第20話 蜥蜴王《バジリスク》討伐7

私は、姿間に上っていた、蜥蜴王バジリスクの後方に立つ高木から、灰色がかった茶色の巨体目掛けて、大きく跳躍しました。


「カキ、ザキ……?なん、で……」

下にいるラルクの驚いた呟きが終わらないうちに、私は飛び降りながら、蜥蜴王バジリスクの頭頂部に狙いを定めて、長剣ロング・ソードを振り上げました。


「疾風迅雷!」


そして、魔法により増大した力の限りを込めて、その頭頂部を横一文字に斬り裂きました。


「ギャァァァァァァァ…………!!」

耳を塞ぎたくなるような断末魔と共に、人のそれとは違う、緑色の血飛沫が空中に舞いました。

この鶏冠のような頭頂部分が、弱点だという情報は正しかったようです。

なぜなら、他の皮膚部分は、鋼鉄のように強固であるのに、この部分だけが造作もなく斬れたからです。


「ギギッ……ギィ……ッ」

灰色がかった茶色の巨体は、ぐらついた後、そのまま地響きを立てて、地面に崩れるように倒れました。


地面に降り立った後、私は蜥蜴王バジリスクの前足に捕らえられていたラルクの元に、駆け寄りました。

「大丈夫ですか、ラルク!」

「あ……ああ……」

ラルクに肩を貸し、彼を立たせました。


「カキザキ……お前、一体……?」

「説明は後で。アリアの猶予が、あまりありません」

私は、ラルクから離れ、アリア達がいる方へと足早に戻りました。


「勇者様……!逃げられたわけではなかったんですね」

「……一体どういうことだ?姿を消したと思ったら、あんな場所に、なぜ?」

ロイや、ジルの問いかけには答えず、私は、このオアシスにたどり着いた時に下ろしたバッグの元に足早に行くと、それを肩に背負い、すぐさま倒した蜥蜴王バジリスクのところへと引き返しました。


そして、バッグから、道具屋で購入した小瓶と包丁を取り出しました。

ラルクが、私の手元に視線を向けました。

「カキザキ、お前」

「はい。今から、この『スイスイ簡単切れ味抜群!今日からシェフ……』」

「あ、いや、それ全部言わなくていいよ……」

「はい。これより、蜥蜴王バジリスクの胃より、解毒液を採取します」

「お前、そんなこと慣れてねーだろ?俺に貸せよ」

「いえ、心配は無用ですよ。私は、元いた世界で、マグロを何体か解体したことがありますので」

「えっ、マグロって何?」

話しながら、私は蜥蜴王バジリスクの解体に取りかかりました。


「マグロとは、大振りの魚ですよ」

魔法書の注釈に書いてありましたが、蜥蜴王バジリスクの鋼鉄のような皮膚の体の硬さは、魔力によるものだとありました。

ですから、死した今は、この包丁で充分切ることが出来ます。


『新鮮なマグロの大トロが食べたいの。柿崎、私の目の前で捌きなさい』という、お嬢様の無茶振りに、私は築地にて、そのプロに、マグロの解体の作法を学びました。このような異世界にて、その力が役立つとは思いませんでしたが。


数十分かかり、私は蜥蜴王バジリスクの胃から採取した深緑色の解毒液を小瓶に詰めると、アリアの元に駆けつけました。


「アリア!解毒薬です、飲めますか!?」

彼女の体を腕を添えて起こさせました。

「うっ……。勇者、さ……ま」

「さあ、早く飲み干してください!」

彼女の青白い口元に、小瓶を押し当てると、そのまま深緑の解毒液を飲ませました。

すると、物の一分とかからないうちに、彼女の顔中に張り巡らされていた黒みかがった紫の血管は、全て消え去り、美しい元の顔に戻っていきました。


「勇者様……ありがとうございます!私達を見捨てられたわけではなかったのですね?」

生気の戻った翡翠のような瞳の端に涙を滲ませながら、アリアは私を見つめました。


「申し訳ありません。ご心配をおかけしました。ですが、こうして貴女が回復して、何よりです」

そこへ、ラルクが向こうからやってきて、再び私に問いかけました。


「カキザキ。お前、一体どうやって?」

限定魔法リミテッドを使いました」

限定魔法リミテッド、を……?」

「はい。限定魔法リミテッドをかけました。が、私の姿を見ることが出来るという限定魔法リミテッドを」

「なっ……!?そういうことか!」

ラルクをはじめ、驚く仲間みなさんに、私は説明をしました。


蜥蜴王バジリスクの周りの草木は、その猛毒により、変色し、枯れていました。しかし、よく見ると、蜥蜴王バジリスクの後方の草木は、そこまで枯れてはいなかったのです」

「毒の濃度に、ばらつきがあったということか?」

ジルの問いかけに、私は頷きました。

「はい。あの時、風は、蜥蜴王バジリスク側から吹いていました。つまり、私達は風下にいたことになります。蜥蜴王バジリスクに気付かれないように、風上に移動すれば、蜥蜴王バジリスクからの毒のダメージを軽減できる、そう考えました」


私は、昨夜、女神から渡された魔法書を読み、いくつか実際に魔法を使えるかどうか試してみていました。

その中の魔法で、女神が、魔法書自体にかけたという限定魔法リミテッドをいくつか応用して使ってみていました。


「今朝、ジルに剣の稽古をして頂きましたよね?」

私の言葉に、彼は「ああ」と頷きました。

「実はあの時、私はシャツの下の鎖帷子チェインメイルだけではなく、別の防具も身に付けていました」

「なに。全くそんな物は見えなかったぞ!?」

「はい。その防具にのみが、その防具を見ることが出来るという限定魔法リミテッドをかけていたためです。ジルが鎖帷子チェインメイルのことしか指摘しなかったため、限定魔法リミテッドが効力を発していることを確認しました」

私の説明に、ジルは少しの驚きを見せた後、ため息を一つつきました。


「実は魔法も使えていたとは……。そして、あの時、さらに防具を身に付けて、あの動きだったのか。たいしたヤツだ……」

「ただ難点は、この限定魔法リミテッドは魔力の消費が激しいことと、この魔法を人にかけた場合、その状態での攻撃が出来ないことです。魔法書に注意書きとして記されていました」

「それで、限定魔法リミテッドを使って姿を消しながら、ギリギリまで蜥蜴王バジリスクに近づき、そこで、限定魔法リミテッドを解いたというわけか」

ジルの言葉に、私は頷きました。


「そうです。この作戦を口にすると、蜥蜴王バジリスクにも聞かれる恐れがあるため、皆さんにも黙っているしかありませんでした」

「勇者様……。その知略、力、このような私を見捨てずにいてくださったこと……貴方は、勇者の名に恥じない素晴らしい方です。これからも、微力ながら、どうぞお側でお仕えさせてください」

アリアが胸元の十字架クロスに手を当てながら、私を真っ直ぐな瞳で見つめてきました。

私は、そんな彼女に微笑みながら返しました。


「当然のことをしたまでです。私達は、この旅の同志なかまなのですから」

私の言葉に、その場にいた皆さんの表情が和らいだように見えました。


まずは、この仲間パーティーにて一戦を勝利いたしました。

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