第参拾陸話 絶体絶命

地獄一番層王城、地獄の一層目に聳える大きな城。その最上階、仕事部屋件自室にて唸る。


「どこにやったっけな…」


「片付けないから目当ての書類を無くすんだよ」


「あははは、おっしゃる通り」


その部屋は足の踏み場も無いほど物が散らかっていた。何か分からない道具、山積みにされた書類の山、机に至っては机として機能しておらず物を置いているだけの物となっている。


「あったあった!これだよこれ」


書類の山から出てきた閻魔はその古い本のページをめくりながら沙霧に渡す。


「それが?」


「うん。千年前、先代閻魔が書き記した書物だよ。その書物によると千年前に一度だけ地獄と現世が“門”によって繋がってしまったらしい」


閻魔の言っていることは全てこの本に記載されているものと同じだった。千年前に現世と繋がり、地獄の妖怪が現世に向かった。その妖怪の一体が黒鬼なのだろう。

そして私はその時代の“門”を使用できる人物の名前を見て目を見開く。


「真季波一輝…」


凪の苗字は真季波。


「閻魔はこの事を知っていたのか?」


「うん」


「それじゃまるで…」


生まれた時から人生を決められている。それはまるで“愛玩具(ペット)”じゃないか…と。


「閻魔は凪の幸せを願っているのか?」


「ああ、凪を殺させはしない。私はどんな事でもしようと思う。例え“禁忌”に触れようともね」


その言葉の真意は理解できた。でも“禁忌”とは何の比喩なのか分からなかった。


「少し用ができたから私は出かけるよ。ここの書物は好きに読むといい」


そう言うと一つの本を触ってこの部屋を後にした。




手で触れる前に払われ、交わされる。祓い屋の力など所詮その程度。俺は何も出来ない人間だ。


(“門”は使えない。“門”使用後に逃げられ、出し損なんてのが一番最悪のパターンだ。慎重に…さっき一度使ってるから後がない!)


「…ッ」


考える。でもそれを邪魔するあの光景が頭をよぎる。砂煙の匂い、太陽煌めく海、焦げた砂、立ち昇る煙、血の匂い。

痛々しく撃ち抜かれた八城さんの足を思い出すだけで心が、心臓が締め付けられる。俺がいながらと…


「凪ッ!」


目が霞んで瞬く時、その隙を見逃してくれるぬらりひょんではない。顔に肘打ちを受け後方へ飛ぶ。


「ほう、咄嗟に後方へ飛んで威力を殺したか…」


「ッ!」


(肘打ちの後、九尾が援護してくれなかったら殺られていた…)


九尾の心配するような叫び声が聞こえるが今はどうでもいい。こいつを祓えるなら。どんな事でもしてやる…


立ち上がりながらぬらりひょんを見据える。歯が折れたのか口には鉄の味が広がる。口の中の血液を吐き捨て構える。


もう出し惜しみはしない。疲労感?そんなもの知らない。痛み?そんなものは無い。俺はただただ全力を出せばいい。


「祓うぞ、ぬらりひょん」


「稀に見る怒りを通り越しての憎悪。して、私を本当に祓えるかのう?」


「其方…まさか?」


「妲己。出して」


九尾は頷くと自身の能力により一本の何の変哲もない刀を生成する。


「行くよ“村正”」


妖刀・村正。刀鍛冶師、千子村正が鍛えた一刀。武器自体に能力が備わった物でその模造品となる。


九尾の能力の一つ“彩現(さいげん)”。自身が見た事のある物を再現することができる。その模造品はあくまで模造品であるが本物と遜色ない程の力を持つ。


ぬらりひょんは少しだけ身を引く。それはこの妖刀を警戒してのことだった。それがぬらりひょんにとっての最善策であった。


何気なく鞘から抜き放った刀の衝撃は先程ぬらりひょんがいた場所までを一閃した。


「…ッ!?」


模造品はあくまで模造品。九尾の能力で再現した物は本物と遜色ない力を発揮するが、それはあくまでも一時に過ぎず、力の解放の限度を越えると自壊するようになっている。先の一閃で村正は使用できなくなる。


「私の目的を阻むのは何時だってお前たち“祓い屋”か…」


ぬらりひょんは近づく。先のように距離を取ると何を出してくるか分からないから。


ぬらりひょんは凪の手に触れないよう、凪はぬらりひょんに触れるよう、お互い素手の勝負。が、これはぬらりひょんが不利だ。単純な力勝負ならまだしもこれは2対1。凪の方に軍配が上がる。


挟み込まれたぬらりひょんは2人を同時に開いて取る。凪の“祓手”に気をつけ捌きながら九尾の攻撃を弾く。が徐々に押される。


(これなら…祓える!)


最愛の人を目の前で重傷にされ、頭に血が昇った凪は判断を見誤った。怒りによる身体能力の上昇もその判断を加速させることになる。


「!?ダメじゃ凪!」


「…」ニコッ


無造作に突き出し自切したぬらりひょんの右腕は形を変え、白い光を放つ。


“部位爆破”


「凪ッ!!」


「大丈夫…」


咄嗟に後方へ飛び威力を殺そうとしたが距離が近過ぎた。威力を殺しきれずもろにダメージを受けてしまう。

“祓手”をしていた両の手の平の皮膚は剥がれ、避けきれなかった左足は八城と同じように無惨な形に変形している。


「よくも…」


九尾の身体は形を変えて巨大な狐へと姿を変える。普通の狐と違う所は尾が6本ある事だろう。


凪の頭の中に未継寧々との会話が思い出される。


“ですが次はありません”


(まずい九尾が暴れたら未継さんとの約束が…)


「妲己ッ!!」


名を呼ばれ動きを止める九尾のその隙をつきぬらりひょんは攻撃をする。


「“氷刻像(ひょうこくぞう)”」


九尾の身体は氷に覆われ彫像のように動かなくなる。


(俺のせいだ。俺が…)


「これで終わりじゃな」


「ッ…」


(俺にできることなんて無い。颯に嘘ついちゃったな…)


自身の終わりを再確認する。今まではなんとかやってこれたのは、運だったんだと。


「諦めるのはまだ早いんじゃないかな?」


「何やつ!?」


俺の背後に立つ人物の声は聞き覚えのある声だった。そしてその容姿も…


「閻魔さん!?」

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