3. 異世界召喚

「この世界には四つの種族が存在している。我々のような人族、亜人族、精霊族……そして、魔族だ」

 

 話の概要はこうであった。これまで四種族の力は拮抗しており、互いに過度な干渉をしなかったため、争いは生まれず、平和な日々が続いていた。だが、魔族の中で突出した力を持つ者が現れた事により、そのバランスが見事に崩れてしまったのだ。

 それが、魔王。魔を統べし者。天災に等しい存在。


「魔王の誕生が百年前。それから種族間の血で血を洗う争いが五十年続いた。危機感を抱いた魔族を除いた三種族が同盟を結んだりもしたのだが、それでも魔王を倒すには至らなかった。それほどまでに魔王は驚異的な力を持っていたのだ」


 『集』に勝る圧倒的な『個』。三種族と渡り合える魔王の力を推し量ることはできない。

 

「もはやこれまでか、と誰もが諦めていた。このまま魔族に支配され、虐げられる地獄の日々が始まってしまう、と。だが、そうはならなかった。なぜなら、異世界の勇者の持つ奇跡の力が魔王を打ち滅ぼしたのだ」

「……奇跡の力?」

「なんでも、異世界人はこの世界の住まう者に比べ、凄まじい強さを秘めている、と文献には書かれている」


 カイルの言葉に怪訝な表情を見せる一同。平和な国でのらりくらりの暮らしてきた自分達がこの世界の人達より強いと言われても、いまいち実感がわかない。


「ちょ、ちょっと待てよ! その魔王とかいうのは五十年前にやられたんだろ? だったら、どうして俺達が呼び出されたんだよ!?」


 脳のキャパシティの限界を超えつつも、何とかカイルの話を理解することのできた隆人が声を上げた。それを聞いた翔が「そんなことも分からないのか」と言わんばかりに、やれやれと首を左右に振る。

 

「そんなの簡単さ。その魔王とやらが復活したか、若しくは新たな魔王が出現したか……そんなところですよね? カイルさん」

「ふむ。概ねその認識で正しい」

「概ね?」


 カイルの言葉に翔が訝しげな表情を浮かべた。

 

「魔王の復活も、新たな魔王の出現も今のところは確認できてはいない。だが、こうして実際に異世界召喚する事ができたことこそ、魔王再来の何よりの証拠になると考えられる」

「というと?」

「異世界召喚というのは神の力を借りて行使する超魔法。つまり、それが出来たということは、何らかの災いに備えよ、という神からのお告げと同義なのだ」

「なるほど……」

 

 翔が口元に手を当て考え込むような表情を見せる。他の生徒達は一様に暗い表情をしていた。


「……ここ最近、魔族の動きが活発になっているという報告も上がっている。このまま魔王が生まれてしまえば、間違いなくアレクサンドリアは滅亡してしまうだろう。何としても諸君らの力を借りたいのだ。頼む。この世界のために、戦ってはくれないだろうか?」

「わたくしからもお願いいたします」


 深々と頭を下げるカイルとアイリス。そレを見た翔がため息を一つ吐くと、クラスメートの方に振り返り「どうする?」と問いかける。


「どうするって言われても、何が何やらさっぱりわからねぇよ。なぁ?」

「玄ちゃんの言う通り、判断するには材料が少なすぎるよな」


 肩をすくめる隆人に顔を向けられ、困ったように久我誠一が答える。


「でもさっ、あのおじさんの話じゃ俺達って特別な力を持ってんでしょ? それに前だって異世界人が魔王を倒してるし、結構いけたりするんじゃね?」

「今日会ったばかりの人の言葉を信じるなんて随分とお人好しね。生憎、私はそこまで素直じゃないわ。実際、特別な力なんて一切感じないしね」


 クラスのムードメーカーである一ノ瀬いちのせみなとが鬱々とした雰囲気を吹き飛ばそうと軽い発言をするが、冴島さえじま玲香れいかがバッサリと斬り捨てる。


「それに私達は学生だよ? 戦い方なんて全然わからないよ」

「その点は心配いらない。魔族の動きにもよるが、一年間はこの国で手厚く指導させていただく」


 不安げな表情を浮かべる北村穂乃果にカイルがはっきりと告げた。そうは言っても、と難色を示す穂乃果だがそれ以上言葉が続かず黙ってしまう。


「魔族となんか戦いたくないよ!」

「いやいや、こんな機会滅多に訪れねぇぞ?」

「私達も魔法とか使えたりするのかな?」

「でも、やっぱり怖いし……」


 思い思いに話し始めたクラスメート達。これではまとまるものもまとまらない、と翔が頭を抱える。そんな彼らを少し遠巻きに見ていた男子生徒がスッと手を挙げた。


「二点、確認したい事があるんだけど?」

「遠慮せずに言ってくれ」


 翔とはまた違った、それでいて負けず劣らずの美形。クラスでも発言をしてるところを滅多に見たことがない氷室ひむろなぎに全員の視線が集まる。


「一つ、望めば俺達は元の世界に帰れるのか。二つ、前に召喚された異世界人はどうなったのか」


 指を一本二本と立てながら凪は言った。シンプルかつ重要な質問。皆の視線が、今度はカイルに注がれる。


「確かにそこは気になるところであろうな。まず一つ目の質問だが……残念ながら君達を元の世界に帰すことはできない」

「…………は?」

 

