ただし




「何だ、コレ?」



忠司(ただし)は自室のパソコンの画面を観ながら呟いた。


時刻は午前2時を回った頃。


忠司が観ていたのは大手出版社が運営する小説の投稿サイト。

忠司自身もたまに投稿しているが★評価もPVも全く伸びない。

彼は高校2年生だから、もうそろそろ大学受験の為に本格的に受験勉強をしなければならない。


今夜も親には「受験勉強をする」と言いながら、この投稿サイトを観ていたのだ。

彼は文章を読むのは好きだったが将来的に文章で生計を立てて行こう、と言う考えは持っていない。文章で生計を立てている人達は、ほんの僅かの人々である事は彼も理解していた。そして、どうやら自分には才能とやらが無い事も。

それでもこのサイトに投稿を始めてから幾人かの人達と知り合えた。皆、丁寧で礼儀正しい人達ばかりだった。彼はこれまでツイッターなどもやっていたが、誹謗中傷や敬語も使わない人達の書き込みにうんざりしていた。そんな彼にとってこのサイトで知り合えた人達とのやりとりは新鮮で楽しいものだった。


彼はリアルとネットには明確な区切りをつけている。

彼は「ネットでは年齢や性別は全く関係ない」と思っている。そもそもネットと言う仮想空間をあまり信用していなかった。だから電子マネーとかにも興味は無かったし、スマホで決済とやらもやっていない。

そんな彼のパソコン画面に変なタイトルの小説が表示されていた。


「こんなタイトルさっきまで無かったぞ」


彼は訝し気に呟いた。


「これを最後まで読み終える前に絶対に後ろを振り向いてはいけません? 何だ、このタイトル」


彼は思わず笑ってしまった。


「いるんだよなぁ、こういう長いタイトルつける人。少しでも目立ちたい、って言う気持ちは判るけどさぁ」


彼はそのタイトルの作者名を確認しようとしたが作者名の表示が無い。


「あれ? ここって作者名が無くても投稿できたっけ?」


それには作者名どころか★評価も文字数すら表示されて無い。


「ハッカーがこのサイトに侵入して悪戯でもしてんのかな」


彼は、このタイトルの作品に興味が出て来た。

彼のパソコンにはウィルス対策のソフトがインストールされているので、もしウィルスだったとしたら警告が出る筈だ。

彼はそのタイトルをクリックした。警告は出なかった。


「ふーん。いちおう作品にはなってるのか、って何だよ!これ」


彼は画面を観ながら大きな声を出してしまった。

彼の目に最初に飛び込んで来た単語。

それは「忠司」だった。


「何で俺の名前が・・・いや、偶然だ。忠司なんて珍しい名前じゃない」


彼は深呼吸をして自分を落ち着かせた。

そうだ。そうだよ。この小説の登場人物の名前が偶然に俺と一緒だっただけだ。

何か嫌な予感がしたが彼はそのまま読み続けた。


「忠司はパソコンの画面を観て驚いていた。最初の単語が彼の名前だったからだ。彼は深呼吸をして自分を落ち着かせた。冷静になって考えてみれば忠司なんて珍しい名前じゃない。そう言い聞かせて彼は読み続けた」


読み進む彼の額から冷や汗が出て来る。

マウスを握る手が小刻みに震える。

画面を観る目が血走って来る。


「何だよ、この部屋の描写は!今の俺の部屋とそっくりじゃないか!」


それは、そっくりと言うレベルでは無かった。

今の彼の服装。机の上のマグカップの模様。ベッドの下に隠してある親には見せられない英語の雑誌のタイトル。

彼は確信した。



これは今の俺を描いているんだ。



「畜生!ふざけやがって」


彼は悪態をつきながら読み続けた。

見届けてやる。この作品の最後を。

彼は意地になって読み続けた。


「意地になって読み続ける彼の後ろで物音がした」



バチン



彼の後ろで何かが弾ける音がした。


「何だ?」


彼は後ろを見てしまった。







「・・・・・あれ?」


彼は高校の通学路に立っていた。


この1年半通い続けた見慣れた道。


彼は慌ててスマホを取り出した。

時刻は午後2時17分だった。

陽光が彼の目には眩しかった。


「忠司。何、ボーッとしてんだよ」


彼が振り返るとクラスメイト達が数名立っていた。

皆、制服で通学鞄を持っている。

彼は自分の服装を確認した。皆と同じ制服だった。通学鞄も持っていた。


あれ?

通学鞄なんて持ってたっけ?


「おい。何でこの時間に此処にいるんだよ?」


「はぁ?」


彼の問いに声をかけて来たクラスメイトが変な顔をした。


「期末テストの1日目が終わったから帰るに決まってんだろ」


さっきとは別のクラスメイトが不思議そうに答える。


「それともゲーセンでも行くつもりか? これから帰って明日のテストの暗記しなきゃいけねぇのによ」


クラスメイトの数人が笑った。

その笑い声は車道を走る車の音でかき消された。

忠司らが立っている歩道は国道の脇にある。普段から交通量が多い道だがガードレールが無い。


「おい。何で此処にはガードレールが無いんだ?」


そんな彼の言葉に今度は心配そうな女子生徒の声が答える。


「ねぇ、本当に大丈夫なの? ガードレールは古くなったから撤去されて明日から新しいガードレール施設の工事が始まるんじゃない」


そうか。

そう言えばそうだった。

彼は心配そうにしている女子生徒に声をかけた。


「あ、あぁ。大丈夫だよ、・・・・・さん」


彼は愕然とした。

この女子生徒の名前が出て来ない。

確かにクラスメイトの筈なのに。


彼は他のクラスメイトの名前を思い出そうとした。

しかし、思い出せない。

そもそも、この目の前にいる連中は本当に自分のクラスメイトだっただろうか?



グオォォォォッ



「おい、大型トラックが来るぞ。車道から離れようぜ」


大型トラックが近づいてくる音がする。

忠司の周りの生徒達は車道から距離をとり歩道の端に移動する。


「ほら、あたし達も」


忠司も女子生徒に促されて移動しようとした。



その時だった。



「何か」が忠司を車道へと突き飛ばした。



キキキィィィッ



大型トラックの急ブレーキが辺りに鳴り響いた。


タイヤのゴムが焦げる匂いが辺りに起ち込めた。



「なんだ!」


「誰かが車道に飛び出したらしいぜ!」


「マジかよ!」


ざわめく生徒達は恐る恐る急停車した大型トラックの前方を覗き込む。




大型トラックの前方には何も無かった。




人が跳ねられた形跡も無かった。




女子生徒が大型トラックの近くに何かが落ちているのに気づきそれを拾い上げた。





それは、ひしゃげた形をした鮮血のように紅いスマホだった。







終わり




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