見上げる月夜の照らす者

八蜜

第零話 プロローグ

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ…


鳥の囀り?、窓から差し込む光(眩しい)、午前7:00のアラームの鳴る電子時計。


「うるさい…」


時計のアラームを止め、暖かい布団に戻る。

何故なんだろう…冬の布団には悪魔が付いていると思うんだ。出られなくする悪魔。


「凪!!起きなさいー遅れちゃうわよ〜」


階段下から母さんの声が聞こえる。よく通るその声を聴くと起きないとと思わされる。

もぞもぞと準備をする。顔を洗い、用意された朝食を食べる。目玉焼き、ベーコン、食パン、マカロニサラダ、牛乳。おいしい。


「凪寄り道せずに帰ってくるのよ?私はもう行くから、いってきまーす」


「いっれらっふぁーい(いってらっしゃい)」


今日は12月7日、俺の誕生日だ。毎年サプライズをするため両親は早く出社し早く帰宅して俺の帰りを待って居てくれる。嬉しいが気恥ずかしい。

歯磨きをして制服に着替える。

袖を通すときやはり寒い。今日はマフラーを巻いていこう。

靴に履き替え無人の家に「いってきます」と言い残し家を出る。



学校に着き、自分の席に付く。教科書を整理していると友達が話しかけてきた。


「誕生日おめでとー!」


「ありがー」


俺には一つ、人には言えない秘密がある。それは“妖怪や怪異が見える”こと。


「ん、どったの固まって?」


「いや、何でもないよ。ありがとうな?」


いや、びっくりした…自然に流せたよな…?振り返った友人の首に巻きつき肩から顔を覗かしていた悍ましい顔と目が合ってしまって少々思考停止してしまった。


(あれはダメでしょ…不意打ち過ぎる…)


昔から見えるという体質で困った事が多い。何も無いところをよく見つめている子供だったと両親や他の大人達に認知されていたらしい。今ではスルースキルを生かしなるべく関わらないように努めているが、時々さっきの様な不意打ちを食らうことがある。


その日はそれ以降の不意打ちを食らうこともなく、放課後を迎えた。早く帰らないとな。そう思っていたのだが、用事で立ち寄った保健室で魘されている声を聴いてしまった。

魘されていたのは同じ学年の女子生徒、ベットに横になっており息が荒い。それもそのはずその生徒のお腹の上には石像のお爺さんが鎮座していたからだ。


俺には“見える”以外にも一つ生まれ持った能力が備わっていた。それは妖怪を祓う事ができると言う物。


「お爺さん退く気、ある?」


「ほう、小僧わしが見えるのか。そしてこの女(おなご)から、か?わしが小僧の言う事を素直に聴くと思うてかッ!!」


襲いかかるお爺さんを手で払い退ける。床に転がるお爺さんは悶絶する。それもその筈、俺が能力ちからを使うとその力は手に宿り、触れた対象を浄化する。並の妖怪なら先の一撃で消滅するはずなのだが、どうやら妖力の少し強い妖怪らしい。


「小僧…まさか祓い屋か…?」


「違う、俺は俺だよ。困ってる人、苦しんでる人を見捨てて置けない、お人好し…」


「やめてくれ、まだ!死にたくないぃ!!ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


再度、お爺さんに触れお爺さんを完全に消し去る。

断末魔を聴くといつも心が苦しくなる…



少し遅くなったが帰路に着き、家の前に到着する。少し深呼吸をして家に入る。今日はどんなサプライズがあるのか、楽しみだったからだ。

玄関の扉を開けると廊下が目の前に広がるが、両親は見当たらない。


あれ?おかしい。


いつもなら扉を開けたタイミングでクラッカーの音と共に現れる筈なのに…少しの違和感を感じ、靴を脱ぎリビングに向かう。リビングの扉は開いており中は薄暗く、風が吹いてくる。


そして、全身が泡立つほどの不快感を感じた。


(血の匂い…?)


リビングに急いで入り灯りをつける。

そこには無残な姿となった両親が横になっていた…


「あ、ああ…」


駆け寄り、父さんと母さんを抱き寄せる。


(なんで、嘘だ)


何かの間違いだとそう思うことすら許されない。抱き寄せた両親の身体はもう既に冷たく固くなっていた…


そこから先の事はあまり憶えていない。気づいた時には祖父母の家に引き取られて居た。何日経っても実感が湧かない。でも、もうあの頃の“普通の日常”には戻れない事を理解するのにそうそう時間は掛からなかった。


あの光景は、人や動物の類ではない。物の怪、妖怪、怪異、そう言った別次元の生物の物だと。


「お婆ちゃん。お爺ちゃん…話したい事があるんだけど良い?」


2人は頷きお茶を入れてくれた。深く息を吸い、吐く。今は何とも思っていないが小さい時、近所の子供に“見える”事を伝えた事を思い出した。


「お婆ちゃん、お爺ちゃん俺、妖怪や怪異の類が見えるんだ…小さい時から。それで、母さんや父さんを殺したのは…」


俯いてしまう。怖い。でも打ち明けなければならないと思った。でも声が喉から出ない。苦しくなる。

頭にお婆ちゃんの優しい手が触れる。優しく撫で、その温かさに胸が苦しくなり目頭が熱くなる。


「頑張った。苦しくても悲しくても前に進もうと、よく話てくれた」


「伝えて無かったがわしらは代々、妖怪を祓う祓い屋をしとったのじゃが、その影響で凪には妖怪が見える様になってしまったんだな…」


「てことはお父さんも妖怪が見えてたの?」


「んにゃ、お父さんはこれっぽっちも見えなんでな。祓い屋はわしらの代で畳むつもりじゃったのじゃが…」


「凪が辛くなかったら妖怪祓いの仕事してみない?」


十中八九、俺の両親を殺したのは妖怪だろう…危険な妖怪が多いのは分かってはいる。俺は俺の様な人が出ない為にも祓い屋をしたい。


「お婆ちゃん、お爺ちゃん、俺妖怪を祓うよ。俺の様に悲しむ人を少しでも無くしたい」


「よう言った」


お爺ちゃんは俺の頭をガシガシと大雑把に撫でてきた。その手は祓い屋として色々な人を助けてきた勇気ある手だった。


こうして、真季波凪の祓い屋としての第一歩を踏み出した。その一歩は小さく不安定な物だったが、後々大きな渦にも飲まれない強靭な一歩となるであろう…

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