第6話 女神の力

「一体どうすれば!?」

「アンタはまだ魔法が使えないから、さっき渡した魔法書で媒介可能な低位魔法を選ばないと……」


「グルルル…………ッ!」


狼犬ウルフ・ドッグ達が唸り始めました。おそらく一斉に飛びかかられるのも時間の問題。私が足を速めると、彼らも激しい葉擦れの音をさせながら、走り始めました。


「指示を!!」

「そのマニュアル本は、単なるマニュアル本じゃない。私の魔力を込めてるわ。その本を空高く、全力で投げなさい!」


米一袋並みの書物を力の限り、空に向けて投げました。

それとほぼ同時に、狼犬ウルフ・ドッグ数頭が、私の目の前に立ちはだかりました。10頭もの魔獣達が、ぐるりと私を取り囲みます。


「ガアアァァァ……………………ルゥッ!!!!」


耳が裂かれるような咆哮と共に、四方から一斉に魔獣が飛びかかってきました。


その瞬間、どこからともなく自称女神の声が大気を震わせました。



火炎ファイア・グラブル!!』



すると、突如無数の燃え盛る火炎のつぶてが、上空から、ものすごい速さで降り注がれました。


「ギャアァァァァ…………………ッ!!!」


先程の咆哮以上に凄まじい音量の断末魔が、響き渡り、魔獣達は、余多の火炎に焼かれて、草むらに倒れこみました。

横たわった体から立ち上る、灰色がかった煙と、肉の焦げる臭いに、思わずスーツの腕で、顔を覆いました。


「とりあえず、成功したみたいね!」


石板から満足気な声が聞こえてきて程なく、先程上空に投げた書物が落下してきたので、受け止めました。


「……」


少し前まで小脇に抱えてきた書物を改めて、見つめましたが、どんなに見つめたところで、ただの本にしか見えません。


しかし、先程の魔法は、紛れもなく、この書物から発せられた物でした。

まるで、だいぶ以前に、お嬢様と、もう1人の誰かと観たファンタジー映画を思い出しました。

この世界は……まさに、そういった世界なのでしょう……。


「どう?これが、この世界の戦い方よ。覚えてね!」

「……」

「また、すぐ呼び出されるのも面倒だから、出血多量大サービスで、もう一回結界を張ってあげるわ。ただし、ちょっと高位な魔法だから、上手くいくかは、アンタの適性次第だけどね。今度は、マニュアル本を地面に置きなさい」

「……。分かりました」


自称……いや、女神に言われた通りに、分厚い書物を草むらの中に置きました。


すると、風など全く吹いていないのに、本が勝手にパラパラと捲れ始めました。

そして、あるページで止まると、また女神の声が、空間から響き渡ります。



退魔結界リペリング・バリア!!』



すると、両開きになった書物から、巨大な青白い閃光が遥か上空に向かって伸びたかと思うと、そこから周囲数キロメートルを覆い隠すように、ドーム状に広がり落ちてきました。

少しの間、その光は揺らめいていましたが、やがて「バシュッ!」と短い音を立てて、空間から消滅しました。


「また成功。媒介が上手く出来てるわ。アンタ、なかなか魔術の適応力が高いわね!」

「……」


魔法を見るのは三度目ですが、頭では分かっているのに、やはり心がまだついていけません。

こんな世界が……存在するなんて。


「じゃ、私シャワー途中だから、これで」

「……ちょっと待ってください!」


異世界カルチャー衝撃ショックから我に返り、今にも通信を切りそうな女神を引き留めました。


「なーに?こっちは忙しいんだけど?」

「私が、この世界に転生した際に、もう1人いませんでしたか!?」

「……もう1人?」

「はい。16、7歳くらいの少女です!」


少しの間があった後、石板からの返答は、事も無げな一言。


「知らん」


……やはり、一緒にはいなかったってことか?


「あー、ほんと、無理。限界。切るわよ。じゃあね!」

「では、後もう一つ」

「何よ!?」

「その……まだ貴女のお名前を伺っておりません。今後のこともありますし」


面倒臭そうなため息が聞こえた後に、小さな声が聞こえました。


「……ヴァルキュリア」

「ありがとうございます。私の名前は……」

「知ってるって!召喚したの、私だよ?柿崎悠一、でしょ?」

「はい。そうでしたね」

「ほんっとに切るからね?暫くかけて来ないでね!」


一方的に、そう言い放つと、スマホもどきの石板からの通信は途絶えたのでした。
















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