第20話 距離感

早川君!


なんと、よりによって美鈴と一緒に居る時に声をかけてくるなんて。

私は思わず背中を丸めてしまう。



「あれ~、早川君もイメチェン?

どうしたの? 髪を結んだりして」


遥ちゃんが目ざとくイケメンバージョンの早川君に気づく。だが、まるで私が服装を変えたのに呼応したみたいではないか。今度は背中に汗が流れるのを感じた。


「あ、いや、流石に髪が伸びすぎて邪魔になっちゃって」


「ふ~~ん、でも、そっちの方が似合ってるよ、早川君ってちゃんとするとイケメンなんだね。

ちゃんと散髪すれば、もっとカッコよくなると思うよ。

前髪も、そんな垂らしてたら台無しだよ」


美鈴は立ち上がると手を伸ばして早川君の結びきれなくて垂れている前髪を引っ張った。

私なら背伸びしないと届きそうにないのに、ひょいと手を伸ばしただけで届いてしまう。あらためて見る二人は長身同士でお似合いだと思った。


手を伸ばして届く距離……。私と美鈴には決定的に早川君との距離が違う。

二人の関係性を目の当たりにしてまた、ズキンと胸が痛んだ。



「あ、ゴメン。カノンに用があるんでしょ?

ワタシたちがいても平気?」


「平気です!」

思わず大きな声が出てしまい、その場にいた三人が一様に驚いた表情を見せる。


「ど、どうしたの~、カノンちゃん。急に大声出して」


大声も出したくなる。美鈴の前で意味深に私と二人きりで話したいなんて、怪しまれるに決まっている。


早川君も早川君だ。美鈴に誤解されるような事を迂闊すぎる。「これだから恋愛未経験者は」と思ったが自分も恋愛未経験者だと気付く。


「あ、ゴメンね。ここじゃ話辛かったね、あらためるよ」


「う、うん……」


早川君に申し訳なくて顔を上げられない。彼が小説についてアドバイスをくれようとしているのは分かったいるけど、この状況で彼と親しくする訳にはいかない。


立ち去っていこうとする早川君だったが、なんと、それを美鈴が追いかける。


「あ、早川君。ちょっと待って」


「え?」


「ちょうど良かった。あ、カノンも聞いて。

今度のサークルの親睦会さ、二年生が幹事なのよ。それで下見に行きたいんだけど、一緒にどうかな?」


文芸サークルは、人が集まらなくても勝手に活動できるのでサークルのメンバーが集まるのは親睦会くらいだ。

その親睦会ですら、年に三回しか開かれない。


メンバーの殆どが基本的に大勢でワイワイと騒ぐ事を好まない。そのため今のような運営方針に固まっているのだ。



「親睦会……、やるんだ……」


正直、お金が無駄にかかってしまうので参加はしたくないところだが、サークルに属している以上、数少ない活動まで欠席するのは気が引けてしまう。



「やだ、掲示板見てないでしょ、カノン」


「そう言えば、最近は見てなかったかな」


「僕も見てなかった」


文芸サークルの連絡は、基本的に専用の掲示板で行うようにしてある。

個人的に連絡先の交換は可能だが、サークルとしてのグループメッセージは用意していない。


なんでも、トラブルの元になるから、というのだが私にはどんなトラブルなのか分からない。

それよりも、これは早川君にとってチャンスなのだは? と思ってしまう。

親睦会の下見にはお金がかかるし、それを理由に私はパスできる。そうなれば、二人きりでデートができるではないか。



「あの……、わたしは、お金ないからパス……かな。ゴメン、二人で行ってきて」


「そうだよね……、でも、大丈夫!

下見にはサークルの運営費を使って良い事になってるのよ。

だから、タダ酒が飲めるってわけ!」


四月生まれの美鈴はもう二十歳なのでお酒が飲める。

それにしても、これは神様の嫌がらせなのだろうかと思ってしまう。


早川君が美鈴と仲良くなれるチャンスなのに、そこにわざわざ邪魔者の私を混じらせるなんて。しかも私は今、早川君の事が気になっている。

早川君の恋を応援したい気持ちと、モヤモヤした気持ちが同居している、何とも不安定な状態なのだ。


その状態で、目の前で二人が仲良くなる過程を見せつけられる訳だ。



神様の嫌がらせと思ったが、これは虐めではないのか?



「神様のイジワル……」


「え? 何?

何か言った?」


声に出したつもりは無かったが、口から洩れてしまったのだろうか、美鈴が怪訝な表情を見せる。


「あ、ううん。

お酒って、どんな味かな? なんて思って 笑」


「まあ、ワタシもやっと飲めるようになった訳だから偉そうに言えないけど、なんていうかオトナになった気分になれるね。

それに、気持ちが高揚していく感じが好き……かな

カノンも早川君も早く飲めるようになると楽しいんだけどね」


「わたしも、あともう少しかな~

あ、早川君はまだ半年ほど先ね」

と言ってしまって「しまった!」と背中が丸くなる。


「あれ? カノン、早川君の誕生日を知ってるの?」



「う、うん。 去年の親睦会の時に確か誕生日がもう直ぐだとか言ってたから」

今度は腋の下に汗が流れる。

早川君の方をチラリと見ると苦笑いしていた。


よりによって、美鈴の前で親しさをアピールするような発言をしてしまい、『やらかさない』の誓いは早くも瓦解した事を悟る。



「ねえ、ミリンちゃん。わたしは? わたしは誘ってくれないの?」

私たちの会話に一人取り残されていた遥ちゃんが割って入る。


「う~ん、ハルカはサークル員じゃないし、自腹なら良いけど」


「ケチ! 貧しい人は美しいんじゃないの⁉」


「こら! どさくさに紛れて貧乳をディするな!」


「良いもん。わたしはカレシと出かけるから、三人でいってらっしゃ~い」

遥ちゃんは彼氏とラブラブだと聞いている。実際に私は会った事ないのだが……。

しかし、今の二人の会話を聞いていて私は神様のイジワルから逃げ出すことを思いついた。



「そうだ! じゃあ、わたしの代わりに遥ちゃんが行けば?」


「カノンはまた、そうやって直ぐに自分が引き下がるんだから。

だめだよ、そんなんじゃ好きな男の子ができた時も簡単に諦めて、自分だけ損する事になりかねないよ」


「う、うん……」


結局、反論もできず今週の金曜日に懇親会の下見に行くことが決まってしまう。

神様に嫌がらせを受けるなんて、全人類で私だけなのではないかと嘆いた。


カミハラ……。



誰を訴えればよいのだろう?






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