ハロウィンの夜に

しらす

不思議なランタンと、ある噂

 夕夏ゆうかの通う高校には、伝統的にちょっと変わった行事が一つある。

 それが十月の終わりに必ず行われる、ハロウィンの仮装パーティーだ。

 普通の高校では文化祭として行われる行事とほぼ同じで、各クラスや部活動、委員会などで催し物や出店が開かれる。


 けれど一つ大きく違うのは、全員が仮装をする、という決まりがある事だ。


 当然のように毎年、学年が上がるにつれて衣装は凝ってくるし、飾りつけも派手になっていく。

 1年の時は白い布で、よくあるお化けの格好でお茶を濁した夕夏も、3年の今年は紫とオレンジの布で魔女の衣装を作っている。

 部屋の飾りつけとして用意するカボチャランタンは、腐らないように紙の張り子で作る決まりだけれど、その顔の作りは学年が上がるごとに凝って、つまりは怖くなっていく。


 だから道に落ちていたそれを初めて見た時、夕夏はてっきり1年生の落とし物だと思ったのだ。



 ハロウィンである10月31日の一週間前、少し風の強い夕方の事だった。

 毎年一人一個ずつ作るランタンが、今年は慣れもあって早くに完成したので、その日の放課後、夕夏はカーテンを閉め切ると、ケミホタルを入れて発光させてみた。


 このランタンは油粘土で型を作り、千切った半紙を何層にも重ねて貼って作る。

 と説明するだけなら簡単だけれど、慣れていないとカボチャの形がそれらしくならないし、薄い所や穴が開いている場所があったりして、光らせると提灯ちょうちんのようになってしまう。


 けれど今年の出来栄えはとても良かった。ヘタの部分も綺麗に処理できていて、ちゃんと穴を開けた目と口から光が漏れて、顔らしく見えている。

「うん、上出来、上出来!」

 教室にはもう誰も居なかったので、夕夏は一人でうんうん頷くと、ランタンをロッカーに仕舞って家路についた。



 しかしそのぶん遅くなったせいか、帰り道は思った以上に真っ暗だった。街灯の少ない田舎道は、場所によっては自転車のライトだけが頼りだ。

 慣れているとは言え、さっきまでの明るさと正反対のその道は、ちょっと心細い感じがしてしまう。


 ペダルを漕ぐ夕夏の足には自然と力が籠った。無意識にスピードを上げ、家へと急ぐ。

 ところが、最後の曲がり道を回った所で、不意にライトに照らされた視界の先に、光る顔のようなものが飛び込んで来た。

「ひゃっ!」

 慌てて夕夏がブレーキを踏むと、その顔を踏む直前で自転車は止まった。



「何なのよ……こんなところに。落とし物?」

 拾い上げてみると、それはオレンジ色のカボチャに、目と口をくり抜いたランタンだった。


 ただ、その顔はよくあるハロウィンのランタンのそれとは全然違っていた。

 目は真ん丸だし、口は大きく横に開いているけれど、牙もなにもなく、にっこり笑っているようにしか見えない顔なのだ。

 妙に愛嬌のある顔で、怖さはさっぱりなくて、むしろとても可愛らしい。


 夕夏は咄嗟に、うちの学校の誰かの落とし物かと思った。けれど持ち上げたランタンは重く、紙の張り子ではなく本物のカボチャのようだ。

 なら誰かの悪戯か、とも思うけれど、ハロウィンの悪戯目的にしては、まだ当日まで一週間もある。

 夕夏の高校のようにイベントでもあるならともかく、今から生のカボチャを彫って、灯りまで入れて歩道の真ん中に置いておくなんて、悪戯にしてもちょっと気が早すぎる。


 一体誰がこんな事をしたんだろう、と思いながらも、妙に愛らしいその顔に、夕夏は腹を立てるより心配になった。

 誰かに踏まれては可哀想なので、近くの空き地にそのランタンを運んで、そっと下ろす。


 その時ランタンが、一瞬ピカっと光った。中に入っている灯りが何なのか分からないけれど、光が揺らめくのならロウソクか何かなのだろう。

 愛嬌のある顔のせいか、それが夕夏には感謝しているように見えて、思わずふふっと笑った。

 それからふと思い付いて、いつも持ち歩いているチョコレートを一つ、そのカボチャの口にころんと放り込んでやった。


「また明日ね」

 その空き地は、夕夏が通学時にいつも通る道の脇にある。誰も使っていない草ぼうぼうの空き地だし、他に動かす人がいなければ、またこのランタンを見ることになるだろう。


 しばらくは学校の行き帰りがちょっと楽しみだ。

 そう思って夕夏がランタンに手を振ると、ランタンの光は返事をするようにゆらゆらと揺らめいた。




 翌日の朝に同じ空き地の横を通った時には、ランタンはまだそこにあったけれど、光は消えている様子だった。

 中はやっぱりロウソクだったのかな、と思いながら横を通り過ぎ、いつものように登校する。


 夕夏が教室に入ると、親友の亜希あきがやって来て、出来上がったランタンを見せてほしいと言われた。

「ちょっと気になる事があるの。ねぇ、あのランタン、もう灯りは入れた?」

「灯り?昨日ケミホタルなら入れてみたけど、それがどうかしたの?」」

 妙に切実な顔をした親友の顔が気になってわけを訊くと、亜希は少し口籠ってから、青い顔をして口を開いた。


「あのね、私も昨日初めて聞いた話なんだけど、毎年このランタンに、最初に灯りを入れた人は、必ず行方不明になるって言われてるんだって。夕夏、今年はすごく早く作ってたから心配になって……」

「それは……どうなのかな。確かに今年は急いで作ったし、昨日光らせちゃったけど。でも、そういうのって七不思議みたいなのじゃないの?」


 いささか突飛とっぴな話に、夕夏は首を傾げた。小学生でもあるまいに、こんな話を信じて本当に心配そうな顔をする亜希が不思議だった。

 けれどそう言っても、亜希の顔色は晴れない。妙に真剣な顔をして、夕夏の目を見ると、思い切ったように口を開いた。


「私も最初に聞いた時はそう思ったの。でもうちのお姉ちゃんが昨日話してくれてね。お姉ちゃんは去年この高校を卒業したんだけど、実は同級生がハロウィンのパーティーの日に行方不明になってるんだって」

「その人が、その年最初にランタンに灯りを入れた人だったの?」

「うん、そう。すごく早かったから、他のクラスからも見に来た人がいたくらいで、確実だったって」

「そうなんだ……」


 だからと言って、それを行方不明と結びつけるのはちょっと変だ、という気もするけれど、亜希が言うには毎年の事だとして噂になっているらしい。

 詳しくは分からないけれど、行方不明になった人たちは、その理由が思い付かない人ようなたちで、その全員が最初にランタンに灯りを入れた人だった、という事なんだろうか。


 けれどそれはあくまで噂だし、もし夕夏が今年最初に灯りを入れたその人、という事なんだとしても、ではどうすればいいのか、という事は全く分からない。

 なにしろ行方不明になっている、という話だけで、どこに行ってしまったのか、どうすれば防げるのか、と言う話は何も無いらしいのだ。


「よく分からないけれど、夜道には気を付けるよ。昨日はうっかりしてて遅くなったし、もう少し早めに帰るようにするわ」

「うん……。気を付けてね、夕夏」

 亜希はそれでもまだ心配そうな顔をしていたので、夕夏は笑って彼女の背中を叩いた。

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