第9話『基本のき』

オーバールックに転職してからもうどれくらい経つだろうか?

なんだかんだでお客様が来ないうちに1週間くらい日々が流れていっている……

と言っても毎日のサリーちゃんの毛繕いはしている。俺のテクニックにハマってしまったようで内心とても嬉しい♪


「ロメロちゃん!お客さんは毎月どのくらいいらっしゃるのかな?!」


「う~んとね♪お客様はそんなに沢山来ないよ♪たまにいらっしゃいます♪」


そうなのか!売り上げ売り上げってら散々言われてきた俺からするとこの状況はなかなかに不安が否めない…

青野さんに連絡するのもちょっと違う気がするし……


「アンドウさん。本日はご予約入ってますよ。」


「本当ですか!!やっとお役に立てますね!!どんな方がわかりますか?」


「そうですねぇ。小柄で色白の和柄の似合う可愛らしい方ですよ。」


「何時ごろになるのかなぁ?いまだに美容師らしいことはしてないから楽しみですね!」


チャリンチャリン


「こんばんはー」


「マっちゃん♪いらっしゃーい♪」


勝手に扉が開いたように見えたのだが、ロメロちゃんにはお客様が見えているようだ……

えっ?怖い……


「すみません……松が小さいばかりに……」


ん?下の方からする声の方に目をやるととても見覚えのあるお人形さんがいた


「こんばんは!ようこそいらっしゃいました!あわわ……」


「こちらは市野松さまです。世の中では髪がのびる呪いの市松人形と呼ばれている方も多いですね。」


「マッちゃんはね♪髪が伸びるのがすごーく早いんだよ♪いつもはエマが髪の毛切ってあげてたんだけど前髪ガタガタになっちゃうから、ジョージがマッちゃんをもっと可愛くしてあげてね♪」


「松の髪をよろしくお願いします。ジョージさん。」


松さんはたしかに市松人形では見たこともないくらい髪が長い……もうすでに引きずってしまっている……どのくらい切ってないのだろうか……


「松さんはどういったイメージにしたいとかありますか?可愛い感じとか、クールな感じとか?」


「松は今まで髪型を変えたことはないんです……松は生まれた頃の髪型に戻りたいです!」


「かしこまりました!!市松人形のヘアースタイルはワンレンボブ!!松さんのヘアースタイルはまさに美容師の基本中の基本です!!メチャクチャ練習しましたからね!!安心して僕にお任せください!!」


チョキチョキ


「凄くサラサラの髪ですね♪ブローしなくてもまとまりそうです!」


「そうかしら?」


「そしたらシャンプーさせていただきますね!」


モショモショモショ


「力加減大丈夫ですかー?」


「極楽です……」


「それではヘアオイルをつけて乾かしていきますね!!」


「はい!」


ブオォーーーー


「はい!どうですか!!!」


サラサラキラキラー♪

松さんの青光りするような漆黒の艶髪が一段とワンレンボブを引き立てている


「おぉーーーー!!」一同


「今までで1番素敵な髪型だわ!松は感動しております!!あの頃が蘇ってきます!!」


「これは持ち主の方もビックリされますわね。」


「ジョージは天才だね♪」


松さんがこんなにも喜んでくれている。美容師にとってお客様の笑顔が何よりの幸せだ……

オーナーから言われていたからといってあの頃売り上げばかりに目を向けていた自分が恥ずかしい……


「ジョージさん!また素敵にしてくださいね!」


「はい!お任せください!」


松さんはルンルンと帰っていった


「というかあれだけバッサリ切ったら持ち主の方はびっくりするんじゃないですか?」


「松様の持ち主はとてものんびりなおばあ様なのであまり気にしてないみたいですよ。お孫さんが来るタイミングで松様は髪を切りに来てくれてるんです。」


「なるほど。」


「ジョージ♪美容師さんってすごいね♪マッちゃんが凄く嬉しそうだったよ♪エマが切ってた時はいつも悲しげだったから(笑)」


「それは言わないでください……」


お化生のお客様ってどんな方が来るかと思ってヒヤヒヤしてたけど、なんか自信ついてきた!!これからも頑張るぞ!!


こうして初めて美容師らしいことをしたジョージであった。










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