ってこなかった。

 とにかく無事でいてほしい。


 家に帰り、母にテストの不出来を叱られている間も司はうつむき、こぼれだしそうになる涙をこらえていた。


 その姿が「反省しているようだ」と受け取られたのが幸いして、あまり長く拘束されることはなかった。


 自室に引き上げ、ベッドにうつぶせたままスマートフォンを握りしめ、司はひたすら栄一の無事を願った。


 時間が経つほど、絶望の気持ちが湧いてくる。

 不安を振り払うためにも律に連絡をとってみようかと体を起こした時、手の中のスマートフォンが震え、着信メロディが流れた。

 急いで耳に当てる。


『氷室くん。……南栄一くんは、巻き込まれてしまったみたいだ』


 律の沈痛な声に、司は大きく目を見開いた。


 駅を出たところに栄一の荷物が不自然に転がっていたらしい。

 そこからホームに向かう道筋に、数人の荷物が同じように落ちていた。


 おそらく、蒼の夜が発生して最初の犠牲者が栄一だったのだろう。彼のそばにあの化け物が出現してしまったのだ。


 不思議と、今度は律の言葉が嫌に鮮明に司の頭に入ってきた。

 しかし、信じられなかった。信じたくなかった。


 電話を切って、司は呆然とベッドに座りながら「嘘だ」と繰り返した。


 きっと何かの間違いに違いない

 明日になれば何でもなかったように登校してくるだろう。

 荷物置いてどこ行ってたと問えば「トイレー。極まっちゃってさー」などと言ってからからと笑うに違いない。


 そう信じようとした。

 だが律の声が希望を打ち消す。


「嘘だ」


 つぶやく。


 屋上で空を見上げて笑いながら話していた栄一を思い出した。

 次々に彼との今までが駆け巡る。

 司が元気をなくしていた時に励ましてくれた、茶化しながらもしっかりと励ましてくれた言葉。

 テストの後、カラオケで騒いでいた姿。


「それじゃ、また明日なー」


 数時間前に駅で別れた栄一の姿を最後に思い出した。


 いつも笑っていた彼の顔につられて、司の唇も笑みの形になる。


「嘘だ」


 つぶやいた司の目から涙が零れ落ちた。


 明日になれば続報が入ってくるだろう。

 明日なんて、こなければいいのに。


 司はベッドに突っ伏し、声を殺して泣いた。

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