泥埋め

 今宵は満月。地面に象る影は、切り絵のようにくっきりと表れている。


 時は深夜の刻。茶太郎は事件が発生した現場に作蔵を連れてきた。


「へっく、しょいっ」

 紅いランニングシャツに黄色の襷、紺の七分丈ズボン。足に黒足袋を被せて一本歯下駄を履く作蔵が嚔をする。


 真冬の真夜中は寒さが厳しくなるのにまともなのか。と、茶太郎は作蔵の身形を見て疑った。


「そんな目をするな。今から『吊られて取りつかれて』やる。どれ、しばらく黙っててくれ」

 作蔵は肩の関節を鳴らして、殺害された被疑者3名が荒らして破損させた跡形が残っている墳丘墓へと近付いていった。


 作蔵の身体が「ぼうっ」と、緑色に発光する。

 “蓋閉め”に亡者の魂が入り込んだ。所謂『取りつかれた』のだと、茶太郎はわかった。

 作蔵の体質が特殊だから成せることだろうだが、危険が伴っている。かなり前のことだが、被害者が何者かの手によって亡者の魂に取りつかれてしまった。容疑者として浮上したのは“呪塗り”という通力を持つ、能力保持者。特殊能力を持つ“人”も悪業を働けば“モノ”と扱われて《奉行所》が取り締まる対象になる。被害者に“影切り”を施して、回収した影から“呪塗り”に関する情報は刷り込まれてなく、証拠も一切発見さなかったのもあって、事案として成立しなかった。苦虫を噛み潰したようだと、今でも癪で堪らない事例だ。


 “呪塗り”は今何処。次に会ったら、必ずーー。


『タ、タスケテクレ……。イタクテ、アツイ。ギョロリトシタ、メダマ……。イヤダ、イヤダッ』


 茶太郎は聞こえる呻き声で「はっ」と、我に返る。


 作蔵は、怯えるような口調で喋るはしない。作蔵はもっとはっきりとした、勇猛果敢を表して喋る。


 作蔵の身体を使って、作蔵に取りついた亡者の魂が喋っている。今回の事案に於いて、重要な証言だと茶太郎は確信する。しかし、此方からの発言は“蓋閉め”から止められている。


「ああ、おまえをやったヤツなんだな。何か恨まれるようなことを仕出かしたのかよ」

『キクナ、キクナ。ソレヨリモ、アツイ、イタイ。ナントカ、シテクレ』


 “蓋閉め”の出方を待つしかない。歯痒いが見守ることしか出来ない。だが、万が一のことが考えられる。茶太郎は腰に着ける藍染めの麻袋に手を添えて、腹話術のように喋る作蔵を見据えていた。


「面倒臭い、それに身体がキツい。茶太郎、この阿保の言い分は十分に聞けただろうからちょうだい」


「御意」

 茶太郎は腰に着ける藍染めの麻袋を手掴みする。すると、地面から漆黒の象りが「むくり」と、剥がれる。


 ーー収、影魂……。


 象りは“影切り”の通力を発動させる茶太郎の詠唱で、はっきりとした象を宙に表す。そして「しゅるり」と丈を伸ばして作蔵の身体に入り込む。すると、茶太郎は象の端を掴んで「ぐっ」と、後方へと引く。


 茶太郎は作蔵に“影切り”を施した。


 作蔵は亡者の魂を自身の影に取り込むをしたのだと。

 作蔵の身が最悪に晒される前に“影切り”で亡者の魂を切り離す。想定をしていたが、作蔵自ら促してくれた。


 茶太郎の影によって、作蔵の身体から影ごと亡者の魂が引き抜かれる。ぼあっと、気味悪く緑色で発光して、どろりとした塊を、茶太郎は作蔵から取り出した。


「がはっ」と、作蔵が咳き込んだ。


 “影切り”を施された反動がきたのだ。体力が充実していれば問題ないが、作蔵が亡者の魂を取りつかせたことが原因だ。それにしても、べとべとしていて気持ち悪い。泥沼に手を突っ込ませているような感触だ。


 茶太郎は回収した“塊”を、素手で触っていた。これが悪業を働いた亡者の魂なのかと、茶太郎は嫌々ながら触るをしていた。


「……。はやく、すてろ。ぶふえ、寒い」

 作蔵が唇を青くさせて、地面に屈んで身震いしていた。体力が消耗しているのもあるが、今頃になって極寒を自覚したようにも見えている。


「ああ、貴様の言う通りだ」


 茶太郎は掌にべとりと張り付く“塊”を、振り落とす。すると『アア。イヤダ、イヤダ』と、“塊”はずるずると、地面の上を這い始める。


 忌々しいと、茶太郎は踵を上げる。


「ほっとけ、何もするな」

 作蔵が、歯をがたがたと噛み合わせて茶太郎を促した。


 哀れなものだ。無念の死を遂げたのに“蓋閉め”に見放される魂は《花畑》に送られないのを意味している。悪業を働いた酬いであるのは解るが“蓋閉め”の理念がどれ程頑なのかを、はっきりと突きつけられたようなものだ。


「『燃やす』でも、か」

「ははっ、それは拷問だぜ。ヤツが死に際前に受けたことを、よく思い付くな」

「そうか。折角暖をとってやろうと思ったのだが、貴様が言うなら仕方がない」

「暖にもならねえよ。熱々の鍋焼うどんを食うならいいけどな」


 さらりと、催促しやがって。


 茶太郎は「ふっ」と、笑みを溢す。


「立てるか、作蔵」

「ちと、腰にきているが、なんとか……。いてっ」

「辛いだろうが、我慢しろ」

 茶太郎は作蔵の身体を支えて、事を終えた場所である丘陵から降りるを始める。


「茶太郎、ちょっと待て」

「どうした、作蔵」


「さっきの、嫌だが埋めてやれ」


 なるほど。盗っ人だけにそうと、引っ掻けた。


「土に埋まって、月を見上げとけ」


 作蔵に促された茶太郎は、地面を這っている“塊”に土を被せるーー。

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