 言葉の意味が理解できず、呆気にとられた表情を浮かべるクラスメート達。


「先ほども申した通り、異世界召喚は神の力を借りて行使するものなのだ。我々の都合で行うことができない。もっと言ってしまえば、この世界に君達を選んで呼んだのは、慈愛の神・アフロディーテ様という事になる」

「つまり、俺達が帰れるかどうかはアフロディーテ様次第ってこと?」

「そういう事になるな。そして、これは二つ目の質問の答えなのだが、魔王を討伐した異世界勇者の消息は不明だ。どの書物にも記されてはいない」

「……それは目的を達成した異世界人がアフロディーテ様の手によって元の世界に帰してもらえたって解釈でいい?」

「憶測の域をでないのが申し訳ないがな」


 凪の問いに表情を曇らせながらカイルが答えた。家に帰ることができない。その事実が生徒達の背中に重くのしかかる。

 これまでで最も長い沈黙。誰もが沈んだ表情を浮かべていた。それを悲痛の面持ちで見ていたアイリスが、意を決したように口を開く。


「……勇者様方の気持ちがわかる、なんておこがましいことは言いません。いきなり知らない世界に連れてこられ、右も左も分からない状態で、縁もゆかりもないこの国を救ってくれなどと、虫がいいにもほどがあるのは重々承知しております。ですが、もうわたくし達には勇者様方のお力添えをお願いする他に手がありません。もちろん、勇者様方に全てを任せるつもりなど、毛頭ありません。こちらも全力で魔族と戦うつもりです。なのでどうか、どうか共に戦ってはいただけないでしょうか?」


 力不足で申し訳ございません、と深々と頭を下げるアイリス。その立ち振る舞いからは痛いくらいに謝罪の意が伝わってきた。


「……ねぇ、みんな?」


 翔がゆっくりと前に出ていき、暗い表情ばかりのクラスメート達の方へと向き直る。


「結局のところ元の世界には帰れない。魔王を倒さなければね。ここで反抗して外に飛び出しても途方に暮れるだけさ。それよりも、この人達と協力して元の世界の帰り方を探す方が得策じゃないかな? 衣食住の面倒は見てくれるんですよね?」

「も、もちろんです! 勇者様方には何一つ不自由のない生活を送っていただくつもりです!」

「なら、当面の間はこの城に厄介になって、落ち着いたところでまたどうするか考えればいいんじゃないかな? その間は一応魔族との戦いに向けて鍛えてもらうって感じで」

「ほ、本当ですか!?」

「自衛の手段は欲しいですからね。それに……」


 少し溜めを作った翔が必殺のスマイルをアイリスに向けて放った。


「こんなにも美しい女王様が困っていらっしゃるのに、それを助けないなんて、男としてどうかと思いますので」

「……!! ありがとうございます!!」


 アイリスが目に涙を浮かべながら極上の笑顔を翔達に向ける。必殺のスマイルが効いていないどころか、むしろやり返されて顔を紅潮させる翔。いや、翔だけではない。男子達が軒並み鼻の下を伸ばしていた。

 そんな連中を女性陣が冷ややかな目で見ており、それに気が付いた男子達が慌てて咳ばらいをすると、「し、しょうがねぇな」、「いっちょこの国、救ってやるか」などと調子のいいことを言い出した。


「男子は満場一致でこの国のために動くってことで話がまとまったけど、女子はどうかな、会長?」


 これまで一言も言葉を発しなかった桐ケ谷澪に対して翔が尋ねる。話を振られても無言を貫く彼女の顔を、親友である穂乃果が心配そうにのぞき込んだ。


「……澪?」

「……正直、何もかもが唐突に起こりすぎていて脳が追いついていかないわ。ただ、話を聞く限り戦わなければ日本に帰れないということなら、戦うしかないでしょうね。でも、これは強制的にやらせるべきではないと思う」


 そう言うと澪は真剣な表情でカイルを見る。


「約束してください。戦いたくない人がいれば、その意思を尊重すること。そして、その人を見捨てないこと。『戦うつもりがないのならここから出ていけ』というのは、結局無理強いさせているのと同じだから。この条件を呑んでくれるのであれば、私達はあなた方に協力いたします」


 澪の言葉に女性陣が小さく頷いて賛同した。


「もちろん、戦いを望まない者はこちらで手厚く保護させていただく。こちらの都合でこの世界に来てしまったのだ、それくらいはさせてもらう」


 カイルの言葉を聞いた澪がホッと安堵の息を漏らした。そして、今度はアイリスへとその凛とした表情を向ける。


「私達の目的のため、そしてこの国のために、できる限り私達は協力します。だから、私達に戦う術を、勝利の仕方を教えてください」


 澪が毅然とした態度で頭を下げた。それに倣うように、生徒達も頭を下げる。


「……こちらこそ、無理なお願いに最高の形で答えていただき感謝に堪えない次第です」

「精一杯諸君らを支えていくつもりなので、こちらこそよろしく頼む」


 あいりすとカイルが互いに顔を見合わせ、満足そうに笑顔を浮かべた。


 魔族との、そして魔王との戦い。それがどのようなものになるのか。


 今日この時、異世界から呼ばれた二十人の勇者はアレクサンドリア王国を救うべく、剣をとることを決めたのだった。

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