第8話 浴室の魔法少女

 失禁している少女を放置する訳にもいかずにどうしたものかと腕組みをして息を吐いた。


「とりあえずおうちに連絡しようか」

 俺は威圧しないように彼女に言った。

「いや!おじい様と一緒に向こうの世界に行く、私がいるべき場所はアルハジーク王国、14歳までに宮廷魔道学校に入るためなの、お願いだから今夜はおじい様の所に居させて!」

 

 アルハジーク王国?

 さっぱり意味が分からない俺は、潤んだ瞳で懇願する少女の扱いについてどうしたものかと困惑している。

 失禁した少女の尿臭もどうにかしないと、そう思うのは介護職員のサガなのかもしれない。

 とりあえず少女にシャワーを使うように促した。幸いここは浴室で洗濯室もある。

「着替えはあるのか?」

 少女は大きなリックから替えの下着とジーンズを出した。

「まずはシャワーを浴びて着替えてくれるか。それから話そう」

 利用者様用のバスタオルを渡してシャワーの使い方を説明しているとPHSの呼び出し音が鳴った。

「悪いが仕事だ。着替えたら汚れ物を洗濯してね、そのあとでどうするか考えよう」

「家には連絡しないでね」

 孫娘は俯いたまま小さな声で言った。

「わかった約束する。このことはまだ報告しない、話の後で考える」

 少女の尿で汚れた床に利用者用の尿取りパットを敷き詰めながらそう言うと孫娘はほっとしたような顔でうなずいた。


 コール対応に追われ一時間が過ぎた。

 次の排泄介助まで落ち着いた時間になる。

 ジン老師も今夜は眠ってしまったのか?妙におとなしい。

 本来ならここで記録を始めなければ明日の朝は眠気と戦いながら確実に残業となるが仕方がない、俺は小暮君を一人ステーションに残して浴室の準備をしてくると言い1階浴室に戻った。

 シャワーを浴びてすっかりと整った孫娘はコンビニのサンドウィッチを食べていた。

 先ほどの懇願して潤んだ瞳は消え去りお嬢様スマイルを浮かべて戻ってきた俺を見た。

「私は帰らないわよ」

 開口一番強気な口調だ。

 これを論破して黙らせるのもありだが意地になられて騒ぎ出しても困る。

「一応聞くが、家の人には何と言って出てきたのかな?」

「今日はお父さんは中国に出張中、お母さんには友達のところでお勉強と言っているよ、もちろん私は信用されているから問題ない」

 やけに自信ありげに宣う。

「悪いがその嘘に加担することはできない、ここは老人ホームで子供の遊び場じゃないんだ。もしここにいると言うならちゃんと家に連絡してから宿泊届を書いてもらわないと泊めるわけにはいかない、ちなみに家族の宿泊は有料だ」

「そんな、おじい様の所に居たいだけなのに、ひどい」

「ひどくない、ここでのルールに従ってもらわなければ警察に通報する」

 そう言うと豹変した表情で睨むように視線を俺に向けるた。

「あっそう、じゃあ通報でもなんでもすればいいよ、ただしその時はあなたにイタズラされたと言ってあげる。あんたの一生は終ね、ザマミロ」

 そんな事で大人が折れると本当に信じているのだろうか、弱い立場の少女が大人と対等に渡り合おうとする常套手段で今さらな感じがする。

 30年前ならその手もありだが、この時代ではスマホに危険情報証拠アプリを入れておけば、こんな場面は自動録音だ。

 そんな事実を告げると孫娘はうなだれて土下座した。

「本当にお願いします。私は行かなくちゃいけないの、何度も夢に見るわ、あの光景、あの子が私を呼んでいるの、助けを求めている。絶対に助ける。そして魔道学校にも入る」

「なあ、本当に向こう側の世界があると思っているのか?」

 お子様すぎる孫娘には申し訳ないが、俺はかわいそうな人を見る顔をしていたのだと思う。

「必ずある、おじい様が嘘をつくはずないわ、魔法だって使えるの!私は魔法少女なの!」

 魔法を使える?魔法少女……って……

 かわいそう度のレベルが上がった。

 いっちゃってるな〜と思いつつじゃあ見せてみろと、意地の悪い言い方をしてみる。

 実際に魔法なんてものを使えるとしたらこの世界では危険なだけだ、むしろ異世界行きを強く勧めてやらねばなるまいと思いながらお手並み拝見だ。

「あなた信じてないでしょ!見てなさい驚かせてあげるわ」

 そう言うと目を閉じてからおもむろに両手を前に出して掌の間で三角形を作ると俺に向けて

ブツブツとつぶやき出した。

「ハッ!」と最後に気合らしいものを投げつけてきた。

「どう?凄いでしょ」

 なぜかそれだけの事で息が荒くなっている少女を訝しく見る。

「スマン、何かしたのか?」

 拍子抜けどころか何のパフォーマンスも見れずにムダに数秒を使った。 

「えっ、何にも変化なし?」

「ないけど」

 少女の表情がこわばってこの空気のやり場のなさに戸惑いが滲んでいる。

「おかしい、何か変化あるでしょ!こう、パワーが湧いてくるとか、疲れが消えるとか……」

 首を縦に振るほどの変化に心当たりがなかった。

「私は強化魔法や癒しの魔法が得意なの、クラスの男子だってこの強化魔法で100m走1位を取ったのよ!」

 その場の空気がシラケたままどうする事も出来ないでいる。

「それ偶然というか、男子が好きな女子にいいとこ見せようと頑張ったたまものじゃ……」

 今にも爆発しそうな孫娘を落ち着かせようと話を戻した。

「まあ、その癒しの魔法は信じるからとにかく落ち着こうか、ここに泊まるとして家にはちゃんと連絡しないと、今日は夜も遅いし俺も説得するから」

 子供だましと言うか一晩過ごせば納得してあきらめもつくだろうと安易な考えで孫娘を納得させた。

 洗濯機が魔法少女の汚れ物を洗い回している音を残して2階のステーションに向かった。












 
















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