第6話 イカリノカノジョ

 月曜日、会社に出社すると少し騒ついているようだった。すると小野寺が俺を見つけて近づいてきた。


「あ、秋山さんおはようございます」


「おはよう。それよりなんかあったのか?」


「そうなんですよ! 平尾課長が行方不明になったらしいんです」


 小野寺は少し興奮気味に話す。


「行方不明って……」


「部長が土曜日に連絡したらしいんですけど、全く返事がなくて、日曜になっても連絡取れないらしくて、それで今日の朝も……。今警察が調べてるらしいんですけど家にはいなかったみたいで」


「そ、そうなのか」


 平尾課長が行方不明者。確かに驚くが正直嫌な上司だったのでそんなに心配な気持ちにはならなかった。


「正直ここだけの話ですけど、あの人いない方が絶対仕事しやすいですよね。秋山さんのことも悪く言うし」


「まぁ確かにな」


 唯一の若い女である小野寺も平尾課長にはほぼセクハラな発言を受けたりして苦労していた。俺も小野寺もそして他の人達も平尾課長がいない方が仕事しやすい人は多いだろう。



 ………

 ……

 …



『もうすぐ終わる。ご飯楽しみにしてる』と、打ち込んだメッセージを隣子に送る。そろそろ仕事の目処がつきそうだ。


「よし、あと少し頑張るか」


 俺は気合を入れ直し、キーボードを叩く。


「秋山さん! お疲れ様です」


 小野寺がコーヒーを淹れたカップを俺の手元に置く。


「小野寺か、おつかれ。もう上がり?」


「そのつもりだったんですけど、秋山さんが頑張ってるの見えたんでお茶入れてきました」


 そう言って笑顔を見せる小野寺。正直かなり可愛くてドキッとしてしまう。


「そ、そうか、ありがとな。気をつけて帰れよ」


「……あの、秋山さん、えっとその……」


 小野寺は目線を逸らしながら、何か言いにくそうにしている。


「どうかしたか?」


「こ、この後、じ、時間あったらご飯いきませんか……?」


 小野寺は俺の耳元で周りには聞こえなさそうな小さな声でそう言った。


「…………」

 

 まさかの小野寺からの誘いに驚くが、さっき隣子に送ったメッセージを思い出す。それに隣子という彼女がいるのに、いくら後輩とはいえ若い女である小野寺と2人でご飯に行くのは良くない。


「ご、ごめん、悪いけどこの後どうしても予定があって……」


 せっかく誘ってくれたのに申し訳ないが俺は誘いを断る。


「それってもしかして彼女ですか?」


「な、なんでそうなる!?」


「だって最近帰るの早いこと多いじゃないですか。それになんか毎日楽しそうにしてるし、携帯みながらニヤニヤしてる時あるし」


「俺そんなにわかりやすかったか……」


 俺は小野寺に言われて初めて気づく。確かに隣子からのメッセージがきて嬉しかったりしたけどそんなに顔に出てたのか。


「……否定しないってことは、やっぱり彼女できたんですね」


「ま、まぁそうだ。他の人にはいちいち言うなよ?」


「えー、どうしよっかなぁ〜。秋山さんがこの後付き合ってくれたら考えます」


 小野寺は意地悪そうな顔をして隣から俺を覗き込む。どうしても今日俺を付き合わせたいらしい。さっさと飯だけ行って終わらせた方がいいか。隣子には少し残業で遅くなるってメッセージ送っておこう。


「……わかった。飯食ったらすぐ帰るからな」


「やったっ!ありがとうございます秋山さん!」


 まぁ後輩とご飯行くだけだし、浮気じゃない。大丈夫だろう。それにご飯行くだけでこれだけ嬉しそうにしてくれるのは悪い気はしない。


『仕事が終わらなくてもうちょい遅くなる。本当にごめん!』


 俺は隣子にメッセージを送る。するとすぐに既読がつき、『了解!お仕事がんばってね!』と返事が来た。


 ごめん隣子。飯食い終わったらすぐ帰るからと俺は自分に言い聞かせるのだった。




 ♢♢♢


『「……わかった。飯食ったらすぐ帰るからな」

「やったっ!ありがとうございます秋山さん!」』


 イヤホンから聞こえてくる音声に怒りが込み上げ、包丁を握る手に力が入る。


 小野寺夏海。この女は許せない。私の望実を誘惑し、脅し、望実の優しさにつけ込んで無理矢理食事に行かせるなんて。確かにこの女は要注意人物ではあった。しかしまさかここまで強引に望実のことを誘うなんて思ってもみなかった。


 望実から遅くなるというメッセージが送られてくる。私は了解と返信するが内心は小野寺夏海とかいう小娘に怒りが溢れていた。


「もし私の望実に手出したら絶対許さないんだから。……絶対に」




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