42 ヤニムは今日も逃げる

sideヤニム


「かー! うめぇ、やっぱ休みの日の酒がいちばん美味いよなぁマトン!」

「そうだねー、だけど、この前試作されてたカブさんの蜜を使ったお酒ほどではないんじゃない?」


 これだからマトンは、おぼっちゃまだからなのか、酒を楽しむ時に味ばっかり見てる。

 違うんだよなー、きつい訓練の休みに飲むっていうシチュエーションが酒を美味くするんだよ!


「にしても、日に日に逃げるのが上手くなるなヤニムは」

「それが俺の生き様なんだよ」


 最近はホントに子供たちが容赦ないからな……逃げるのがどんどん上手くなってく。いまならマーガレット様からも逃げ切れるような……いや無理だな。あの人からは逃げられない。そもそも俺が追われるような理由がない。


「ヤニムってさ、バレンタインが好きなの?」

「ぶふぉ?! お前、とんでもないこと言うな……そんなわけないだろ」

「ええ、そうなの?」


 やっぱりマトンはどこか抜けてるというか、お坊ちゃまとして育てられたからか恋愛関係の考え方が恐ろしいほど的外れだな。いや、もはやここまで行くと死んでると言ってもいい。


 マトンを一通りバカにしたところで、酒を手に取る。その瞬間、鳥肌が立った。

 これは俺の才能なのか、危険が迫ると体が教えてくれるんだ。でもなんで今なんだ? とりあえず、自分の直感には従わなきゃな!


「……伏せろマトン!」

「うわぁ?!」


 マトンを突き飛ばして無理矢理頭を下げさせた瞬間、俺の家が吹き飛んだ。


 ……え? 俺の家、吹き飛んだ?


「えええええええええ」

「うるさい、うるさいヤニム! 耳の上で叫ぶな!」

「えええええええ」

「ダメだ……ヤニムが壊れた」


 あばばばばばば、俺の夢の一軒家が、いつか可愛い彼女とイチャイチャするための家が、壊れた。


「俺の……俺の家をやったのはどこのどいつだァァァァァァァ」

「うわ、ダメだ鼓膜が死んだよ。君の家も死んだかもしれないけど僕の鼓膜も死んじゃったよ」


 どこのどいつだよ!


 そう思ってたら、翼を広げた一人の女が空から降りてきた。うわっ、すげぇ美人だけどめちゃくちゃ鳥肌がたつ。こいつは間違いなくヤバいやつだ。


「うふふ……生きのいい子達に出会えたわ。ほら、お姉さんといいことしよ?」

「しねぇよ! 俺の家壊しやがって、顔と身体は良くても許せねぇ!」

「あら、つれないわね。それじゃあ……《天使の子守唄》」


 やばっ、あの魔法はくらったらやばい! 俺は何とか逃げれそうだけどマトンは?!


「なにしてんの、ヤニム? なんも聞こえないんだけど?!」


 やべぇあいつ鼓膜やられてて状況を理解してない!


 マトンは魔法をもろに食らってそのまま倒れた。何やってんだあいつは。俺より強いはずなのに!


「おいマトン、大丈夫か!」

「すやぁ」

「寝てるのか?!」


 すやぁ、じゃねぇよ! なんでこんなヤバそうな相手がいるのにお前が寝ちゃうんだ! 俺は逃げるのは得意でも強くはないんだぞ?


「あらら、寝ちゃったわね。うふふ、やっぱり男は寝てる時がいちばんかわいいわァ」


 ぞくぞくと背筋が凍るような表情を浮かべる天使。やばすぎる、とりあえずはマトンを抱えて逃げるぞ!


「あら、逃げちゃうの? 待ちなさい」

「待てと言われて待つような馬鹿じゃないんだよ!」


 天使はあそぶようにして魔法を放ってくるが、俺には当たらない。ただ狙ってるだけの魔法を避けるなんて朝飯前だからな。

 視線と体の動き、魔法の発動をちゃんと見ればそれくらい出来るようになる。まぁ攻撃手段はないからほんとに逃げるだけなんだけどな!


「あら、あらら? 全然当たらないわ……あなた、逃げるの上手ね。お姉さん、困っちゃうわ?」

「そのまま諦めて欲しいんだけどな」

「それは無理よ。お姉さん、燃えてきちゃったから!」


 やっば?! 魔法の量と速度が桁違いにあがった。


 マトンを背負ってるから少し動きずらい。これは……逃げられるか微妙だぞ?!


「うおっ?!」


 まずい。魔法の形式を見誤った。よけたはずの魔法は爆発して、凄まじい数の魔法に分裂して飛んできた。

 ギリギリで良けれたと思ったが、掠ったのか強烈な眠気が襲ってくる。


「くそ……まじかよ……」

「あら、終わっちゃった? もう少し遊んでいたいけど、他にも活きのいい子がいそうねぇ。その子たちと遊ぶことにしましょうか」


 ダメか……もう。せめてマトンだけでも逃がさなきゃ、マーガレット様に顔向けできねぇ。


「くそ、マトン、起きろ。マトン!」

「無理よ。しばらくは起きないわ……それじゃあ、さようなら」


 天使が俺に向かって魔法を放つ。くそっ!


 ……あれ? 俺、死んでない?


 俺を庇うようにして、光沢を放つ大きな体が魔法を受け止めていた。そしてその背中には魔界に行ってた悪魔三人衆?


「カブさん?! それに悪魔三人衆も?!」

「「「助けに来たぜ! ヤニム!」」」

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