第6話 騎士バト


(突然行ったら驚かれるかな……)

クッキーを入れた紙袋を大事に抱え、ハナはこの日、

リコさん達ギルドのある、南地区へと向かっていた。


まだ一度しか行ったことのない場所、

しかし、ハナの記憶ははっきりしていた。

というよりも、お気に入りの湖畔の近くなのだから、

そうは迷わない。


リコ達ギルドハウスには看板などは無かった。

(そういえばギルドの名前、聞いてなかったなぁ~)

などと考えつつ、ハナはほぼ迷わずギルドハウスに着いていた。


決して立派とは言い難い建物、

木造で古く、窓には割れた後を補修した紙などが貼られている。


コンコンっと軽快にノックするハナ。

軽い音がするのも古い木造のドアならではである。


「はーい!」

元気な声で返事が返ってきた。

これは、リコさんだ!

ハナはその声だけで自然と顔は赤らみ、ほころんでいた。


ギギィ……と心配になるような音で、ドアが開く、

「……ハナちゃん?!」

リコさんは突然の来訪で、期待通りビックリしているようだ。

「えへへ、来ちゃいました。この間のお礼もキチンとしたかったし」

照れながら挨拶する。


「とりあえず入って、そこの椅子、空いてるから」

ギルドハウスに入るとすぐ幾つかのテーブルがあり、

そこに座るよう促された。


ハナは座る前に紙袋をテーブルに置き、

「これ、お礼にクッキー焼いてきたんです、皆さんでどうぞ」

袋の口を開けながら言うと、

『クッキー?!』

どこからともなく甲高く歓喜に満ちた声が聞こえる。

間違いない、サエさんだ!


ものすごいダッシュの足音が木造建築に響き渡る。

(床、抜けないかな、大丈夫かな……)

本当に心配になってしまう程の古い建物なのだ。


「ハナちゃん!こんにちわ!やったークッキーだぁー」

興奮したサエさんは、いつも以上にキーが高い。


「あ、今日はバトも居るのよ」

と、リコさん。

(やっと会えるんだ)

命を救ってくれた騎士さんに。

『ダイ~、バト~、お茶にしましょー!』

2階に向かって大声で呼びかけるリコさん。


すると、硬い装備をしているのだろうか、

サエさんとは違い、重い足音が二つ、ゆっくりと降りてくる……


「おぅ、ハナちゃんだったね。元気そうで何よりだ」

先に降りてきたのはダイさんだった。

前回紹介されてるので、覚えているけど、

この人はとにかく、冒険者の男性!って感じなのだ。

屈強で傷だらけの体、長身で強面の顔付きと、日に焼けた肌、少し太い眉。

まさに絵にかいたような戦士様。


すぐ後ろから現れたのは、凛々しい顔立ちの青年。

(この人がバトさん?)

思わず2度見してしまうほどの美形で、背も高い。

ちょっと冷たそうな鋭い目つき。


「皆座ってー、ハナちゃんのクッキーで休憩にしましょ!」

リコさんが人数分のコップを出しながら声をかける。


「俺はこっちでいい」

と、少し離れたテーブルに座るバト。


(気難しい人なのかな……)

チラっと目をやるが、目は合わせれなかった。


リコとサエがお茶の用意をし、全員が席に座るとお茶会が始まった。

「もう体のほうは大丈夫?」

「訓練学校行ってるんだぁ、偉いね~」

など、和やかに会話が弾む。


「そういえばハナちゃんは西区に住んでたんだっけ?」

と、おもむろにダイが問いかけた。


「あ、はい!自己紹介をちゃんとしてませんでしたね、

ハナ・ネーデルハイドです。西区でお婆ちゃんと住んでます」

すっと立ち上がり、軽い会釈と共に、改めて挨拶をするハナ。


しかし、名乗った途端、サエ・ダイ・バトの三人の顔が凍り付く。

「な……っ!」

ダイが言葉を詰まらせているようだ。


???

ハナは何が起こっているのか理解できない。

ふいにリコさんに目をやると、

ちょっと気まずそうな顔をしている。


「リコ、お前、知ってたな?」

ダイがちょっと怒ったような、太い声でリコに詰め寄る。


「え、えぇ……住所と名前をあの時に聞いてたから……」

リコがとても困った顔をしている。


(一体、なにがどうしたの???)


ガタン!

急にバトが立ち上がり、ハナに近づいてきた。


「?……バト……さん?」

先ほど以上に鋭く怖い顔でハナを見ている。


「お前、ハナ・ネーデルハイドと言ったな……」

「あ、はい!その、先日は助けていただき……」

タイミングは最悪だけど、せめてお礼をと切り出したハナ……

が、バトはハナの言葉を食い気味に続けた。

「冒険者を目指してる……だと?」

冷たいまなざしがハナに突き刺さる。

「は、はい……」

(ひぃ!なにこれ、怖い!)


「ちょっとバト……」

サエが制止しようとしたが……


「急なこととはいえ、魔物を前に足がすくみヘタリこんだお前がか?」

(ひぇ~返す言葉もない……)


「ハナちゃん……」

リコさんが驚き、心配そうにこちらを見ている。


知らぬ間にアタシは涙を流していた。

理由は分からないけど、この間のことが情けなかったのか、

ただただこの人が怖いのか……


「泣き虫だな……死ぬ覚悟も無さそうだ……」

バトがため息交じりに呟いた。

切り捨てられるような言い方だった。


この時、確かにハナは思った。


違う……


違うっ!!


「アタシ、生きる覚悟しかありません!!」

大粒の涙を流し、バトに真っ向から反論した。

短かったが、二人は目と目をしっかりと合わせ、お互いに睨みあった。


『バト!いい加減にしなさい!!』

リコさんがついに怒った。

「……言い過ぎた……」

そう言ってバトは、そのまま2階に上がっていってしまった……


静まり返るギルドハウス……


「あ……アタシ……」

気が動転して居てもたってもいられず、ハナはその場から逃げ出した。


「ハナちゃん!! サエ、せめて家までお願い!」

「うん!」

サエが持ち前の身軽さですぐにハナを追いかけた。

リコは走り去るハナをただ心配そうに見ていた……


いつの間にか、サエはハナに追いつき、静かに一緒に歩いてくれていた。

「サエさん……ごめんなさい、大丈夫ですから……」

「ううん、送るよ……」


何が起こったのかはハナには理解できなかった。

しかし、名乗った直後だということ、

「知ってたな?」と意味深なダイの言葉……


なにより、リコさんのあの悲しそうな顔の真相って……


次、どんな顔して会えばいいんだろう……

もう、会わないほうがいいのかな……


いつしか、王都の空はハナの心のように曇天となっていた……



続く。

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