第21話 回想 世界は彼女の手の中に(2)


「そうだなー。じゃあ、まず、『世界には純より不幸な人間がいっぱいる』っていうのはどう? ほら、『恵まれないアフリカの子どもたち』とかそういうやつ」


「もし、自分より不幸な人間がいたら自分をかわいそがっちゃいけないなら、論理的に、自分の不遇を嘆いていいのは、世界で一番不幸なただ一人になるな。もしそうだとしたら、そんな世界はクソだ」


 俺は即答した。


「だよねえ。この理屈は私もあんまり好きじゃない。えーっと、じゃあ、『その色んな苦労が今の純を作っている』。おまけで、『そんな今の純が私は好き』。これはどう? 普通の男の子なら一撃必殺だと思う。美少女が自分を全肯定してくれてるんだよ? 嬉しくない? 嬉しいよね?」


「自分で美少女って言うな。しかもまた、コテコテの定番だな。もちろん、俺の回答はクソくらえだ。しなくていい苦労は、しない方がいいんだよ。避けられるなら、避けた方がいい。自分より恵まれた環境で育った奴にそれ言われたら、普通ムカつくだろ」


 俺は奥歯を噛みしめた。


 茜の言っている慰めは、大前提として、自分自身が今の自分を好きでいられなければ成立しない。


「そうだよねえ。こういう世の中に流布してる慰めの常套句じょうとうくって、結局嘘なんだよねえ」


 意外なことに俺の発言に賛同した茜が、ウンウンと何度も頷いてみせる。


「認めるのか」


「うん。――でも、あのね。今日の朝、新聞を読んだんだけど、ある大企業がね、巨額の粉飾決算をしてたんだって。赤字を黒字にしちゃうようなヤバいやつ」


「ますます世の中が嫌になる話だな」


「だけどね。それが人間の知恵だと思うの。すごくない? 帳簿の数字をちょっといじるだけで、マイナスをプラスにできちゃうんだよ。資産を負債とみなしたり、負債を資産とみなしたりでさ。で、それでだよ? ここからが重要なんだけど、粉飾決算は違法じゃん? でも、心の法律を作るのは自分だから、どんな無茶な会計をしても『節税』って堂々と言い張れるんだよ! これってすごい大発見じゃない? だから、二人で心の粉飾決算をしようよ!」


 茜が鼻息荒く熱弁する。


「ちょっと何言ってるかわかんない」


 俺は某お笑い芸人風にとぼける。


 全く通じていない訳ではなかった。


 あと少しで、何かが掴めそうな気がしていた。


「そうだなあ。じゃあ、ここで突然のビーチコーミングタイムです! 今から一時間、それぞれ貴重だと思う漂着物を集めましょう。はい。じゃあ、スマホにタイマー設定して」


 ビーチコーミングとは、砂浜に流れ着いた物――貝やら陶器の破片やら流木やらを拾う磯遊びの一種である。


「本当に突然だな」


 面食らいつつも、言われた通りに一時間後にアラームをかける。


 本を鞄にしまい、波打ち際へと向かった。


 俺は右、茜は左。


 左右に分かれて、宝探しを開始する。


(シーグラスでも探すか)


 貝は時たま臭いのがあるのでパス。


 流木は重いし、かさばるのでパス。


 陶器の破片はどれがいいのかわからないのでパス。


 消去法でシーグラスが残った。


 ガラスが海砂で磨かれてできた、宝石のようなガラクタ。


 その価値は、俺の中では明確だった。


 色によって、レア度が違うのだ。


 すぐに見つかったのは、白と茶色のシーグラス。


 こいつらはソシャゲ風に言うなら、Rの雑魚だ。どこにでもいる。


(おっ。SR)


 白や茶色より低い頻度で、でも、たまに見つかるのは、水色。


 緑色も同じくらいのレア度だが、今日はあまり見つからない。


 波で軽く砂を落として、それらをポケットに詰めていく。


 とりあえず、これで茜に見せる分は確保できたかな――と思ったその時、視界の端で何かが輝いた。


(ピンクだ! プラスチックじゃない――よな? お、マジか)


 俺は年甲斐もなく興奮して、その破片を摘まみ上げた。


 ピンクのシーグラスは滅多に出ない。


 文句なしのSSRだ。


 数分後、スマホのアラームが鳴る。


 俺は自信満々に、カバンを置いてあった場所に戻る。


 ほぼ同時に、茜もこちらに戻ってきた。

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