第弐拾伍話 その弟、自由につき

「…!?」


俺は今のこの状況に脳がついていかない。

起きたら八城さんの膝の上で寝ていた…それよりも!!泣き顔見られたし泣き疲れて寝ちゃうとか…


「子供かよ…」


彼女もまた疲れていたのであろう。柱に体を預け寝息をたてている。


「ありがとう八城さん。おかげで元気出た」


寝ていて気づかない彼女の髪を撫でながらそう言葉にする。


(髪触るのダメだったかな…てかサラサラ…いやいや、馬鹿か)


急いで手を引っ込める。

そんな動作が仇になったのか彼女の揺れた頭は倒れ込むように俺に被さる。


(…!?!?)


唇に柔らかい感触があり、俺の目前には彼女の顔がアップで写し出されている。

俺は彼女の肩を両手で掴みゆっくりと動かし寝かしつける。そして足早にその部屋を後にする。


部屋を出ると床にトトがちょこんと鎮座していたが彼はそれに気づず自分の部屋の中へと姿を消した。


(泣き顔からあ、あんなこと…次八城さんに会う時どんな顔して会えばいいんだよ…)


部屋にうずくまり嘆く。



廊下に取り残されたトトは…


「凪坊の顔…真っ赤じゃったが…」


少し開いた奥の部屋の扉を覗く。八城が縁側で横になっているのを見つける。その彼女は耳まで真っ赤にした形容するなら茹蛸のような顔をしていた。


「ほう…そう言うことかの…」


(何かあったのは間違いない…)


「ほれ、やしろん。そのままそこで寝ていたら風邪を引いてしまうぞ」


「は、はい…」プスプス


「八城、凪を連れ出してくれて助かった」


「いえ、私はな、何も…」ジュッ


台所からスーツ姿にエプロンという格好で出てきたウルさんに少しだけ恥ずかしさが紛れたがその後また思い出してしまい瞬時に沸騰する。


「ん?熱でもあるんじゃないか!?」


「ウルよ。そっとしておいておやり…」


知らず知らずの内に追い討ちを掛けようとしているウルをトトが宥める。


「夕飯ができた、また部屋に籠っている凪を連れて来てくれないか?」


「は、はい」


八城が体を機械のように動かしながら凪の部屋へと向かっていくのを九尾は不服そうに見つめる。



部屋に着きノックをする。


「ま、真季波くん夕飯できたみたいだから呼びに来たんだけど…」


扉の前でそう口にするが部屋からは物音ひとつ聞こえない。


「開けるよ…?」


不審に思い扉を開ける。部屋の中は本棚に机、畳まれた敷布団の他に物は無く質素であった。そこに凪の姿は無く、部屋の外を見ることのできる扉が開いていた。急いで台所に戻り今見た状況を報告する。


「トトさん!真季波くん居ません!!」


「なんじゃと!?」


「それは本当か!?」


その場に居合わせたウルさんと雨ちゃんまでその言葉に反応する。


「心配せずともよい。少しの間家を開けると言っていたぞ」


「九尾、お主話したのか?」


「何やら急ぎのようだったのでな」


先の事もあり心配だったが九尾さんを信じて待つことにした。




さっきまで自室にいた。それは事実だ。


「…!?」


今の俺は何者かの脇に抱えられ夜風を切っていた。


「喋ると舌を噛むぞ」


風が全身を撫で、目を開けることすらできない。が、その名前も知らない彼の容姿を一瞬だけ確認する事ができた。

顔を覆う一枚の布、その布には猛獣の牙を彷彿とさせる絵が黒く描かれていた。


彼に抱えられ連れて行かれ、降ろされた先は巳津さんの診療所。その診療所の中には一人の人の気配があった。俺はその気配によく似た気配を知っていた。連れてきた彼には目もくれず扉に走り開け放つ。


「巳津さん!!」


「聞いていた通り死に急いだ元気な子だね」


扉を開け待っていた人は覚えのある人物では無かった。気配は似ていた。だから間違えた。それは彼女の気配では無く“彼”の気配だった。


「初めましてかな?僕の名前は巳津響也(みときょうや)。姉が世話になったね」


「巳津さんの弟さん…?」


「正解(Yes)、正確には双子の弟だ」


双子!?だから気配で判別が難しかったのか…違う。それよりも…


「巳津さんは今行方不明で…」


何と言っていいか分からない。


「ああ、沙霧は死んだよ。双子だから分かる」


彼の口から出た言葉は俺の心にストンと落ちた。噛み合ったのだ。もう巳津沙霧という人物がこの世から姿を消しているという事を。


「酷な話だと思う。実際僕も最初は信じられなかった」


彼は嘘偽りの無い真実を述べている。巳津響也と言う人物が一瞬だけ見せた少し暗い表情。知り合って1ヶ月しか経っていない俺は長い時間を共にしている姉弟である彼らより悲しむ事は許されない。


「暗い話は後々。今、僕たちがすべき事を話そう」


「はい…」


(おおよそ凡人よりも前途多難な人生を歩んできたんだろうな。こういう事は結構引きずらないタイプ?切り替えが早くて助かるが…)


沙霧からの手紙でしか彼の事を聞いていなかったけど、彼についてはまだまだ分からない事だらけだ。


「まず分かっている事から、妖怪の親玉はぬらりひょんと言う有名な大妖怪。彼を倒せば妖怪関連で苦しんでいる人を少しは減らせるかな。そしてここが肝、妖怪側に十二支の人がいる」


「え?」


驚く。妖怪に手を貸す人がいる事。そして、その手を貸すと言うのは一般的に悪いことに手を貸すという事。


「誰が正義で誰が悪なんてのは関係ない。誰しも自分の中の答えが正義なんだから。それを分かってもらうために戦うんだろうね」


「…」


分からなくなってきた。妖怪にも悪い奴と良い奴がいて、人間にも悪い奴良い奴がいる。


「あ、ちなみに僕と沙霧は十二支の蛇だよ」


「へ…?」


爆弾を落とされた。話がさらに分からなくなる。何というか…頭に浮かんだ事をそのまま話しているって感じで…何というか…自由だな…


彼と会話するのは骨が折れそうだ。

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