第2話 教皇

 仰向けに倒れていた真は、周囲のざわつく声に意識を取り戻し、ゆっくりと目を開いた。半身を起こし、周囲を見渡すと、クラスメイト達がざわざわと騒いでいる。どうやら、あの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。


「ここはどこだ?」

「いったいどうなってんだ?」

「俺達、さっきまで教室にいたよな?」

「ねぇ。携帯通じないんだけど」


 真は起き上がり、周囲の状況を確認する。まず目に映ったのは壁際にある巨大な銅像だった。素材は大理石だろうか?  高さ三十メートルほどある。外見はローブを纏った中年くらいの男が頭に冠をつけ、右手を空高く上げて人差し指を天井に向けて突き出していた。真はうっすらと寒さを感じて無意識に目を逸らした。


 よく観察して見てみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいことがわかった。


 素材は銅像と同じ大理石だろう。美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建物で、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と沸き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。


 真達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。背後で伊織の心配する声がした。


「雫ちゃん、大丈夫?」

「ええ、ちょっと、腰を打っただけだから」

「無理しないでね」

「ええ」


 伊織が前方にいる真に気づき、駆け寄ってくる。


「渡部君、怪我してない?」

「別に大丈夫だ」

「そう。よかった」


 伊織は元気そうな真の声を聞いて、胸を撫で下ろす。雫も真の所にやって来る。


「ここどこだろうね?」

「さあな」

「おーい。大丈夫か!」


 心配そうな顔をした勇が孝太を伴って伊織達の所に駆け寄ってくる。


「私達は平気だよ。勇君達は?」

「俺達も平気だよ。渡部、お前もいたのか」


 勇が渡部を睨む。


「お邪魔みたいだから俺はもう行く」


 真は勇達に背を向けて離れていく。


「渡部君!」


 追いかけようとする伊織を雫が手を掴んで止める。


「下手に動かない方がいいわ。ここがどこかもわからないのよ」


 伊織はこくりと頷く。


 すると、前方の扉が開き、誰かが入ってくる。その人物は台座の前までやって来ると、にっこりと微笑んだ。外見は金の刺繍がなされた白いローブを纏い、手に錫杖のようなものを持っている。その錫杖は先端が尖っており、数枚の円環が吊り下げられていた。さらに頭には高さ二十センチ位ありそうな細かい意匠の凝らされた烏帽子のようなものを被っている。歳は七十位に見える。


 もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺や老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。


 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で真達に話しかけた。


「ようこそ、エデンガーデンへ。勇者様とお付きの者達よ。歓迎しますぞ。私は、星教教会にて神より教皇を任せられていますセバス・ゴールドマンと言います。以後、宜しくお願い致しますぞ」


 そう言って、セバス・ゴールドマンと名乗った老人は好々爺然とした微笑を見せた。


 そんな中、人垣を掻き分けて、四人の男子生徒が進み出てきた。


「おう爺っ! さっきからごちゃごちゃうるせーぞ! なんだその格好はっ! コスプレかっ! はっはっは!」


 そう叫んだ彼の名前は、富崎伸二とみさきしんじと言い、不良共のリーダーだ。近くでバカ笑いしているのは官田祐也かんだゆうや古池涼介こいけりょうすけ川村浩一かわむらこういちの三人だ。いつも悪さをして、担任の先生に迷惑をかけている。


「ちょっと、あなた達、やめなさい!」


 噂をすれば、担任である加藤綾子かとうあやこ先生の登場だ。主に国語を担当している。外見は百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪をしており、二十五歳にもなるのに小学生と間違われたこともあるようだ。子供っぽいと言うと、プリプリとボブカットの髪を跳ねさせながら怒る。けど、子供が駄々をこねてるようにしか見えず、あまり怖くない。


「うるせーぞ! ロリババアっ!」

「そうだっ! 引っ込めやっ! このロリババアっ!」

「そうだっ! そうだっ! 引っ込めっ!」

「ガキは引っ込んでろっ!」


 富崎、官田、古池、川村の四人が、担任の綾子先生に罵声を浴びせる。


「もう怒った! あなた達許しませんよ!」


 そう言って、綾子先生は富崎達に駆けより、ビンタをかまそうとするも、背が小さく、百八十ある富崎の頬を叩けない。ジャンプをするもやはり届かない。


「どうしました? 全然届きませんよ」

「はぁはぁ」


 疲れて息をきらす綾子先生を、富崎は嘲笑う。見かねた勇が割って入ろうとすると、先に一人の男子生徒が富崎の前に出てきた。


「お、おい、富崎! い、いい加減にしろ!」


 震えた声で叫んだのは、末崎佑樹すえざきゆうきだ。クラス一の臆病者で、運動神経、知能、共に低レベルであった。そんな彼をいつも綾子先生だけが慰めの言葉をかけていた。その結果、彼は綾子先生に執着するようになっていた。


「あぁ? 誰に言ってんのかわかってる?」

「!?」


 富崎の圧力に、末崎は漏らしそうになる。


「そのへんになさったらどうですか?」

「あぁ?」


 セバスの上からの言葉に、富崎はイラつき睨む。


「勇者のお付きの者が弱い者いじめとはいかがなものか」

「うるせーぞ! てめぇには関係ねぇーだろがっ! 引っ込んでろ、爺っ!」

「やれやれ。ちと教育してやりますかの」


 セバスは富崎に手招きする。


「じょうとうだ! コラァ!」


 富崎はセバスに向けて駆け出し、パンチをセバスの顔面に繰り出す。セバスは口元で何かを言い、その瞬間、セバスの前方に透明の壁が出現した。


 ゴツンッ!


「いてぇー!?」


 富崎が手首を抑えて、地面を転げまくる。


「ほほほ。少しは反省するといいぞ」

「て、てめぇ。覚えてろ」


 地面に転がった富崎は、セバスを睨む。


「元気があってよろしい。こうでなければは倒せませんからな」


 セバスのという言葉に、真は嫌な予感がした。


「さて、皆さん。王がお待ちです。玉座までお越し願いましょうか」


 そう言って、セバスはじゃらじゃらと錫杖を鳴らしながら扉に向かって歩き出した。


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2021年10月30日。4時00分。更新。

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