第9話 イジョウナカノジョ

「こ、これ……って……」


 俺は声をなんとか絞り出せたが、続きが出てこない。あまりの衝撃に脳も体もついて来なかった。


「だから言ったでしょ? 平尾だよ。望実を苦しめていた奴なんだから殺されても文句言えないよね」


 隣子は笑顔で次々と画像を見せていく。

 切り裂かれた痛々しい傷、溢れ出す血液、どれもリアル過ぎて気分が悪くなってくる。


「うっ……ぐっ」


「大丈夫!? ごめんねこんなの見せて……。でも証拠見せないとって思ったから……」


 隣子は心配そうに俺の背中をさする。今まで何も感じなかったのにその手が人の命を奪っていると知ると恐ろしく感じた。


「り、隣子、そ、そんなことしたら警察が来るんじゃないのか? そしたら隣子が捕まって……」


「望実が私の心配してくれるのは嬉しいけど大丈夫だよ♪ 死体は完璧に処理したし。絶対に捕まらないよ!」


 隣子は自信満々に誇らしげな顔でそう告げる。


「あ、でも一つだけあるかも。捕まる可能性」


 隣子は思い出したように付け足す。


「望実が警察に通報したら捕まっちゃうかも。でもそんなことしないよね?」


 隣子は大きく見開いた目で俺を見つめる。光のない深い黒い目。その目を見て隣子が本当に平尾課長を殺したのだと感じた。


「あ、ああ……」


 俺は今まで感じたことのない威圧感に押され、返事をする。

 もし隣子が逮捕されたとしてもおそらく俺も疑われるだろう。女一人で成人男性を殺害し、死体もどこかへやった。それも殺された男は彼氏である俺が嫌っていた人物。俺が手伝った、あるいは指示したなんて思われる可能性は十分にある。

 だが、かと言って黙っていてもいつかバレたらその時は……。


「落ち着いて望実。私がついてるから安心して」


 そう言って隣子は俺の体を優しく抱き寄せる。

 私がついてるから安心して? バカか!お前のせいで安心できないんだろ!? と言ってしまいそうになるが言葉を飲み込む。


 いくら隣子が俺のことを愛してるとしても、簡単に人を殺せるような女だ。もし機嫌を損ねたりしたら俺が殺される可能性だってある。今は刺激しない方がいいはずだ。


「あ、ありがとう隣子。急だったからびっくりしただけ。落ち着いたよ」


 内心全く落ち着ける状況じゃないが、俺は冷静になれと言い聞かせる。


「本当? よかったぁ……。じゃあさっきの続き、しよ?」


 そう言うと隣子は俺の右手を取り、自分の胸へと運ぶ。そして隣子はもう片方の手で俺の股間を触る。しかし流石に動揺しているせいか息子は全く反応しない。


「……あれ? 望実あんまり元気ない?」


「し、仕事で疲れたのかな? 眠くなってきたのもあるかも……」


「そうかぁ……残念。でも望実に無理させたくないから今日は我慢するね」


「悪いな隣子」


 とりあえず適当に嘘ついたのだが、隣子は案外すんなりと受け入れてくれた。


 そしてその日はそこで解散となった。隣子は俺が心配だから泊まると言い出したが、俺が隣子も疲れさせるわけにはいかないと言うと一応納得して帰ってくれた。今はとにかく一人になりたかった。


 今朝、平尾課長は行方不明になっていると言っていた。それは方法は分からないけど隣子が死体を処理したせいで死体が見つからないってことだろう。そしたら平尾課長は殺されたということにならない、だから隣子が殺人で捕まることはない。そういうことなのだろうか?


 でももし死体が見つかってしまったら!? そもそも隣子はどうして人を殺してあんなに普通でいられるんだ!?

 なんてことを考えてばかりで結局俺は一睡も出来ないまま朝を迎えることになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る