コロニーで生きる者たちへ

犬歯

第一話 劇場型

序章

 誰もが必要とされているわけではないのだ。それでも生まれた時点で誰にもその生を奪う権利はない。これを人は情けという。


 人は誰もが誰かに愛されているなんてことはテレパシーが実現しない限り分からないし、わかったとてその本心を人がどう受け取るかもその人次第である。僕は、誰かに愛されるというのは美しく、素晴らしいと思うのだが、どこかおぞましく、妬ましい何かを拭いきることができない。いやこれこそ人のエゴというのだろうか。

 そんな僕ではあるがこのほぼ半生(人間は20歳の時点で人生の体感時間の半分を消費するというのをどこかできいたことがあるので、半生と述べているのだが)大した人生を送ったわけではなく、いわゆる普通の人生?というものを送ってきたただの人間でしかない。生活に困るわけでもなければ、対して優秀でもない。何かに裏切られたこともない。だからこそ頼れる人物、僕から見て愛すべき人物というのは当然存在するものだ。


 僕は誰に話すわけでもなく、いつものようにそんな考えをしている最中であったが、突然目の前が暗くなったと思うと、僕の前を遮断する、まるで大きな壁?というのは語弊ごへいがあるだろうがまさに大きな壁、いや柱というべきなのかも知れない人物が目の前で立ち尽くしていた。僕にはだいたい誰かは予想がついていた。


「おい。何突っ立てるんだよ。通れないじゃん。それにお前が立ってちゃ僕は先に何があるかすらわからないよ。」


「お、薙じゃないか。いやはや教室に忘れ物をちとしたんだが、さほど重要なものでもないのでね、部室に行く前に取りに戻るかを思案していたんだよ。」


 全く。そういうことなのか。なんともはた迷惑なやつだな、こんな廊下のど真ん中でそんなことをするなんて。しかし彼らしいと言えば彼らしい。


「桃原、廊下の真ん中ではやめてよ。いくらこの廊下は人気ないからってこんな狭い廊下の真ん中で、君みたいなデカイ奴が突っ立ってたら周りの人間は皆困っちゃうって。それが貴重なお客ならどうだい?僕らの評判にも傷がついちゃうだろ??」


「それもそうだな。薙も来た事だし、教室に行くのは諦める。そして今度からは廊下では立ち止まらないことを意識することにする。」


「それがいい」


そうして僕たち二人は北舎4Fの旧生徒会室に向かった。


 教室ではよく見知った人物が、まるで部屋を国に見立て、さながら君主のような立ち振る舞いを見せていた。それはまるで世界を一時牛耳っていたかつてのヴィクトリア女王のように。


 「遅かったね」彼女は先ほどの雰囲気と打って変わって、さも年甲斐としがいの少女のような雰囲気に戻り、甘美かんびな響きを持つその声で、彼らに苦言ともいえない言葉を呈した。


 彼女そして彼らは何のためにこの部屋に集まったのか、それはある意味で必然であり偶然の出会いが成した結晶の欠片である。平たく言えば部活動であり、また非生産的な活動のねぐらでもある。


 彼らのやっている活動というのはもっぱら、人の悩みを聞くというものだ。それは彼らの自己欺瞞でしかないと彼ら自身は思っているが、学校の中では一際光を浴びるモノでもあり、非公式的な物ではあるが、確実にその信頼性は高いモノである。


「今日は誰か来る予定あるの?」僕は先ほどまで一人、この部屋で待ち構えていた少女でもある、恵に尋ねた。


「今日は確か、2組の黒川さんが来るって言ってたよ。」


「誰なんだ、その方は?」桃原は相変わらず他人には無頓着なようだ。だがこう言ったやつほど、人気があるのは何故だろうか?


「誰って言われてもね。んーあたしの知り合いってわけでもないし。。。」


恵も返答に困っているようだ。


まぁ何はともあれ今日は御客が来るらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る